アナザーユートピア: 「オープンスペース」から都市を考える

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757160774

作品紹介・あらすじ

建築家・槇文彦はエッセイ「アナザーユートピア」で、建物からではなく、「オープンスペース」――広場、路地、道、原っぱ――から、都市の未来をいまいちど考えなおそうと問題提起をした。本書では、槇の問題提起を受け、さまざまなジャンルで活躍する若手からベテランまでが寄稿し、これからの都市のあり方に一石を投じる。
執筆者 青木淳、塚本由晴、手塚貴晴、田中元子、伊藤亜紗、広井良典、ほか全16名。

感想・レビュー・書評

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  • 1本1本の寄稿の内容が濃いので通読するのは結構大変だったが、それぞの著者の視座の違い、ユニークなテーマの解釈もあって面白いし、共感できる点も多かった。とても勉強になった。


    P006 都市のオープンスペースの議論では、建築の場合以上に問題としたいものに「土地」からの視点がある。なぜならば、オープンスペースは立脚するその土地の資質そのものが本来主体になると言っても過言ではないからだ。土地の知性、自然、精霊。そして土地の縁起と由来。それらのスガタが人々の記憶に残る。そうした土地の持つ特性・文脈の様相を背景にして、オープンスペースの存在がある。しかし、近代化とともにオープンスペースの形成には、この「土地との交信」が希薄になり、それが単なる物理的な空白や隙間として扱われてきたのではないか。

    P019 原っぱには、楽しさと凶々しさが共存していた。原っぱは、まずは、児童公園のような「お仕着せの遊び場」ではなく、「非公認、非合法に子供たちが占拠した秘密の遊び場」だったからだ。

    P021 あの凧揚げの戦慄を覚えているだろうか。風に向かって懸命に走ってもめったにはあがらない凧が運よくあがったとき、凧はみるみる虚空へと遠ざかり、風に揺られ、はるかに小さく眺められる。その凧とは細い1本のひもだけでつながっている。まるで自分の魂が虚空へと飛ぶようなたよりなさ恍惚それこそ眩暈の遊びである。僕は快感より、心細さで、おしっこを漏らしたほどだ(奥野健男「文学における原風景」より)

    P029 片隅であり続けることは、中心なく歩き回ることであり、原っぱを考えるとは、逸脱の初々しさを維持する術を考えることである。(「原っぱの行方」青木淳)

    P042 パリローマをはじめ建築がぎっしり並び構造化された西欧の都市では、近代化のためには、強権を発動し、古い市街地に広い直線道路や鉄道を強引に貫通せざるを得なかったが、自然を取り込み空間的ゆとりのあった東京では、市街地を壊さず近代のインフラをできるだけ隙間に通す傾向にあった。
    (「オープンスペースの空間人類学」陣内秀信)

    P047 人口減少社会に移行した日本において、これからの50年ないしそれ以上の時代は、高度成長期に起こったこととちょうど”逆”の現象が生じていく。【中略】郊外の田んぼがどんどん住宅地などに変わっていったのが今後は空き地・空き家や緑地・農地等に戻っていくといったように。そうした中でかつて日本とともにイメージされた田園都市もまた、私たちの対応次第で”なつかしい未来”として再び実現されていく可能性を持っている。(「オープンスペースとコミュニティ」広井良典)

    P061 オープンスペースの持つポテンシャルを議論すべきは、「既存施設の存在しない新しいコミュニティ」ではなく、既存だらけの眼前の都市を前提として、ではないだろうか。

    P062 (石川栄耀は)日本の伝統的な盛り場や商店街で、人々が単に買い物を楽しむだけでなく、有楽の気分で漫歩を楽しんでいる姿に、欧米で触れた広場の代わりを見出した。石川は商店街を盛り場へと育てていく活動(商業都市美運動)に精力を注いだ。【中略】石川が関与した東京では、歌舞伎町やパティオ十番を有する麻布十番をはじめ、いくつかの地区で街路形状を膨らませる形で、欧米の市民広場を模した広場状空地を生み出し、その周囲に映画館などの娯楽施設の誘致を構想した。(「都市計画と広場」中島直人)

    P101 東京の都市空間では巨大再開発の中で容積緩和のための計画されたオープンスペースが登場しているが、ここで提案しているインフォーマルなコモンズとしての「ヴォイドインフラ」とは、住宅地の中に自然的に生まれる小さな空地を手掛かりとする、自律した自発的な行為を誘導する都市へのアプローチである。(「都市の「すきま」から考える」北山恒)

