ひび割れた日常——人類学・文学・美学から考える

  • 亜紀書房
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感想 : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750516745

作品紹介・あらすじ

未曾有の危機を前にして、私たちは「何を考えればよいのか」を見失ってしまった——。

「人間の想像力の果て」からやってきたウイルスによって、我々の日常に無数のひびが走った。
消せない不安と変化を余儀なくされた日々の営みを前に、思考の足場をどこに築けば良いのか。

生命、自然、生と死、共生と敵対。
いま浮上する課題をめぐって、三人の異才がアイディアを持ち寄り、変奏し、問いを深めていくリレーエッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 人類学者・小説家・美学者によるリレーエッセイ。コロナウィルスをきっかけとして、人間と自然の関係を考える。オンライン授業の広がりで、仕事を持った社会人学生が、必須科目を受講しやすくなったという話を聞いたことがある。視点が違うとマイナスもプラスに転じる。振り返ってみると、コロナウィルス感染の蔓延に脅威は感じても、ウィルスそのものに怒りはない。結局、苛立つ原因は人間側の言動に対してだなと改めて思う。

  • 人類学、文学、美学それぞの観点が交錯するリレーエッセイ。
    「三人寄れば文殊の~」というが、同じ災厄を経験した世界中の人々から、コロナと共存する智恵はきっと出てくるはず。

  • コロナ禍によって、これまでの日常は間違いなくひび割れた。そして今もなおひび割れたままである。
    そのひび割れた日常を突きつけられ、嫌でも思考を巡らせている僕にとっては、このお三方によるリレーエッセイは大変な刺激となった。
    「生命と自然の問題」から出発し、思考の幅を限りなく広げ、縦横無尽に言葉を紡いでゆく。
    私たちは人間であるまえに生物としての“ヒト”であることを忘れがちだが、ウイルスもヒトも同じ生物。下手に闘うことを選ぶのではなく、共存の道を探りたいというのがもしかしたら著者たちの仮の結論なのかもしれない。それは僕も全く同意する。だからこそ日本のコロナ対策は気絶するほど過剰だと思わざるを得ない。
    余談だが、伊藤亜紗さんのエッセイ「胎盤とバースデーケーキ」は特に心に響く文章だった。

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著者プロフィール

伊藤亜紗(いとう・あさ)
1979年、東京生まれ。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長。同リベラルアーツ研究教育院教授。専門は美学、現代アート。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(講談社学術文庫)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)、『手の倫理』(講談社選書メチエ)など。一連の体をめぐる著作で、2020年サントリー学芸賞を受賞。

「2021年 『きみの体は何者か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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