資本主義が嫌いな人のための経済学

制作 : 栗原 百代 
  • NTT出版
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レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (403ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757122819

作品紹介・あらすじ

資本主義に疑問をもつ人こそ、経済学を知るべきだ。身近な問題を通して説く、「経済学の考え方」入門。

感想・レビュー・書評

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  • 左派、右派の何れにしても資本主義について何らかの思想を抱く人々が陥りがちな経済学の誤解を正すために書かれた本。この本を読むと、自分がなんとなく前提にしていた思い込みをあぶり出すことができるので、自分の経済政策の思想立ち位置を知るにも役立つ。

  • お金と縁が薄いので、此の手の本とも縁遠い。面白そうなので読んでみようかな、、、

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    http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002183

  • ・生産性上昇の計算法は、経済成長率から明らかに説明できることを除外していくというもの。成長がいくらかでも労働者の増員や労働時間の増加によるなら、新しい設備や機械などの資本支出によるなら、それらを除外する。生産性はちょっとロールシャッハテストに似ている。ある人にとって、生産性の向上には教育と「技術革新」への莫大な政府支出が求められる。別の人にとって、産業の果敢な規制緩和とともに大幅減税が必要になる。

    ・アメリカで自動車を生産するには二つの方法がある。一つはデトロイトで生産する方法、もう一つはアイオワで栽培する方法だ。アイオワで自動車を栽培するには、小麦をトヨタ車に変える特殊技術を活用する。小麦を船に乗せて、太平洋に送り出すのだ。しばらくすると船はトヨタ車を積んで戻ってくる。小麦を太平洋沖で自動車に変えるこの技術は「日本」と呼ばれているが、それはハワイの沖合に浮かぶ先進的なバイオ工場だといってもいいだろう。いずれにせよ、デトロイトの自動車メーカーの労働者が直接競争しているのはアイオワの農民なのである。

    ・「フェアトレード運動が明らかに示したのは、良質の品を買いたいと言う消費者の意欲を損なわないで、生産者は今日の破壊的な安値の倍の報酬を得られるという事だ」。これはこれで結構なことだが、まったく的外れである。問題は、生産者がその産品の市場価格の二倍報酬を得られて、なおかつ生産を減らすことを納得させられるかどうかなのだ。2001年の全世界のコーヒー供給量1億1500万袋に対し、全需要量は1億500万袋前後だった。

  • 経済
    社会

  • 右派の謬見と左派の誤信の二部に分かれている。哲学者の著者が経済学の入門書を書いた。読んでいて分かりやすくは思うのだが、翻訳の問題だかもしれないが、論旨についていけない所が出てくる。

  • 第一部は右派の謬見、第二部は左派の謬見と題して、それぞれの立場への誤解や思い込みを指摘する形で、それぞれ6章ずつの計12章で論じる。

  • 『資本主義が嫌いな人のための経済学』
    原題:Filthy Lucre: Economics for People Who Hate Capitalism (2008)
    著者:Joseph Heath(1967-)
    訳者:栗原百代

    【版元】
    発売日:2012.02.09
    定価:3,024円
    サイズ:四六判
    ISBNコード:978-4-7571-2281-9
     世の中の不正や不公平に疑問を持つ人は誰でも、多少なりともアンチ資本主義だ。だが左も右も、資本主義への批判は、ほとんどの場合、誤解だらけである。経済についてのありがちな誤解を示し、正しく資本主義とつきあうための経済学入門。
    http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100002183


    【目次】
    目次 [iii-vi]
    エピグラフ [vii]

    プロローグ 001

    第1部 右派(保守、リバタリアン)の謬見 023
    第1章 資本主義は自然――なぜ市場は実際には政府に依存しているか 025
    第2章 インセンティブは重要だ……そうでないとき以外は 051
    第3章 摩擦のない平面の誤謬――なぜ競争が激しいほどよいとは限らないのか?  075
    第4章 税は高すぎる――消費者としての政府という神話 093
    第5章 すべてにおいて競争力がない――なぜ国際競争力は重要ではないのか 113
    第6章 自己責任――右派はどのようにモラルハザードを誤解しているか 135

