愛国のパラドックス: 「右か左か」の時代は終わった

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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784757223547

作品紹介・あらすじ

イデオロギーの正体見たり...
誤解が続く限り、「戦後」は終わらない!
景気回復、構造改革、憲法九条、集団的自衛権、TPP...
果たして安倍政権は、日本を再生できるのか?

あなたの政治的立場がわかる「イデオロギー診断テスト」付き

感想・レビュー・書評

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  • 1.今、日本に必要なのは何? A規制緩和構造改革、B暴走する政府への歯止め、C体制解体(A戦後保守、Bリベラル、C1970年以前は左翼今なら保守)2.アメリカという国は?A価値観を共有する同盟国、B横暴な大国、C日本の真の支配者(A戦後保守、Bリベラル左翼、C愛国的保守)3.日本という国は?A最近低迷しているが良い国、B優れた歴史、伝統、皇室があり世界一、C日本国憲法(九条)があり世界一(A戦後保守、B愛国的保守、Cリベラル)4.敗戦と同時に親米的になった理由は? A連合国の方が正義だった、B占領したGH

  • 近代とはそもそも進歩的な時代であり、そこに生きる我々が保守的な立場を取るためには、ある程度の譲歩が必要になる。ではどこまで譲歩をするのか。それは保守の立場からすれば、世の中の流れをみてバランスを取るということに尽きる。あえて我々の限界を知ることによって、我々のできることが見えてくる。そうしてできることを淡々と行うのが、保守の態度であると本書から学んだ次第である。

    <第2次安倍内閣、55年体制の再来>
    2014年の総選挙では政権選択は争点にならず、政治運営、経済政策への評価が問われた。最大野党であった民主党の惨敗から想像されるのは、1955年から1993年まで存続した「55年体制」である。55年体制は、自・社の対立が軸になっていたといわれるが、自民党が政権を担うのは自明の前提であり、実質的には自民党一党支配であった。日本経済について「失われた20年」という言葉がある。1990年代前半から20年余に渡って経済が停滞したことを示す。自民党が政権を失い、細川内閣の誕生したのが1993年。第2次安倍内閣の誕生が2012年。佐藤健志氏は失われた20年と「政権交代のあり得た20年」が重なる形で存在していたのではないかと指摘する。総理の「日本を取り戻す」が55年体制の復活を表すものなのであれば、日本と自民党が安定していた時期を取り戻すということであり、自民党にとって良いスローガンであるように思える。しかし、55年体制は戦後レジームの固定化がなされた時代であり、「戦後レジームからの脱却」というスローガンとは相反する。ただし、結果として固定化のなされた時代ではあったが、正確には、「戦後レジームからの脱却を目指しつつ、達成に至らなかった過程」なのである。

    <保守とは何だろうか>
    保守のもともとの意味は、「物事のあり方を、できるだけ従来のままに保とうとする」ことで、「(古い)ものを粗末にしてはいけない」という当たり前の話が保守の根本的な思想である。「古いものは粗末にして良い」あるいは「粗末にすべき」という考え方「進歩主義」の誕生に伴い、保守という当たり前の考え方が保守思想として確立されることになったのである。人間の理性は時の経過とともに向上していく、であるから古いものはどんどん捨て去って良い。社会体制も従来のものは捨て去って構わない。これが進歩主義である。理性による社会体制の構築に挑んだ最初の巨大な事例はフランス革命である。破壊と粛清で大動乱となり、鎮まるまでには25年を要した(革命自体は10年で終わるが、ナポレオンの活動が活発化したゆえの計算である)。フランス革命の失敗があっても、18世紀後半から始まる産業革命の影響もあり、進歩主義の影響力は失われなかった。科学・テクノロジの水準があがり、新しい発見・発明がどんどんなされる。誰もが「人間の英知によって世の中は良い方向に向かう」と思うようになり、進歩主義は常識化していった。産業社会、近代社会では、「古いものを捨てていこう」という考えは説得力を持ってしまうのである。であるからこそ、「古いものを粗末にしてはいけない」という主張を普段から展開しなければならないのである。保守主義は「急激な変化、根本的な変化に対して懐疑的な立場である」ことである。良い内容であろうと悪い内容であろうと、急激、あるいは根本をくつがえすような変化は副作用や弊害をもたらす危険性があるため警戒する。理性の力を信じる進歩主義は、変化に伴い害が生じようと、それらを押さえ込むことができるとみなすのである。保守は、予想外の事態が生じたら押さえ込めなくなるかもしれないと構える。理性の力を疑ってかかることが前提にあるのである。

