価値論 人類学からの総合的視座の構築

  • 以文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784753103713

作品紹介・あらすじ

『負債論』や『ブルシット・ジョブ』そして遺作となった『万物の黎明(The dawn of everything)』(D・ウェングロウとの共著)などの著作で、つねに世の「常識」とされるものの根幹にある思考パターンの転覆を試みてきたデヴィッド・グレーバーが、自身の博士論文の出版を後回しにしてまで取り組んだ「最初の主著」であり、袋小路に入り込んでいる社会理論がそこから抜け出すために仕掛けられた「価値の総合理論」。
さまざまな社会の価値体系を記述してきた人類学は、ポストモダン(思想)と新自由主義が席巻するなか、批判なき相対主義という罠に嵌っている。その人類学を救い出そうとするグレーバーの当初の目論見は思わぬ壮大な思考実験、つまり新たな価値理論の構築へと進む──
「意味の体系(この世界を理解したい)」と「欲望の理論(このような状況を実現したい)」を、そしてカール・マルクスとマルセル・モースを架橋する、のちに複数の怪物的な著作として結実したグレーバー思想の源流。

感想・レビュー・書評

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  •  20年に亡くなったデヴィッド・グレーバーの最初の書籍が邦訳。

     相変わらずめっちゃ分厚いグレーバーの本をようやく読み終えてから気づいたのだが、この本最新の本じゃなくて最初の本だったのか!
     文化人類学的な価値への考察は後の負債論やブルシットジョブにつながるものを感じたが、私が読みたかったのはグレーバーの最新の本だったのに。。。

  • 『負債論』や『ブルシット・ジョブ』で知られるグレーバーの最初の単著の邦訳が本書である。
    本書でグレーバーは、1980年代以降久しく停滞気味であった人類学理論に突破口を見出そうと、価値の総合理論を提示する。価値の総合理論とは、経済学でいう価値(モノの値段等)、社会学でいう価値(人生の意味、価値観)、そして構造主義的言語学でいう記号の価値(単語の意味)を網羅する統合的な理論的枠組みを提示していこうという大胆な試みである。
    さて、西洋の知的伝統には二つの流れがある。ヘラクレイトス的伝統とパルメニデス的伝統だ。前者は、川の水は常に流れているとのヘラクレイトスの言葉に象徴されるように、固定した物体とは幻想で、究極的現実はたえざる流動と変形である、という。対して変化こそが幻想であり、時間や変化の外部に完全性を求めるのが後者の流れだ。これはプラトンのイデア論にも通じていく。
    後者は、完璧なモデルと不完全な現実世界をどのように結びつければよいか、という問題をはらむ。そこで、片やいつか時間を掛ければ技術が真実に到達できるはずだ、という実証主義を生み、片やそんなことは不可能だ、とする諦念、シニシズムを生み出す。
    両社とも的外れであり、科学的知見と人間の自由の観念とを両立させるような理論の哲学的根拠を探し求めるべきだと主張するパスカーを紹介する。そこでは現実の非決定性や潜在性が重視されるが、だからといって、現実が存在しないわけではない。ただ科学による認識は常に部分的なものにとどまる、というだけだ。

    本書のメインは著者自身の論をマルセス・モース『贈与論』を通じて試論することに充てられている。『贈与論』のメインテーマは、贈与にはなぜ返礼が必要なのか、という問いかけから出発し、それに対して、それは贈り物に贈り主の一部がくっついてくるので、それがもとの場所に帰りたがっているからだ、と答える。無論、多くの研究者がそれに賛同しなかった。グレーバーは、問いかけ自体がふわっとしていて、正鵠を得ていないために起こる混乱だ、と主張する。問われるべきは、どのような場合に返礼が必要なのか、つまり、どのような種類の贈与に対して、どのような状況において編成が必要であり、その際にどのようなモノが有効な返礼として認められるのかといった問いである。モースの述べる「全体的給付」とはコミュニズムのことであり、「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて」の言葉に通じる。人類学者以上に社会主義者でもあったモースは、『贈与論』において、資本主義でもなく、ソヴィエトが作りつつあったものでもない、社会のありうべき姿の素描を描こうとしたのではないか、とグレーバーは見る。
    本書冒頭において、グレーバーは、価値論は「意味の体系」と「欲望の理論」を架橋するものだ、と述べる。前者は人類学の志向するものだが、後者は市場原理主義の理論として発展してきてしまっている。これは中身はスカスカで単純極まりものであるが、それだけにイデオロギーとしては絶大な力を持っている。それに対抗する体系的な欲望の理論が必要だが、いまだ存在しない、と彼は言う。

