日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)

著者 :
  • NTT出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757140998

作品紹介・あらすじ

すさむ食生活、荒廃する優良農地。明るい未来への処方箋を探る。

感想・レビュー・書評

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  •  親戚に農家の人がたくさんいて小さい頃は手伝いをさせられたりもしたので、農業にはそれなりに意識を向けてきたと思う。そして昨今の不況に絡む農業ブーム。欧米に比べた日本農業の特徴として、1件当たりの作付面積が小さく規模の経済が働きにくくてコストが高くなる、という事があるのだから、耕作地を集約して農機への投資を低く抑えるようなシステムを作れば良いのに、とずっと思ってきた。でも、先祖伝来の土地を手放すのは嫌なのだろうし、農機の共同利用は誰が先に使うかでケンカになるし、村社会でよそ者を排除しがちだし、なかなか簡単にはいかないのだろうな、とも思ってきた。しかしこの本は、そういう思い込みをぜーんぶ、打ち砕いてくれた。

     日本の農政に構造的な問題があることは間違いないことだと思う。実際、この本の中盤以降も、そういった問題点を一つ一つ明らかにして行っている。だが、そういった構造的問題が許されてきた原因は、消費者のエゴや地権者のエゴにある、と著者は言う。こういった場合、普通ならば行政の責任を追及するのが常道なのだが、あえて、普段は守られる側の消費者・地権者を断罪するのだ。
     戦後の農地改革により、日本には作付面積の小さい零細農家が数多く生まれた。そして高度経済成長期。急激な工業化により都市部の労働者の賃金が上昇することで、農村部との所得格差が問題になってくる。ここで取られた対応は大きく二つ。JAを通じた国からの補助金による所得再分配と、兼業化だ。この対応はおおむね成功し、所得格差は無くなるのだが、これらの仕組みは以後も継続してしまう。その結果起きるのが、零細農家の農政への影響力の増大と、耕作放棄地の増大である。
     JAが選挙の集票システムとして機能してきたことは周知の事実。そのJAの組合長選挙などの選挙権・被選挙権は組合員にあるのだが、組合員になるにはほんの少し農地を持っていればよい。加えて、権利は農地の広さと関係がないため、数の多い零細農家の意見が農政に反映されやすくなる。まあこれだけならば特に悪いこともないのだが、もう一つの現象と絡むと途端に悪い事が起きる。

     兼業化は、副業の主業化を引き起こす。零細農家はまじめに農業をやる必要もなくなり、耕作放棄状態になる。この状態は、JAや地域の農業委員会の指導対象なのだが、農業委員会のメンバーは地元の人。しかも、民主主義の結果として、同じ状態にある零細農家の代表が多いので、見て見ぬふりが多くなる。
     これを助長するのが、もし高速道路などの公共事業用地に指定されれば耕作放棄地が大金に化けるという事実である。農業をやりたいと思っている人は耕作放棄地を借りて大規模農業をしたいと考えているのだが、貸出中に公共事業が誘致されたりすると売り抜けられないから、地権者は農地を貸したがらない。零細農家はまじめに農業をやらない方がもうかるシステムになっているのだ。

     都会の消費者も無農薬農法に関心があるなんていうけれど、実際に雑草取りを自分がやらなければならないとなると、農薬をまきましょう、となる。見かけが悪くても買います、なんて言っていても、実際に見かけの良い商品と悪い商品があれば、見かけが良い商品ばかりが売れて悪い商品は廃棄されることになる。こうしてコストは益々上がり、価格競争力はより低下していく。

     最近、アグリ・ビジネスという様な言葉により、農業がはやっています。定年後の第二の人生として、農業を志す人も多いようです。また、政治の世界を見れば、個別所得補償という様な、農家支援政策が議論されています。
     しかし、そもそもどうして農業が衰退したかを考えてみたことがある人は少ないのではないでしょうか?ここには、理想論だけからでは見えない、きわめて現実的な選択による農業衰退の歴史が見えます。