    ・理性主義「理論的に達成可能なことは、現実にも達成可能である」
    ・保守主義「理論的に達成可能であっても、現実には達成不能であることが多い」

    <保守とは限界を知ることである>
    フランス革命当時、世の中を急激に変えようとしていたのが自由主義であったため、保守主義者は社会主義に通じるスタンスで自由主義の行き過ぎをけん制した。日本で蔓延する「保守=自由主義」のような観念は根本的に誤りである。バークが「個々の人間の理性などおそらく非常に小さなものにすぎない」と断言したように、保守主義者は、「自分が正しいと確信していることも、もしかしたらどこか間違っているかもしれない」と考える。つまり、「自分の信念さえ、過度に信じるな」ということである。文明の進歩に浴しつつ保守を唱える、この姿勢は道化のようなものである。「保守主義者は自分の限界を自覚し、それを悪いことで独善を回避するもの」著者はこうした定義さえ可能かもしれないとする。急激、根本の変化に懐疑的であることを除けば、保守主義の世界には完全に正しいか、完全に間違っていることはほとんど存在しない。進歩主義者は伝統的な固定観念や迷信を非合理的として片付けるが、バークはこのように批判する。「(イギリスの哲学者らは)いたずらにこれ(伝統的な固定観念)を排し、理性をむきだしの状態にするより、固定観念と理性を結びつけて共存させるほうが得策だという結論に達するのだ」「政治家たるもの、迷信にもプラスに活用できる要素がないか探るべきである。弱い心の持ち主にとって、迷信は宗教の代わりになるものと言える。これらの人々が、程度の差こそあれ、何らかの迷信を抱くことは容認されねばならない。もっとも強靭な精神さえ、信仰という形でよりどころを必要とするのだ。(中略)真に賢いものは、迷信が愚かであろうと必ずしも目くじらを立てない」バークは迷信が愚かであり、宗教・信仰のほうが望ましいとしている。だとしても、迷信にプラスの要素を見出し、活用したほうが賢いと述べたのである。合理的な原理・原則に徹底するのでなく、多角的な視点でもって判断するのも保守主義者の満たすべき条件である。日本人は世界全体の平和に対し、完全主義的である。大東亜戦争の際は、アジア全体の平和がなければ日本の安全もないという考え方をとなえ、まるで「世界全体が平和でなければ人類が滅ぶ」という平和主義者のそれと瓜二つである。こうした潔癖で完全主義的な日本人の特徴は、日本の伝統文化を支えてきた気質であり、否定されるべきものではない。否定するべきは、こうした考え方から「国際政治の現実を無視した平和主義」に向かってしまうことである。

    <進歩主義的保守派>
    保守の立場にたてば、仮に戦後レジームに問題があっても、いたずらに脱却、解体を目指すのは望ましくない。しかし保守派と呼ばれる人の中には、戦後レジームを否定し新しいレジームを築けば、良いレジームが確実に出来上がると信じるものも少なくない。急速、根本的な変化を求め、失敗のリスクを考慮しないのは保守の立場ではない。バーク「深刻な弊害が生じないかぎり、国体の変更に踏み切ってはならない。(中略)元の設計ができるだけ保たれるよう、十分に配慮したほうがいい」バークによれば、重要なのは、状況を見極め、軽率に行動しないこと。不測の事態に備え、万全の用意をしておくこと。そして臆病なくらい慎重であること、である。リスクを考えない、ようするに理性の力でなんとかできると考えるのは保守ではなく、進歩主義である。日本の保守の一部は「ナショナリズム左翼」なのである。自らの信念を疑わないから理性の力を妄信し、戦後レジーム脱却やそれを目指す自らの正義感、愛国心、よい日本を築こうとする信念を完全な善として思い込んでしまう。もしかしたら間違っているかもしれないという思いがないと、世界が「完全に正しいこと」と「完全に間違っていること」に二分されていく。立場の違う相手の言い分にも活用、学ぶべき点があるのではと思えなくなってしまうのである。