    第2部 左派(革新、リベラル)の誤信 167
    第7章 公正価格という誤謬――価格操作の誘惑と、なぜその誘惑に抗うべきか 169
    第8章 「サイコパス的」利潤追求――なぜ金儲けはそう悪くないことなのか 201
    第9章 資本主義は消えゆく運命――なぜ「体制」は崩壊しなさそうなのか(しそうに見えるのに)  227
    第10章 同一賃金――なぜあらゆる面で残念な仕事がなくてはいけないのか 259
    第11章 富の共有――なぜ資本主義はごく少数の資本家しか生みださないか 287
    第12章 レベリング・ダウン――平等の誤った促進法 313

    エピローグ 339

    アメリカ版へのあとがき [351-356]
    謝辞 [357]
    原註 [359-389]
    訳者あとがき(二〇一二年一月 栗原百代) [391-394]
    索引 [395-403]




    □113-116 

     いかに情け深い評者でも、ここ数十年にわたり、ネオリベラリズム、グローバリゼーション、自由貿易の伝導者がみずからのブランドの売り込みでひどいへまをしてきたことは認めざるをえない。〔……〕問題は一つの決まり文句までさかのぼれる。呪文のようにくり返されている「国際競争力」。〔……〕この不安を完璧に要約したのが、ゼネラルモーターズの会長だった。アメリカ経済は「すべてにおいて競争力がない」ことになる危険があると愚痴ったのだ。
     これらの問題点はただ一つ。経済のすべてに競争力がない状態などありえない。たとえあるとしても、たいしたことではない。なぜなら基本的に貿易は競争関係ではないから。競争には勝者と敗者がある。これに対し、貿易というのは協力関係だ。双方のためになる――そうでなければ貿易はしない。もちろん取引のそれぞれの側で、売り手なか、買い手のなかで競争があり、外部効果がある。だが、売り手と買い手とのあいだに競争はない。この点で競争はすべて国内競争である。〔……〕経済学の教科書を見れば、国際貿易の重要コンセプトは「競争優位」ではなく「比較優位」とある。これらはまったくの別物だ。〔……〕とはいえ、国際貿易の熱烈な支持者の多くは、この相互利益の構造への言及によって国際貿易を主張するのではなく、うかつにも、ある種の競争という枠にはめて主張を損なう道を選んでしまった。このため、グローバリゼーションとは勝者が敗者を犠牲にして利益を得るゼロサムゲームであるとの考えが強まっている。
     なぜ自由貿易の伝導者はこのようにみずからの主張をダメにしているのか? 一つには、このレトリックが左派のグローバリゼーション批判にいかに貢献しているかについての単なる認識不足である。〔……〕
     この意図してなかった副作用はさておき、「競争的」レトリックの意図的な結果もある。これは右派の国内での優先課題を前進させるのにやくだっている。一部には、貿易相手国と競争していると表現することは、真実ではないが、政治的に都合がいいとの見方がある。それを利して、減税、賃金カット、規制緩和、環境基準引き下げを要求しているのだ。このレトリックを支えるのは、たいてい国家間の競争と企業間の競争との偽のアナロジーだ。例えば、長年にわたりグローバリゼーションを提唱している『ニューヨーク・タイムズ』寄稿者のトーマス・フリードマンは、この種のレトリックを使うことで、おそらく最強の批判者が与えるより大きなダメージをみずからの主張に与えてきた。この人は「会社」と「国」という言葉を交互に使うことにしている。〔……〕
     この偽のアナロジーは、政府が「スリム化」され、能率化され、たぶん合理化さえされるべきだと示唆するのに用いられる。「負傷者を射殺(不採算部門カット)」することを私たちは学ばねばならない、とフリードマンは言う。〔……〕
     しかし現実には、こんなことをする必要はない。国は会社ではない。会社のように振る舞おうとするべきでもない。〔……〕。会社は互いに競争しあう。だが国は競争しない。この点を混同すれば、必ずやとんでもない混乱を招く。