    本書の価値論は、欲望の理論に対する多様な批判理論への代替案だ。ここでは「構造」は静的な形態や原理の集合体ではなく、変化あるいは行為がパターン化されるありかたである。人が適切な社会的パフォーマンスをするときに、その背後にある構造は消し去られる。しかしそれらのテンプレや図式は想像上の全体性という亡霊に転化して現れ、しばしばモノに刻印される。それらのモノが媒体となる時それらは行為者自身の行為の価値を行為者に表象することを通じて、同時に欲望の対象ともなる。このようにして、それらのモノは改竄された私たち自身の意思の鏡、私たちの夢の偽硬貨となるのだ。
    グレーバーがいうところの「創造的エネルギー」をどうとらえるかが重要になる。社会的創造性については、特に、その社会性を捉えることが根本的に重要だという。

    創造性は、他者との関係の構造が、私たち自身の存在の構成要素になるまで内面化されていく絶え間ない過程を通して生まれてくる。さらに重要なのは、創造性という潜在力は、他者との協調なしには実現することができない、――少なくとも、意義ある形ではできない――ということである。このような他者との関わり、すなわち社会的な過程を通して飲み、力は価値に変わるのだ。

    その端的な例が、マリナ王室儀礼に現れている。臣民は、王が生まれながらに自分たちを支配するパワーがあるとは信じていない。それは、王に硬貨を送る儀式を通じて示されている。にもかかわらず、臣民は王の権力を承認する儀礼に参加している。王権は天から降ってきているのだと確信を得ているからではなく、そうかもしれない、というだけで十分なのだ。それが魔術を生み出し、社会を再生産させる。人々のパフォーマンスで権力者はパワーを得、それを行使することによって、社会を形作る。パワーを与えるのは人々だが、いったん与えられたパワーは人々を拘束する。人々はパワーを与える対象を無限に選びうるという点で自由を持ち、それは想像という力の源となる。権力者は最初からパワーがあったわけではなく、人々に貸与される形でその力を行使する。このようにして、人々はそれぞれの流儀、態度によって、相互依存的に、流動的に、ダイナミックにある形を絶えず形成させていく。それが社会であり、社会的現実の現れなのだ。

    価値とは何か。それは、人が自らの存在意義を確かめようと欲望する意思と行為をミックスさせるための架橋となるものだ、というニュアンスが何となくつかみ取れる一冊だと自分的には本書を捉えられた。

  • このボリュームを1冊にまとめるのは無理があります。
    フェティシズム、モース、平和。各々で一冊書けそうな内容です。

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著者プロフィール

1961年ニューヨーク生まれ。ニューヨーク州立大学パーチェス校卒業。シカゴ大学大学院人類学研究科博士課程(1984-1996)修了、PhD(人類学)。イェール大学助教授、ロンドン大学ゴールドスミス校講師を経て、2013年からロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。2020年死去。
訳書に、『アナーキスト人類学のための断章』(2006 年)、『負債論──貨幣と暴力の5000 年』(2016 年)、『官僚制のユートピア』(2017年、共に以文社)、『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』(2020年、岩波書店)ほか。
日本語のみで出版されたインタビュー集として『資本主義後の世界のために──新しいアナーキズムの視座』(以文社、2009 年)がある。
著書に、Lost People: Magic and the Legacy of Slavery in Madagascar (Indiana University Press, 2007), Direct Action: An Ethnography (AK Press, 2007). ほか多数。
マーシャル・サーリンズとの共著に、On Kings (HAU, 2017, 以文社より刊行予定)、またグレーバーの遺作となったデヴィッド・ウェングロウの共著に、The Dawn of Everything(Farrar Straus & Giroux, 2021)がある。

「2022年 『価値論 人類学からの総合的視座の構築』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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