    <近代日本はもともと進歩主義的>
    西洋文明を学び、国のあり方を変えることで欧米に対抗しようとした幕末の日本。これは明らかに理性の力で新しい社会体制の構築しようとしたのであり、進歩主義であった。近代化に失敗すれば日本は植民地にされてしまう状況にあって、ゆっくりとした変化を志向する保守主義が影響力を持てるはずがない。戦後の保守派は戦前の日本を肯定するが、戦前は保守的な時代ではなかったのである。戦後日本人は進歩主義よろしく、戦前日本を悪しきものとして切り捨てた。福田恒存は、この進歩的な言動はアメリカ占領軍を後ろ盾とした社会全体の風潮であり、決して勇気のいる言動でなかったといい、それは明治維新時、ヨーロッパ先進国が味方だったのと同様だと語る。1955年に誕生した自民党は保守政党として知られるが、ほんとうにそうだろうか。自民党の「党の性格」という文書を読むと本質がわかる。そこには、「わが党は、闘争や破壊を事とする政治理念を排し、(中略)正しい伝統と秩序はこれを保持しつつ、(中略)現状を改革して悪を除去するに進歩的政党である」とあり、明らかに進歩主義的な内容となっている。自民党が排除したがっている政治理念は「闘争や破壊を事とする政治理念」ようするに共産主義である。50年代前半、武装闘争路線をとっていた共産党に対抗する形で設立されたのが自民党である。自民党は戦後レジームを肯定しつつ、共産主義的な動きに反対するのが基本理念であり、社会(共産)主義を嫌い進歩主義者にすぎないのであった。そして冷戦が終わり、社会主義が失墜すると、戦後保守の左翼化(左翼性の顕在化)が完成した。94年、自民党と社会党の連立が誕生したのもその証左である。96年には橋本龍太郎政権は「構造改革」を提唱する。構造改革はもともと50年代にイタリア共産党が提唱した言葉で、「革命によらず国家を社会主義化する方法」という意味であった。歴史や伝統の尊重を叫ぶこともあるが、対米協調路線と、自由主義重視をする限り、それらは相反し、戦後レジームからの脱却もハンパなものになる。戦後保守に否定的な勢力は、戦後レジームを解体したら、戦後に築かれた繁栄は維持されるか発展するとみなす。また、他の国々と対立しても何とかなると漠然と考える。どちらの保守勢力も、急進的かつ独善的であり、成功が見えない状況である。この状況を真の保守は、方法論に誤りがあるのではないかと疑うところだが、自らの信念を疑えない彼らは、「完全に正しいにも関わらず、これらが実現しないのは何か巨大な敵がいるからである」と想定する。それが「陰謀説」であり、その対象は、アメリカ、国際金融資本、ユダヤ人などである。存在しない敵、どうせ倒せないと考えてしまうような巨大な敵に苛立ちをぶつけても、状況は変化はしない。そうなると身内に裏切り者を探し出し攻撃する「内ゲバ」がはじまる。内ゲバは左翼の代名詞のように思われるが、左翼的なメンタリティを持つ保守派にそれが起こるのは予想されることである。

    <近代社会においては純粋な保守の立場は貫けない>
    保守は、国家・社会の歴史と伝統に愛着と尊敬の念を持ち、維持しようとする。また、社会のあり方を変更する場合は、変更を最小限にとどめ、ペースもゆっくり行うのが望ましいと考える。しかし近代の世界をみれば、18世紀後半、欧米で産業革命がはじまった結果、産業化した国とそうでない国の格差が開き、国力の差が生まれ、どんな国も欧米型の産業文明に適応しなければ、国の繁栄、存立が危うくなる状況となった。また、産業文明の生み出す科学、テクノロジは進歩するほど進歩のペースが速くなるため、それに伴い社会のあり方も急激に変えなければならない状況に陥った。純粋に保守的な立場を貫き、国の繁栄、存立を犠牲にするにを論外とすれば、近代の保守派は、現実と妥協し、ある程度中途半端な保守派とならざるをえないのである。戦後保守の妥協はアメリカとの関係に見ることができる。日本は米ソ冷戦に直面した際、自国の存立のため、自由主義国であるアメリカのほうが追従する道を選んだ。安全保障面の負担を軽減しつつ、自由主義の経済システムへの参入できる点においても都合が良かった。戦後保守を批判するのは簡単だが、過去の保守の矛盾、限界を批判したところで新たな保守が純粋を貫けるというわけではない。著者は、戦前と戦後の間とは、「自国の存立や繁栄の確保を目指せば目指すほど、歴史や伝統を裏切らねばならかった試行錯誤の過程」であり、連続性が存在する。この連続性を受け入れ、戦後保守の良い点、成果を生かしつつ、歴史と伝統の維持を国の存立や繁栄の確保とのバランスを見出すことが大切だと述べる。