    P111 (マンハッタンのブライアント・パーク再生が)公共空間の位置づけと役割をどのように変化させたのかを考察するには、公園にいる人たちをみるだけではなく、「公園にいないのは誰なのか」を想像し、調べることが必要になる。

    P115 都市とは、多数の人たちが、一人ひとり異なるにもかかわらず、同じ空間を共有する民主社会である。消費者とツーリストだけではなく…多様な人々から構成される。都市の民主社会を物的に支えているところに、公共空間としてのオープンスペースの価値がある。この空間を無造作に商品化し、「売る」ことの愚かさを知らねばならない。(「誰のためのオープンスペースか」平山洋介)

    P119 建築物と車道の間の歩道の幅に余裕があれば、その一部を「広場」に用途変更したうえで、警察ではなく自治体に管理権限を移すことができ、道路(歩道)の柔軟な利活用が可能になる。この手法は法制度上「道路」を「広場」と読み替えることにより、公共空間の可能性を引き出す。法制度のクリエイティブな解釈や読み替えには、建築・都市分野の実務官が見ている風景を一変させてしまうような可能性が潜在しているのである。
    リーガルデザインの前提となる法の余白①法令自体すなわち規定に存在する余白②法解釈の余白③契約による余白

    P127 法令と異なるルールを生み出したい場合、対象となる法例が契約により上書きできる「任意規定」なのか、上書きできない「強行規定」なのかを見極める作業が欠かせない。【中略】建築・都市分野を規律する法令は、人の命・身体の保護を目的とする規定が多いため、強行規定が多いと言われている。【中略】しかし、建築基準法・消防法をはじめ、建築・都市関連法令が本当に「強行規定」ばかりなのか、という検討は未だ十分になされていないと私は認識している。(「法の余白、都市の余白」水野祐)

    P150 隣り合う人が同じような人生を送っているわけではないので、空き家や空地は歳の中のあちこちに乱数的に発生する。そして人口が減少する中で全ての空き家や空き地が再利用されるわけではないので、結果的にあちこちに再利用されない空地や空き家が発生し、全体としては乱数的に小さな穴が空くように都市が低密度化していく。この現象は「スポンジ化」と呼ばれる。

    P158 「ギジム」(三陸地方の「五年祭」に特有の御神輿の動き)は、ここの制度に沿って生まれる個々の動きを合算した動きである其れア個々の制度で動かされている個々の動きを合算していく、という中動態の設計にいくつかの示唆を与えてくれる。例えば、結果の読めなさと乱雑な動き、動きへの全員の貢献と責任の不在といったことである。

    P161 人々の見えない動きと、見えない精度を読み取り、それを空間のしつらえを使って整えること、こうしたことが設計なのであろう。それはクレーの名言「線を散歩に連れていく」ならぬ「設計を散歩に連れていく」という設計者の姿勢から生まれてくる方法なのではないだろうか。(「空き家・空地と中動態の設計」饗庭伸)

    P166 ランドスケープという言葉の定義は様々だが、私はドイツ語の「ランドシャフト」に近い意識が必要だと考えている。ランドシャフトにはその土地の上に生活する人々や自然も含まれる。【中略】土地には素材や地形、関係性など多くの見えない与条件と、時間をかけて作られた厚みが、既にあることを忘れてはいけない。

    P168 ランドスケープを取り扱うにあたって、建築と決定的に異なる点は、固いもの(ハードスケープ)と柔らかいもの(ソフトスケープ)との要素間のバランス、変化するものとしないもののバランスの調律の仕方である。

    P174 ウィリアム・ホワイトは「グリーンベルトに囲われた実現不可能な都市を夢見るよりも、むしろ現実を直視し荒廃地や未利用地、都市の残余地を人工的に連鎖させ、荒れた土地を生き返らせなければいけない」と述べている。(「都市に変化を起こすグリーンインフラ」福岡孝則)

    P199 人間は誰だって、地球の裏側まで回ったって、ひとの気配に安らぐし、優しくされたらうれしいし、柔らかいものは気持ちいい。大幅に違う点は、それらと「いつ、どのように」出会えるか、ということだけである。【中略】(パーソナル屋台」で)どんな人のどんな反応にも、わたしはただ驚かされるだけだ。友人や家族と違って、会ったこともない通行人に何も期待しないからだ。だから、ギブアンドテイクなどではない。マイパブリックを作るよろこびは、ギブのみで完結する。

