〈テロル〉との戦争 9・11以後の世界

著者 :
  • 以文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784753102495

作品紹介・あらすじ

世界を震撼させた「同時多発テロ」からすでに五年。この事件を堺に世界秩序の編成は大幅に変化した。かつて戦争は国家間の戦争を意味したが、「テロとの戦争」は軍事的対象を国家から人民に変えた。そのことが世界の秩序編成に何をもたらそうとしているのか?『戦争論』の著者が世界史的な視野からこの問題に応える。

感想・レビュー・書評

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  • 民主化はテロとの戦争とセットnなる。
    ブッシュ大統領は、テロを戦争と決めつけ、それが自由や民主主義に対する「卑劣な攻撃」と決めつけ、徹底的な報告を宣言した。それだけがアメリカ国家の存在証明であるかのように、力に訴え、力でねじ伏せること、捻じ伏せて「強さ」を示そうとした 。

    テロとは、「テロル」や「テロリズム」の略語で、もともと「恐怖」あるいは、「恐怖に訴えること」を意味する。人を震え上がらせ、恐怖に陥れる「テロ」と呼ばれる行為はそういう性質のものだと見為されている。だとしたら、「テロとの戦争」という表現は「恐怖(をもたらすもの)との戦争」を意味することになる。だが、考えてみれば奇妙なことに、恐怖に見舞われていると言っているのは他でもない世界最強の国家アメリカであると西谷は指摘している 。

  • 戦争の大義をジャッジする「第三者」の排除、恣意的に作り出される「敵」、その「敵」との対話の一切を拒否する戦争、いつ終わるとも知れない戦い、不確性の高い戦争、さらには「報復テロ」の可能性が100%で治安のレベルを最高にまで引き上げる戦争。いまアメリカを主導に始まっている「テロとの戦い」はざっといってこんな感じだ。「テロとの戦い」はアメリカが言いだしたもので、しかも「悪の枢軸」発言やイラク戦争という大義なき戦争をへているから、「テロ」ももっぱら不法者が主語となっているように思われる。一般市民を巻き込む点で、テロ行為は許しがたいものであるが、課題図書にもあるように、そもそもの「テロリスト」をつくりだしたのは(アメリカのいう「テロリスト」の文脈において)何者でもないアメリカだ。ここまではおそらく正気と良識をもっている人であれば理解できるだろう。イラク戦争の延長上でいう「テロとの戦い」はアメリカの中東における権力圏を広めようとする、アメリカのご都合主義が全面に出ている戦争だと。
    ところが、アメリカが「テロとの戦い」を世界に呼びかけてまもなく、世界の国々から支持を得た。なかでもこれに全面といってもいいほど賛成しているのがロシアと中国だ。そもそもの「テロとの戦い」がアメリカにご都合で、しかもどうみても理屈の通ったものではないのに、なぜ他の国々、とりわけ上に挙げた両国はこれに賛成したのだろうか。「テロとの戦い」に賛同することが両国にどのような「恩恵」をもたらすのだろうか。
    まず、ロシアからみてみることにする。この国がアメリカの呼びかける「テロとの戦い」に応えた理由はおそらくクレムリンが抱えるチェチェン問題があるからだろう。2年後期ゼミで読んだ『チェチェン やめられない戦争』(この著者は残念ながら先週末にモスクワの自宅で何者かによって暗殺された*)指摘されている通り、とりわけ第2次チェチェン戦争はロシア政府が一般市民を対象にしたものであったし、ロシア政府のチェチェン人に対する拷問や北コーカサス地方での人権侵害もはなはだしい。ロシア政府の行為をあとからにせよ、近い将来に向けるにせよ、正当化するためにも「テロとの戦い」はなくてはならないものである**。ブッシュが「テロとの戦い」を世界に呼びかけた直後、ロシア政府がこれに応えた理由はここにあるように思う。「テロとの戦い」はロシアにとってもご都合であったのだ。
    一方、中国でも「反恐怖主義」という名目で「テロとの戦い」に支持を示している。表向きには「国際テロ組織との戦い」を掲げる一方、国内の分裂主義者(=民族独立主義者)に対するものも報告されている(報告はもちろん外国ジャーナリズムやNGO組織によるが)。中国で分離独立問題としてまっさきに上がるのが新疆ウイグル自治区とチベットである。とりわけ、前者についての中国政府による圧力が大きい***。詳しいことは書かれていないが、アムネスティ・インターナショナルによれば、書かれた書物が分離独立運動を煽るものとしてその著者を拷問虐待することもあるという。ロシア同様、中国においても「テロとの戦い」は政府の不法行為を対外的にごまかして正当化する作業に貢献している。「国際テロ」に対して非軍事的手段も考慮に入れた対策と謳う一方で、国内問題を見えなくしているのだ。中国が「テロとの戦い」に支持の姿勢を見せているのも、このような背景があるとみることができよう。
    ところで、「テロリスト」のレッテルを貼られるのはいつも決まって少数者、あるいはパワーバランスにおいて弱者のほうである。言い換えれば、力あるものは「テロとの戦い」という金棒を得ることによって、弱者を自分の意の趣くままにすることができる。一方、イラク民衆のように石しかもっていない者にとっては、一旦「テロリスト」のレッテルを貼られたら最後、完全に抹消されるまでなすすべもないのである。あたかもよりよい世界をつくろうと見せかける「テロとの戦い」の裏にはこのような強者による完全支配の図式が成り立ち、またアメリカのみならず、「抹消しよう」という意思を持つすべての国が自分たちの都合でこの万能薬を利用できる。アメリカの唱える「テロとの戦い」には、アメリカのグローバル市場の安全保障以外にも、このような「合法的な」無法状態を作り出す可能性を秘めているのである。

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著者プロフィール

西谷修(にしたにおさむ)
哲学者。1950年生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。明治学院大学教授、東京外国語大学大学院教授、立教大学大学院特任教授を歴任したのち、東京外国語大学名誉教授、神戸市外国語大学客員教授。フランス文学、哲学の研究をはじめ幅広い分野での研究、思索活動で知られる。主な著書に『不死のワンダーランド』(青土社)、『戦争論』(講談社学術文庫)、『夜の鼓動にふれる――戦争論講義』(ちくま学芸文庫)、『世界史の臨界』(岩波書店)、『戦争とは何だろうか』(ちくまプリマー新書)、『アメリカ異形の精度空間』(講談社選書メチエ)などがある。

「2020年 『“ニューノーマルな世界”の哲学講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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