    <戦後体制の維持は自然な発想>
    45年の敗戦時、日本は300万人余の犠牲者を出した上、150以上の都市が空襲を受け、900万から1500万人ともいえる罹災者を出した。国富の25%は失われ、主要都市は焼け野原。食糧危機で1千万人が餓死するという噂まで飛び交った。そして7年近くも連合国によって占領され、国の主権が制限されることになった。その状態から見事に復活と繁栄を果たしたのは戦後体制の下であり、現在の停滞を考えても、いまだ日本は繁栄を続ける国家である。すべては戦後体制の中で得られた結果であって、戦後体制から脱却したがらない人が多いことに何の不思議もないのである。バーク「(古臭い)固定観念の中でも、長らく存続してきたものや、多くの人々に浸透しているものは、わけても尊重されるべきだと考える」。この発想に従えば、戦後日本の世界観も全否定しないのが保守の態度である。では、社会システムの問題にどう対処するのか。バークはそれについて「国家の欠陥や腐敗を追及する場合は、誰であれ十分に慎重であるべきなのだ。まして改革の名のもと、従来システムを根底からひっくり返すなど禁物である。(中略)既存の秩序の全否定を正当化しうるもの、それは「他にいかなる選択の余地もない」という絶対的な必然性のみである」と述べている。根本を変えるというのは、現状を破壊し、焼き尽くすということである。現状が枯野だから焼き尽くせという主張に対し、「枯れ尾花」であり続けるのがマシだという反応が返ってくるのは当たり前である。そうした勢力を批判し、どんどん焼いてしまえというのは、全体主義と何の変わりもなくなってしまう。戦後日本は従来システムを根本から破壊してできたものであって、そこからの脱却を目指すとき、根本から変えようとするのは自然ではないか。この主張は一見正しく見える。しかし理屈が正しいからといって現実的な説得力を持つとは限らない。大部分の日本人は、戦後日本以外の日本を知らない。古きよき日本を復活させようにも、それらを知らない我々の出発点は戦後日本しかないのである。肌で実感できる近い過去を無視し、観念的にしかしらない遠い過去に飛びつくことはできない。

    <空虚なメディア批判>
    戦後メディアは戦後体制を賛美し「人々を目覚めさせて正しい方向に導く存在」としての役割を放棄している。このような考え方は理想論でしかない。メディアには各方面とのしがらみや利害関係があり、何より大衆の作り出す次代の空気に影響され、引きずられるものである。メディアは社会の実情を映し出す鏡であり、彼らを批判しても対症療法にしかなりえない。日本人のあり方が変わらなければ根本的な解決にはならない。海外勢力がメディアに影響を及ぼすのは、当たり前の話。日本人がしっかりさえしていれば、そうしたマインドコントロールに操られることもないのである。メディアを操ろうとする勢力は多数存在するが、メディアはそれらの勢力の支配のもと、計算ずくで動いているのではない。多くは時代の空気に流されているだけなのである。主体性のない日本人が主体性のあるメディアを持てるはずがないのである。

    <日本を変えるのは普通の人>
    政治的関心のない普通の人が社会の大部分を占めている。彼らは世の中が平和で繁栄を保つことを望むが、詳しいことを知らず、積極的に動くこともない。政治に強い関心を持ち、世の中を変えようとする人々は彼らにとってみれば普通ではない、「異常」「異様」「非凡」なのである。政治の詳細を知らない彼らが評価基準とするのは「感覚」である。感覚的に良いと思える方を選ぶのである。であるからこそポピュリズムという手法が蔓延している。大多数の人々が「普通」側である以上、普通の人がより良い方向を選ぶ社会であれば良い社会は形成されうる。よって彼らの「感覚」が良いものであることが求められる。伝統とは、歴史を通じて積み上げられた価値観の体系である。感覚が伝統によって裏打ちされているとき、何が世の中を良い状態に持っていけるか正しく判断できる可能性が高まるのである。保守の立場から日本を変えたいものにとって、個々の政治的課題について「正論」を述べるのは一面であって、本質的には、普通の人々の感覚が、理屈を超えた正しさの宿る環境を整備していくことが重要なのである。そのため、かつての伝統を踏まえ、現在の社会とのあり方と適合するような価値観を築くことが求められているのである。