  • 世の中の仕組みを知りたくて経済学に興味を持ち続けているが、金融危機や格差など、解決できていないことは多い。この本にその解決策が書かれているわけではないが、なぜ経済学だけで説明、解決できないかがとてもよくわかる。保守、リバタリアン、革新、リベラルなど、右も左もそれぞれ大きなデメリットを抱えているのにそれを無視して主張を押し通そうとすることで、著しい不合理や無駄が発生している。例えば電気料金について、自由主義者は市場に任せることを良しとし、社会主義派は国が統制しようとする。低所得者に負担させることを正義としないからであるが、電気を多く使うのは高所得者であり電気料金が安いことでメリットが大きいのは実は家電製品を多く有し電気代を節約しようとしない富裕層である。この手の類を理解することはとても大事で、正しいやり方を考えることにつながると思う。経済学だけでなく、哲学も大切なのだと感じた。

  • 本書は哲学者による経済学批評の本である。具体的には、経済学が想定する所与の条件に抜け落ちている点や、しばしば買わされる経済的右派・左派同志の論争における双方の議論の盲点について批評している。筆者の主張は経済学の単なる「揚げ足取り」的な議論なのではなく、同時に重要な視点を提供しているという点で、特に経済学が好きな人は読むべき本だと思った。

  • 哲学者か経済学を斬る的な。
    たとえ話が多いので読みやすい。
    結局は、資本主義はベストではないが、資本主義を超える経済システムはないよねー、的な。
    求む、21世紀的社会システム。

  • 面白く読める
    敷居は低い

  • 斜め読み
    やや藁人形論法の感は否めず
    ただ経済学者ではない著者が外から見た視点は有用とも思う

  • トロント大学の教授であり哲学者である著者が、右派や左派が陥りやすい謬見についてそれぞれ6テーマずつ扱っている。

    「次善の一般理論」について取り上げられている部分が興味深い。アダム・スミスが「神の見えざる手」―完全競争市場は完全な効率性を持つ―と主張したのは有名である。しかし、残念ながら(?)完全競争市場は理論上のものでしかなく、現実世界の競争市場は不完全である。

    さて、ここで問題になるのが、現実の競争市場を少しでも完全競争市場に近づけることで、少しでも効率性を高めることが可能なのかである。「次善の一般理論」では、少しでも完全競争市場から乖離している「次善」の競争市場が、大きく完全競争市場から乖離している競争市場と比較して、効率性が高いという根拠は無いと述べている。

    物事を一般化、抽象化して考えることで最適解を導けるものもあるが、それがそぐわないものもある。市場の効率性については後者なんだろう。必ずしも一般的なモデルからの乖離が小さい方が良いということにはならないのだ。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:331//H51

  • 経済学者でなく政治哲学者が書いた経済学の考え方入門書。でも入門書のわりに予備知識がないと読み進めるのがしんどい。。。


    正直に告白すればしょせん自分の経済学の知識は付け焼刃の俄仕込み。だから十分理解できたどうかは心許ない。でもなんとか本書の話は付いていけた。この話はあの本の事例だな、この本だな、と。クルーグマンの子守り共同組合のクーポンの話まで出てきたときは驚いたけれど。


    著者は経済学者だでなく政治哲学者だ。タイトル通り、資本主義嫌いなら経済学をちゃんと勉強しよう、という内容。自由競争の利点ばかり吹聴する右派や議論や政策に行き詰ると話題を代え情緒的議論に逃げる経済オンチの左派(革新・リベラル)、共に。


    ただ、左派・右派と呼ばれる人たちは具体的に誰のことを言うのか読んでいても分からない。それになぜ左派(と呼ばれる人たち)は、そんなに経済オンチなのか?という疑問も湧いてくる。そもそもそんな人が本書を手に取って真面目に読むだろうかという根本的な疑問が湧いてくる。

  • 右派(保守,小さな国家)と左派(革新,高福祉国家)、それぞれが持つ誤謬をイデオロギーに流されることなく、経済の基本原則をベースに解読。TPP,環境問題,社会保障,ワーキングプアなど日本が抱える諸問題に対しても、別の視点を気づかせてくれる1冊。

  • どこかの紹介で頭の片隅にあったので、紀伊国屋で立ち読みしてみたが、再読には値しない本であった。著者は最初の章で合成の誤謬を例にとって市場の不完全性を説明していたが、このロジックは経済学をきちんと学ばない人によくある間違いのひとつである。経済学者もそのような合成の誤謬から生じる市場の失敗の存在を謙虚に認めるし、その上で市場の失敗の是正策を講じる。他にも経済学が想定する人はインセンティブをもって行動するという前提や情報の非対称性から生じるモラルハザードについても同様な反論が考えられる。