     この本を読むとき、読者は傍観者ではいられません。誰もが当事者の位置に引きずり出されます。そんな農業の真実を知りたい方は、ぜひ読んでみてください。

  •  農業経済が専門の筆者による,ほとんどの人に耳が痛いであろう農業論。市民に寄り添うマスコミではタブーとされている,しかし極めてまっとうな持論を遺憾なく開陳。特に被害者を装いたがる消費者とそれに迎合するマスコミへの苦言は傾聴に値する。
     農業経済の仕組みや改善すべき点にも触れられるが,「食の安全」を叫びつつ,手軽な外食・加工食品に流される消費者のエゴを何とかしないと,根本的解決は望めない。私権の主張と参加型民主主義はセットなのに,西洋の猿真似で,前者だけを導入してしまった戦後民主主義の失敗が痛い。「政府が案を出して対策してくれ,我々は私権を振りかざして文句を言うから」
    「食の安心・安全に関心が高まってきている。」なんて,最近マスコミでよく言われるが,筆者によると,同じことがもう三十年も前から言われ続けているそうだ。食の安心・安全がなぜ確保されないのか,その答えを多くのマスコミは,官僚,農協といった権力側の不作為に求める。産直や有機栽培のとりくみも,昔からちょくちょく取りあげられてきているが,なかなか広くは根づかない。答えがみつからないのは,世論を形成すべきマスコミが,農水省や農協をバッシングすることに汲々として,消費者の責任を問わないからである。その上,多くの研究者がそれに荷担し,消費者はその居心地よさに安住している。おまけに,政府や農協はバッシングを組織防衛に利用する。
     日本の食,日本の農業をこんなにしてしまった主犯は,消費者と農家のエゴであると著者は言いきる。安きに流され,批判ばかりで積極的に政治参加してゆかない消費者の意識を変えることこそ重要である。健康に関心が高いといいながら,手軽さやおいしさを求めて,外食や加工食品で食事を済ませてしまう消費者が多い。その行き着く先は,バッドフードによって肥満が蔓延したアメリカの低所得社会である。
     国土が狭い上に山林の多い日本では,優良農地は転用にも適している。それなのに,農地規制の不在による転売への期待があるため,相続などで耕作意欲をなくした農家も,農地を手放したり賃貸したりはしたくない。自然,耕作放棄地が増える。
     よくマスコミで言われるように,不便で狭小な農地が耕作放棄地になるのではない。道路からのアクセスもよく,一筆の区画もきれいな優良農地が耕作放棄されるのである。転売・賃貸すれば宝くじを失うから。その結果,農業経営に長けた農家に優良農地が回らない。市場原理がはたらかず,大規模農家は育たない。
     伝統,愛着という大義名分。しかし,本当の動機は経済的なもの。どんな伝統も,経済的動機がなくては続かない。著者が懐かしむ振り売りが衰退したのも時代の流れでいたしかたない。歪んだ農政を正し,経済的に合理的な農業に変えていかなくてはいけない。

  • ふむ

  • 副題にあるように「危機の本質」について、マスコミ、学界で取り上げられない角度で書かれたもの。
    序章 日本の食との農
    1 食と農を語る意味
      食と農について、何かしら意図的に本質的な問題・論点を避け、集団的誤解を生むようなことが行われているので、著者があえて、きちんと色んな角度で「食と農を取り上げていくという趣旨が書かれている。
    2 行政バッシングの時代
      お任せ民主主義に甘やかされた日本社会の市民にとっ て、自己責任を負担することから逃避したいという責任放棄が、官僚バッシングに捌け口を求めているが、問題解決にはつながらない。
    3 蟻の目からのアプローチ
      本書は、食と農から日本社会全体を見上げようという蟻の目のアプローチである。
    4 日本なのか日本人なのか
      今日の日本社会には、いわゆる外国人がたくさんいる。彼ら(彼女ら)も日本の一員であるし、農場や食品産業で働くいわゆる外国人も増えている。日本の食と農を通じた世界への貢献も、真剣に考えるべきである。

    上記のような観点で以下の章が書かれていた。
    第2章 食の議論の忘れもの
    第3章 迷宮のJA
    第4章 農地と政治Ⅰ(農地問題の構造)
    第5章 農地と政治Ⅱ(農地政策の行く先)
    第6章 企業の農業参入?
    結章  明日の食と農を見据えて

    読んでみて、農林水産省、政治屋・財界・土建業・マスコミ・そして農地の値上がりを待つ農家の利権構造。
    根深いものがありました。
     
     

  • 帯文:”すさむ食生活、荒廃する優良農地” ”明るい未来への処方箋を探る” ”問題を直視することは辛いことだが、目をそむけずにじっと見ていれば必ず解決策はある”

    目次:〈序章〉日本の食と農、〈第2章〉食の議論の忘れもの、〈第3章〉迷宮のJA、〈第4章〉農地と政治 I (農地問題の構造)、〈第5章〉農地と政治II(農地政策の行く先)、〈第6章〉企業の農業参入? 〈結章〉明日の食と農を見据えて、注、謝辞、人名索引、事項索引

