官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則

  • 以文社
3.54
  • (7)
  • (4)
  • (9)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 397
感想 : 17
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784753103430

作品紹介・あらすじ

本書の分析対象は、「規制緩和」と総称される現代社会そのものである。翻訳のうえで「ルール」を官僚制としたのは、全く同じことは私企業ではマネージメントといわれており、その性格はかつての官僚制と全く同じことを意味しているためである。
 官僚制についての短いサーヴェイに続いて、政府による経済介入の縮小政策は、むしろより多くの規制、官僚、警察官を生みだすという「リベラリズムの鉄則」が描かれる。そして自由な市場経済を維持するためには、ルイ14世風の絶対主義の数千倍のお役所仕事が必要になるという逆説が指摘される。
 この逆説のために〈自由〉や〈合理〉という基本的観念が揺らぎ、コラボだのグループワークだの自己点検、自己評価、創発性といった「クリエイティヴ」な売りに自ら演ずることを強要される。日常における自らの立ち位置が不明瞭となり、自己責任ばかりが強調される雰囲気が醸し出される。
 本書は社会制度から自由などの基本的概念、日常の感情世界にいたるまで、不定期労働者が創生される土壌を人類学する基本図書である。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 原題は『規則のユートピア』、2015年の著作。本文は約320ページ。

    まず、序文にて現代のグローバル化社会の本質を以下のように説明する。
    「グローバリゼーションとは、新テクノロジーによって拓かれた平和的貿易という自然のプロセスではない。「自由貿易」とか「自由市場」といった用語でもって語られてきたものの内実は、地球規模の行政官僚システムの世界初の実質的な完成であり、それも自覚的にもくろまれたくわだてであった」。

    新自由主義が目指すところは官僚制と相反するどころか、「政府による経済への介入の縮減を意図する政策が、実際には、より多くの規制、官僚、警察官を生みだす」ような結果を招く。新自由主義は官僚制と矛盾するようにみえながら、むしろ官僚制を徹底的に強化する。自由な競争によって成立するはずの資本主義の特性から一見して不自然にみえるものだが、なぜこのような結果に至るかというと、著者はそもそも「市場競争は、実は、資本主義の特性にとって本質的なものではなかった」からだとする。
    本書はこのような認識を前提として、三章にわたって官僚制にまつわる三つの論点を提示する。

    「1.暴力」
    著者自身が母親の保険申請のためにたらい回しにされた出来事を例に、官僚制の堂々巡りの空虚さを挙げたうえで、官僚制の背後に潜む暴力について言及する。第一章では、「官僚制的手続きは例外なく、構造的暴力に基礎づけられている」とし、究極的には物理的危害の脅威に依拠している事実を指摘する。著者はそのような暴力の効能を「コミュニカティヴであることなしに社会的諸効果をもたらす」点に見いだす。
    このような普段意識することのない暴力に気づかされた契機のひとつとして、フェミニストによる文献が挙げられている。「男性は女性を理解できない」というジョークが、立場的に有利に立つ側だからこそ口にすることのできるジョークだという例は非常にわかりやすい。これは女性が常に想像力による解釈労働を期待されている状況と一体だ。そして、こうした不平等な構造は男女間だけではなく人種間、「雇用者・被雇用者」「富者・貧民」といった関係でも同様だとわかる。

    「2.テクノロジー」
    「なぜ空飛ぶ自動車は生まれないのか?」という素朴な問いが、第二章の論点を巧みに表現している。この問いへの回答は序文においてすでに示されている。つまり、「テクノロジーの変動は単純に独立変数であるのではない」ためである。「航空便の速度は2003年のコンコルドの放棄以来、実際には減少をつづけている」ことなどを例にあげながら、著者はこの半世紀ほどの科学の進歩を芳しくないものとしている。テクノロジーが自然に進歩していくのであれば、そのような事態は起こりえないはずだが、先のようにテクノロジーは単独で変動する存在ではなく、社会の要請あってのものだというのがポイントだ。
    そして、発明と真のイノベーションを阻んでいるのが現代の企業資本主義だという点に結びつく。宇宙開発競争を例に、旧ソ連がむしろ平和目的の「詩的テクノロジー」を実現することに積極的だったのに対し、アメリカがそれに対抗するために成しえた偉業が月面着陸だったこと、そしてソ連の消滅がむしろアメリカによる「官僚的テクノロジー」を促進したという。おそらく一般的な見立てとは逆の米ソに対する認識が面白い。

    「3.合理性」
    第三章は主に「合理性」をめぐる論考になっている。官僚制においては合理性はそれ自体が目的とされ、その非人格的性質の核となる。「官僚制とは、ことをなす手段を、それがなんのためになされたのかということから完全に切り離されたものとして扱う、最初のそしてただひとつの社会的制度だからである」。
    本章でとりわけ興味深かったのは「プレイ」と「ゲーム」の定義である。純粋に即興的なものでありゲームや規則を生成することもできる「プレイ」と異なり、「ゲーム」とは純粋に規則(ルール)に支配された行為だとされる(デジタルゲームについても言及している)。そして、官僚制はまさに「ゲーム」的であり、「官僚制の魅力の背後にひそむものは、究極的には、プレイへの恐怖である」と指摘する。そして人々が官僚制に魅力を感じるのは、官僚制が非人格的だからこそであり、ここで原題の「規則のユートピア」に結びつく。