    P201 そもそもユーモアとは何か。それはもともと共有しているものを楽しむのではない。共有ではなかったはずの異物をコミュニケーションによって共有へと転換させることではないだろうか。だからアイデアはデフォルトで異物であることが好ましいし、異物であるためには、その人でなくては出せないものしかない。【中略】まちとは、社会とは、他者性というクリエイティビティが暴発する場所であってほしい。そうした状況が街にあっけらかんと存在することが、多様性社会と呼ばれるものではないだろうか。
    能動性の暴発とは、ただ真っ白な画用紙を渡すだけでは見られない。補助線を引いたり、うっすらと下絵を描いたりすると、そこからならやれることがいきなり増える。(「100㎡の極小都市「喫茶ランドリー」から」田中元子)

    P208 私たちが普段使う「道路」は、英語ではRoadとよばれ、Streetといえば「街路」と等しいだろう。【中略】実はかつては「街路」という法的概念があった。(1952年に廃止)「街路」の概念が法的にはない現代において、人々のアクティビティと、現在の道路の法体系との間にギャップが生じていると言えないだろうか。「街路」という言葉に改めて光を当て、道をとらえなおしてみる時機に来ている。(「ストリートは誰のものか」泉山塁威)

    P227 都会はバリアフリーが進んでいる。それはもちろん好ましいことなのだが、副作用として、身体の多様性が公共空間から消える、という結果をもたらしているのかもしれない。【中略】(下半身をほとんど動かせないかんばらさんが階段を両腕でスキーのように降りていく)「スキー」を見る経験は、「ひろば」(公共の空間)を「ふろば」(クローズドの空間)として使う人に出会った驚きと痛快さだったのかもしれない。【中略】バリアフリーを超えた身体の多様性に対する寛容さが、空間を開くのではないか。(「身体の違いがひらく空間」伊藤亜紗)

  • 都市をオープンスペースという視点から考え直してみようという槇文彦の投げかけに対して、建築家だけではなくランドスケープデザイン、アート、社会福祉、法律といった様々な領域の専門家が応答した文章を集めた本。

    都市をオープンスペースから考える必要性は、都市というものがあらゆる種類の人々を包摂する必要があるものであり、また社会の流動化、多様化に伴って、これまで以上に柔らかくしなやかな受け止めが必要な時代になってきたということがあるのだと思う。

    これまでの「建築」という行為やその成果物が、目的を明確にしたうえで合理的に機能と空間を構築していくというやり方で作られてきたため、建築のみで構成される都市をイメージすると、しなやかさや曖昧であるが故の柔軟性といったものは、不足することになってしまう。

    「オープンスペース」という概念はそれを補ううえで重要なものになっていくのだろう。

    したがって、「オープンスペース」といっても、いわゆる敷地内の公開空地を対象とするより、路地であったり公園であったり、空家であったりと、その対象としては様々なものが取り上げられている。

    そのような物理的なスペースのみならず、法の「余白」としての規定や解釈のすきまを都市づくりにいかに活用していくかといったことも、本書の中で取り上げられている。

    また、物理的空間であっても、その作り方だけでなく、同じ場所でも管理(ルール)のあり方によって全く使われ方が変わっていく様子、また身体障碍者の空間把握の方法や移動の方法を参照することで、空間自体が新たな見え方をするといったことまで取り上げられており、視野が広がった。

    大正時代の「街路構造令」には、現在でもある「道路」という概念とは別に、沿道の建物や街路樹なども含んだ「街路」という概念があり、沿道の経済活動に寄与することが目的とされていたという事実も、この本で初めて知ることができた。

    オープンスペースというものは、空間の形状や与えられた機能だけで規定されるものではなく、使われ方やその意図、使い手のコミュニティのあり方といったものによって形成されてくるものであるために、このような幅の広い視点からの議論を積み重ねていくことが必要なのだと思う。

  • 東2法経図・6F開架:518.8A/Ma34a//K

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著者プロフィール

建築家、1928年東京生まれ。東京大学工学部建築学科卒、ハーヴァード大学デザイン学部修士修了。槇総合計画事務所代表。主な著書に『見え隠れする都市』(共著、鹿島出版会)、『記憶の形象』(筑摩書房)、『漂うモダニズム』(左右社)、「Nurturing Dreams」(MIT Press)など。

「2015年 『応答 漂うモダニズム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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