  • 1975年から2003年の間、毎年約0.1%の農地が転用して販売されている。合計118.6千haで35.4兆円、平均すると1haあたり3億円ほどだ。1999年の売買価格では1haあたりの価格を収益還元価格(=農業から生まれる価値)で出すとわずか6百万円なので税金等々を無視すれば50年分が1回の売買で稼げることになる。これが市街化区域の農地転用(一般の土地になると考えればいい)であれば1haあたり7.9億円だ。耕作目的でも4.6億円、市街化調整区域(建設規制が有る)でも転用ならば3億、耕作目的なら84百万円。そして都市計画外だと転用で1.7億円、耕作目的ではわずか18百万円と収益還元価格の3年分にしかならない。農地転用の金は農林中央金庫に流れ込み、運用先の無い農林中央金庫が住専につっこみ大穴を開けたのにはこういう背景もあったそうだ。

    同じ期間の農地転用収入/農作物生産額(カッコ内は三大都市圏を除いた場合)を見るともっと凄いことになっている。75年からの5年間は48%(28)そのご66(35)%、92(44)%でバブルの90年〜94年では138(61)%、103(57)%で2000〜03年でも82(49)%だ。著者が「日本農業の最大の生産物は農地である」というのも的外れではない。統計外にも違法転用や耕作放棄地の増加が増えている。国内の農地は61年の609万haをピークに03年には474万haにまで減少した。優良な農地を開発するとまた農地に戻すことには非常な困難が伴う。

    規制緩和により会社法人が農業に参入することによって農地の集約化が進み競争力が高まる、と一般には期待されているが著者の見解は否定的だ。会社法人にできないのは今のところ農地を買うことだけで例えば契約農家にするなり農業法人を作るなり参入の方法は有り、過去から参入して撤退起業はある。建設会社の参入が目新しい例だがこれは雇用のバッファーが目的で利益を上げることを考えていないのではと言うのが著者の見方だ。一方で農地の貸借は大規模農家を中心に増えている。

    零細農家が大規模農家に土地を貸し出しても売らない理由は何か?財界が規制緩和により農地の流動化を進めたがる理由は何か?いずれも農地転用により売却をしたいのが本音だろう。1haは農地として利益を上げるには狭くても、再開発で売り出すには十分な面積だ。優良な農業用地は日照と水はけがよく、また道路からもアクセスしやすい。だから優良な農地ほど再開発用地として狙われる。中国の地方政府が農村の共同保有の土地を買い上げ再開発により利益を上げているのと構図は同じだ。

    大規模な土地の認可は従来2ha以下の土地の転用は都道府県知事の許可権限で、それ以上は大臣許可であったのが98年に4ha以下に知事の権限が拡大された。さらに2000年に知事権限が市町村長に委譲が可能になり、さらに農業委員会への再委譲が可能となった。農業委員会は原則各市町村にあり、選挙権は10a以上の農地を持てば持てる。農地転用の認可に限れば耕作面積の広い大規模農家より面積は小さくとも数の多い零細農家が力を持つという構図になる。零細農家の土地を借りて耕作面積を増やして来た大規模農家としては規制緩和により農地転用が容易になることは借りてる土地が使えなくなるリスクが高まる。しかし転用でのキャピタルゲインを期待する零細農家が大規模農家に耕作地として売ることもない。

    収入面から農家を見てみるとどうなるか。この本では農家ー非農家の所得格差は1970年代以降無くなったと書いてある。農水省のデーター@2024年によれば農業所得(粗収入ー経営費)は水田作で62万円、畑作228万円、野菜作262万円とぱっとここだけ見れば田んぼなんかやってられるかだろう。しかし、1経営体で見れば農業所得135万円に農外所得と年金を含めると総所得476万円になる。世帯年収に近い数字なので単純にサラリーマンの平均給与と比べられないとしてもだ。水田作でも耕作面積3ha以上では農業所得が462万円、総所得は736万円となる。一人当たりで見ても農業関与者一人当たり31万円で専従者一人当たりは446万円。同じく3ha以上だと201万円と616万円になる。ざくっと言ってしまえば高齢者の兼業農家で耕地面積が少なければ確かに農業では儲からない。しかし水田は手がかからず(だからできるんだが)家計の助けにはなる。(0.5ha未満では赤字だが)ならばキャピタルゲイン狙いで売らずに持っておくのは合理的な判断だろう。