    「補論」
    映画『ダークナイト・ライジング』をはじめとするスーパーヒーローものへの分析で、本書のボーナストラック的な要素になっている。スーパーヒーローとヴィランを対比して、ヴィランのほうが常に創造的で楽しげであり、一方でスーパーヒーローはヴィランに寄生するだけの存在だと指摘する。スーパーヒーローによって反復されるドラマが導く教訓が、「想像力と反抗」の規制という考察にも頷かされる。映画『ダークナイト・ライジング』については酷評といっていい。また、本書で何度か現れる「左翼」「右翼」の本質についての論考も読みごたえがある。とくに本章では以下のように端的に表現されている。
    「根本的には、左翼と右翼の完成のあいだの分岐は、想像力にどういう態度をとるかにかかっている。左翼にとって、想像力、創造性、その延長で、生産、あたらしいものごとや社会的ありようを設立する力能は、つねに称賛されるべきものである。それはこの世界におけるあらゆる真の価値の源泉なのである。右翼にとって、それは危険なものであり、究極的には悪である。創造への衝動はまた、破壊への衝動である」

    著書全体のバランスとしては微妙なところも感じるが、現代の資本主義における官僚制への論考として、新鮮な指摘・考察が数多くあって面白く読むことができた。個人的には原題より邦題のほうが全体の雰囲気にマッチしていると感じる(誤字が多いのは少し残念なところ)。部分的には同著者によるのちの『ブルシット・ジョブ』につながる草稿としての側面も内包していると思えた。

  • 官僚制を、それを実効化する暴力そのものという観点から、あるいは規則の増殖という退屈そのもののような世界のゲーム化というところから、あるいは、ルールの超越に対する恐怖に対する強迫から見ると、自分自身の、もともとは単に嫌悪感しかなかった官僚制的なものに対する構えのアンビバレンツに気づくことになった。

  • ブルシットジョブがこんなにあるとは思いませんでした!

  • 同著者の『ブルシット・ジョブ』が面白いと聞いたので、前段として読んでみた。のっけから「パーパーワーク」の誤字を発見してしまったせいもあるが、どうにも乗り切れない。終盤、ファンタジーやアメコミのたとえが出てくるあたりでぐっと飲み込みやすくはなったが、全体として読みづらかった。
    また翻訳本にはありがちなことだが、注は巻末にまとめるよりも、ページか節ごとの脚注の方が明らかに参照しやすいのではないか。恐らく原著に従っているのだとは思うが。

  • 極めて示唆に富む、面白い作品であった。

    ここに、深い考察へと誘ってくれる著者自身の一節を、本文から引用しておく。

    「官僚制の魅力の背後に潜むものは、究極的には、プレイへの恐怖である。」

  • 東2法経図・6F開架:317A/G75k//K

  • 非常に厚い(物理的に)本なので、全部読み切れず…
    序章のみを読んだが、「官僚制」の定義や現在の社会でどのように「官僚制」が生み出されていくのかを分析しており、非常に考えさせられる内容。
    ブルシットジョブの著者でもあるため、ブルシットジョブと併せて読むと良いのだろう(と思い積読中)

  • 訳文がちっとも頭に入ってこないので訳者後書きを読んだら,これまた頭に入ってこない文章で妙に納得した.

全17件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1961年ニューヨーク生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校卒業。シカゴ大学大学院人類学研究科博士課程(1984-1996)修了、PhD(人類学)。イェール大学助教授、ロンドン大学ゴールドスミス校講師を経て、2013年からロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。2020年死去。
訳書に、『アナーキスト人類学のための断章』(2006 年)、『負債論──貨幣と暴力の5000 年』(2016 年)、『官僚制のユートピア』(2017年、共に以文社)、『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』(2020年、岩波書店)ほか。
日本語のみで出版されたインタビュー集として『資本主義後の世界のために──新しいアナーキズムの視座』(以文社、2009 年)がある。
著書に、Lost People: Magic and the Legacy of Slavery in Madagascar (Indiana University Press, 2007), Direct Action: An Ethnography (AK Press, 2007). ほか多数。
マーシャル・サーリンズとの共著に、On Kings (HAU, 2017, 以文社より刊行予定)、またグレーバーの遺作となったデヴィッド・ウェングロウの共著に、The Dawn of Everything(Farrar Straus & Giroux, 2021)がある。

「2022年 『価値論 人類学からの総合的視座の構築』 で使われていた紹介文から引用しています。」

デヴィッド・グレーバーの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヴィクトール・E...
デヴィッド・グレ...
エーリッヒ・フロ...
オーウェン・ジョ...
トマ・ピケティ
劉 慈欣
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×