    最も目を引いた箇所としては「次善」についてである。価格規制によって一つでも不完全競争があるのであるならば、さらなる規制を増やしてもっと不完全競争を増やした方がよいと述べている。その例として、自由貿易の世界のいて一つの商品の価格が2倍に吊り上げられていたら、ほかのすべての商品も2倍に吊り上げるべきといったたぐいのことが書かれていた。これについては、物価の捉え方の問題であり、本質的な批判にはなっていなかった。また同様に他の規制による政府の失敗の可能性を指摘しなければ健全な比較は行えないであろう。

    それでもなおすべてを読み流したのには理由がある。それは経済学に対する批判に対しても批判を加えたからである。内容についてはやや抽象的だったので述べないが、これについては共感を覚えた。

    最後の末部分で、「現実は複雑で、経済学はそれを解きほぐす論理のひとつを提供してくれる」というような記述があったが、間違った前提からみちびかれたことには奇妙な感を覚えつつも、当たり前だが本質的なことを指摘してくれたことに安堵するという何だか複雑な読後感であった。

  • 現在、途中まで読んだところだけど、オーソドックスな経済学入門という気がして積ん読中。

    著者は経済学の専門家ではない。
    タイトルから、そんな著者が独自の視点で経済学を説明する本だと思って購入したが、専門家である経済学者の理論を整理しているだけでちょっと方向性が違った。

    具体的には

    1章 資本主義は自然
    →何でも市場=自然に任せれば良いわけではない。市場を有効に機能させるための制度を政府が設計する必要がある。

    2章 インセンティブは重要だ
    →インセンティブはモデル化できるほど単純ではない。
    (行動経済学が引き合いに)

    3章 摩擦のない平面の誤謬
    →モデルは常に正しい訳ではなく、市場均衡が常に最も良い状態とは限らない。(負の外部性)

    4章 税は高すぎる
    →政府の機能は所得の再分配である

    相当雑だがまとめるとこんな感じだと思う。
    上記の内容が日常生活の例を交えて説明されていて、とてもわかりやすい。ただあくまで経済学食わず嫌いの人に向けた経済学書である。
    入門書としては面白く、読みやすいが経済学をかじったことがある人には議論の再整理くらいの位置づけだと思う。

    学部入門のマンキュー経済学を読んだときと感覚が似ている。
    マンキュー経済学の方が初学者を意識してるけど。

    タイトルで内容を勝手に勘違いして買ってはいけないことを再認識した。

  • ひと通り読んでみて、経済学の方が道徳的な考え方してるんじゃないかと思い始めた。新しく生まれる経済的価値や経済的効率性を重視することで、最適な配分を考える、結果経済学的には一番満足できる方向に進んでいくのであるが、その際の「全体最適を考える」という視座の持ち方が道徳的なのではないかということ。モラルハザードなどまでも含めて議論できるのが経済的なのかなとか。
    経済学をもう少し学んで見ようと思う。

  •  経済学を哲学者が一刀両断する本。右派には右派の左派には左派の考え方がある。しかしどちらも本質をついているといは言い難いという感じの内容でよろしいか?

     経済を簡単にかたづけようとしたところで必ず行き詰まりを見ることだろう。結局そこにはいろいろな人間の行動パターンが埋め込まれるわけであり、それらすべてに都合の良い行為を与えることなどできないのだから。そこで人はどう対応するかそれにより経済の崩壊度が決まってくるのだろう。

     作者が外国人ということもあり中に出てくる事例は外国のものばかりであるので少しわかりにくい。日本の事例で書かれたこのような本はないものだろうか?。

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著者プロフィール

1967年カナダ生まれ。トロント大学教授(哲学・公共政策・ガバナンス)。著書に『ルールに従う』、『資本主義が嫌いな人のための経済学』などが、共著書に『反逆の神話』(すべてNTT出版)などがある。

「2014年 『啓蒙思想2.0』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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