    個々人では合理的な判断でも結果として日本の農業の競争力強化にはほど遠いことになっているのが現状だ。これが会社だったらつぶれるべき会社に無理矢理補助金を出して延命しておりその分消費者が高い金を出していると言うことだから。TPPに反対しコメは聖域と言いながらこれまで農地を大事にして来ていなかったというのがこの本に流れる主張で必ずしも農協や農水省だけを批判しているわけではない。最も批判されているのは自分の農地くらいは売っても大勢に影響は無いという地域エゴだ。著者の主張はTPPよりも過激で日本の農地を外国企業や外国人移民にも解放すべきだと言う。(一部研修生名目で労働力は入って来ている)ただその場合でも利水権や地域との関係などを無視することはできないので地域のことは参加型の民主主義で徹底的に討論して行くべきだと言っている。

    もともとこの人の書いた偽装農家という本を読もうとしていて、こちらを先に見つけたが内容はほぼこのままらしい。2006年に発刊されたがほぼそのまま通じる内容だった。農業関係の法律のややこしさ、私権が強く土地の流動化も困難でそれ以前に地籍が確定していない。地域エゴは弱まる気配も無い。先は長いね。

  • 第2回農林水産省改革チーム「有識者との意見交換会」のプレスリリースとあわせて読みたい(笑)。

  • 20121110 少し過激に思えるがそういう状況だという事なのだろう。日本人なら何とかしないと。と思える本。できたらもう少し若い人向けもできないだろうか?

  • 「反骨の」という枕詞がよいのかどうかはわからないが、
    世のマスメディア、行政、研究者、そして「市民」に
    対しての強い警鐘を鳴らす、
    反骨の農業経済学者の初の単著。

    読んでみると、愕然とすることだらけであった。
    日本の農業に関して、
    「自給率」なるものが、所詮はカロリーベースであり、
    農水省の利権構造のメッセージなんだろう、くらいのことは
    私は漠然とは思っていたのだが、
    「危機の本質」はそんなところにはまるでない、ということが
    本書を読んでしみじみ感じられた。

    私なりに端的にまとめれば
    「農地転用による棚ぼた利益を求める零細農家の個人欲望と、
     彼らを票田・組織としてまとめあげるJAや行政の組織行動が
     あいまって、日本の今日の農政・農業経済をおかしくしている」
    というところだろうか。
    無論、著者も取り上げるように、
    熱心で志高い生産者、企業、生産者組織、農業委員会や地方行政もあったりは
    するのだが、
    根本的には、農地転用の利益という問題があまりにはびこっている。

    著者は、欧米と比した際、日本にはあまりにも「市民意識が欠如している」
    と指摘する。
    欧米では、土地は公的なものであり、また地域共同体の中でどういう
    計画的利用をするかということに対して、強い市民意識のうえでの個人の
    行動に規制が設けられているが、
    日本にはまるでそんなものがなく、個人のカネ本位のエゴがまかりとおっている。

    同じ東アジアでも、中国や韓国は土地は国家のものであるという前提が
    歴史的にも強く、そこまで個人で土地転売で利益をあげようという
    動きはない。

    日本の歴史的経緯を踏まえた…それは戦後の農地解放、コメあまり、
    国際的な貿易などをつうじて…中で、歪んだかたちでむくむく大きくなり
    行政・立法によるコントロールの機会なく、今日まで来ていることの結果といえる。

    無論、農家だけではなく、消費者のほうも、「食」の問題意識が
    まるで本質から外れていることを指摘している。
    「国産安全神話」や「食による健康管理の重要性の無視」などなど。
    それは、何十年も変わっていないことを、数々のデータから示す。

    これらの問題は、結局、一朝一夕でどうなる話ではないなとつくづく思った。
    昨今、「地域主権」「道州制」なども言われているが、
    「知事等の首長が農家・土建業者の便宜を図ることが農地問題の根底に関わる」
    という、著者の指摘が正しいならば、
    そういった地域主権は、まさにそれを後押しすることになるではないか。

    企業による「農業参入」についても丁寧に著者は解説しているが、
    結局別に目新しいことではなく、はるか以前からその流れはあり、
    農業の難しさや地権者問題などなどに直面し、出ていく企業も多い、というだけの
    話なのである。

    著者は提言として、日本の農地や農産物をまともに世界に開放することで
    こうした問題の解決に先鞭をつけよ、としているが、
    昨今のTPPへの反対運動などを見ても、ああ、それは零細農家の利権にがちんこで
    ぶつかるから、抵抗は激しいわな、と感じる。

  • 県立図書館。

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著者プロフィール

2022年3月現在
明治学院大学経済学部経済学科教授

「2022年 『日本農業改造論 悲しきユートピア』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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