ネーデルラント美術の精華: ロヒール・ファン・デル・ウェイデンからペーテル・パウル・ルーベンスへ (北方近世美術叢書 4)

  • ありな書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784756619679

作品紹介・あらすじ

一五世紀から一七世紀のあいだに、現在のベルギーとオランダを包含するネーデルラント地域をとりまく国のかたちは大きく変化した。……ついに一五六八年にはスペインからの独立を求める戦争が起こり、ネーデルラント一七州のうち北部七州が新教を奉ずる国オランダとして独立した。一方で、南部の一〇州はスペインの支配下にとどまり、カトリック信仰を維持した。南部ではルーベンスのような偉大な画家が登場し、市民が力をもったオランダでは、レンブラントやフェルメールなどの巨匠ばかりではなく、風俗画・風景画・静物画などの各ジャンルの専門画家も輩出することとなったのは周知のとおりである。
 このように、ネーデルラントは混迷と激動の時代を経てオランダとフランドルに分化していったが、そこには、脈々と受け継がれていった輝かしい美術伝統があった。『ネーデルラント美術の魅力』に始まるこの北方近世美術叢書シリーズでは、珠玉の作品群の読み解きを通して、三〇〇年にわたるネーデルラント美術の系譜を浮かびあがらせようと試みてきた。以下では、シリーズ第Ⅳ巻にあたる本書の内容を「神の聖なる世界から人の生なる世界へ」と「アルプス南北の美術交流」という観点から振りかえってみよう。
 「神の聖なる世界から人の生なる世界へ」といたる兆候は、すでに一五世紀初頭に、兆候というには明示的すぎるほどに顕われていた。ロベール・カンパンが描いた《メロードの三連画》は、受胎告知という聖書の重要なエピソードを、一五世紀のネーデルラントの人々の暮らしを彷彿とさせる生活感に満ちた部屋のなかで展開してみせた(図1)。左翼では、注文主夫妻が開かれた扉から中央パネルの場面を垣間見ており、右翼のアトリエではヨセフが大工仕事をしている。その部屋の窓からは、街を歩く人々の様子もうかがえる。つまり、本作品には聖なる出来事と人々の日常生活が同居しているとみなすことができる。とはいえ、注文主や街ゆく人々の姿はあくまでも扉や窓の外側に配置されており、聖なる人物のいる場所とは一線を画している。マリアが座す受胎告知の部屋においても、聖母の純潔を示す百合の花、窓から十字架を背負って降りてくる赤子の姿、そして聖なる存在の到来によりかき消されてしまった蝋燭の地上の光により、ここが神の聖なる領域に統べられていることが強調される。
 さて、本書第1章と第5章においては、受胎告知にはじまるイエスの人の子としての生涯の最後にあたる「十字架降架」を表わした絵画を読みといた。ヤン・ファン・エイクに続く初期ネーデルラント派の巨匠ロヒール・ファン・デル・ウェイデンは、キリストの復活へとつながる意味深いこの主題において、現実世界を再現したかのようなリアリズムばかりでなく、観賞者の心を揺さぶる共感の表現を神の領域にもちこんだ。愛する息子の姿勢をくりかえしつつ気を失うという悲痛な聖母の描写には、キリストの苦痛を自身のことのように追体験しようとするこの時代の信仰態度が反映されている。本作品は金地の背景によっても場面の聖性を強調しているが、以降は十字架の後方に都市や風景を描出する例も増え、聖なる空間が私たちの世界へとより近づくこととなった。

著者プロフィール

大阪大谷大学文学部教授/ネーデルラント美術史

「2021年 『天国と地獄、あるいは至福と奈落』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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