    <日本を取り戻すとは一体何なのか>
    安倍政権のスローガン「日本を取り戻す」。この日本とは一体いつの日本のことなのだろうか。明治維新以前の日本を取り戻すというのは現実味がない。戦前の日本に関しても支持を得られない。とすると、高度成長期の日本を取り戻すということか。すると戦後レジームからの脱却というスローガンとは相反する。では憲法改正か。戦後レジームからの脱却を望まない一般国民は憲法改正にも賛成しない。日本を取り戻すための障害とは日本人自身なのである。更に、一代の総理が「日本を取り戻す」と呼べるような大改革を成し遂げられると考えるのがそもそも誤りである。仮に安倍政権が「歴史を変える」何かを成し遂げても、次の政権がそれを覆せば再び逆行する形で「歴史が変わる」だけである。安倍政権が終われば日本は終わる、のような考え方は権威主義的な発想であり、我々が「歴史を変える」という意思を持ち続けることが重要なのである。国民が「歴史を変えない」と思えば政治もそう動くしかない。時の首相や政権の「スーパースター」扱いをやめ、我々が主体的に批判すべきところは容赦なく批判することが求められているのである。

    <擬似当事者意識>
    一般国民である我々は、直接民主制でない以上、日本のあり方を直接変えることはできない。そうした前提を忘れ、自分がそうした立場であると錯覚するのは「擬似当事者意識」である。真の当事者であれば否応なしに直面する制約やジレンマなどお構いなしに、自分にとって都合が良いように言い募り、「愛国者」として振舞える。こうした擬似当事者の立場から真剣な議論が生まれることはない。当事者意識の本質は「有限な人間が、有限を自覚しながら人間の限界を極めようとする行為」(『言志』14号巻頭)と規定できる。著者は「国家・歴史・運命といったものが、個人である自分よりずっと大きく、ゆえに自分を消し去ってしまう正確を持っているのを承知しつつ、できる限りそれらと一体化しようとすること」と定義している。

    <旧戦後レジームを脱却し、新戦後レジームへ>
    アメリカの構築した戦後レジームを想定するとき、2種類のものがあるとわかる。ひとつは、第二次大戦の勝敗確定から冷戦が深刻化するまでに構築された国際秩序であり、米中連合に押さえ込まれ、貧しい小国の状態におかれるレジーム。もうひとつは、米ソ冷戦に伴い、上記レジームを修正する形で生まれたもので、日本は米国の仲間、あるいは子分に位置づけられ、経済の発展は約束されるが、米国の圧力に屈さなければならない局面があるというレジーム。近年では冷戦が終わり、中国の大国化、親米化により、従来型の後者のレジームから前者のレジームへの移行している状態である。現状のレジームの否定は米中主導のレジームを呼び込む形となるため、現在の日本はおいそれとレジーム脱却を掲げられる状態にないのである。

  • 保守や安倍政権というものを主軸に据えながら、日本を考察しています。
    自分が正しいかどうか疑うこと。反対の立場に立つ人たちの意見や行動にも、なにかしらの真実がないか見極めること。急速な変化に異論を唱えること。等々。
    ここで定義される保守は、理解しやすかったです。

    うまく表現できませんが、世間で言われていることに首をかしげつつ、でもなにかどうおかしいと感じるのか説明できない私には、腑に落ちることの多い一冊でもありました。

  • 戦後レジュームを2つで捉える、戦勝国と敗戦国の関係から、冷戦の日本囲い込み、それが米中でもとにもどっていく?
    少しわかりにくい。

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著者プロフィール

1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。著書に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ) 、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。訳書に『新訳 フランス革命の省察 』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『新訳 フランス革命の省察』は2020年、リニューアルのうえPHP文庫に収められた。

「2021年 『感染の令和』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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