さようならまでの3分間 (メゾン文庫)

著者 :
  • 一迅社
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感想 : 4
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  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758091794

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『自分が戻りたい、やり直したい過去へ、三分間だけ戻れる』という条件を提示されたとしたら、どんな瞬間を選ぶでしょうか?

    人の世を生きていくというのは思った以上に大変です。綿密に計画を練ったとしてもそれが思った通りに進む保証はありません。受験、就職、そして結婚といった人生の大きな節目だけでなく、私たちは日々の生活において、後悔の連続の中に、それでも前を向いて一日一日を生きていると思います。そんな中で私たちは、後悔を取り返すために次の一手を模索します。これは人として当然のことだと思います。試合に負けたとしたら、次こそは勝つぞ!、ケンカをしたとしたら、なんとかして仲直りをするぞ!、そんな前向きな姿勢の中にはきっといつの日か結果もついてくるのだと思います。

    しかし一方で、人生は有限であり、その終わりは誰も知らないという共通点を持っています。例え余命宣告がなされたとしても、実際の終わりの瞬間が何月何日何時何分何秒と分かっているわけではありません。そう、後悔をなんとか挽回して人生を終わりたいと考えてもその時間があなたに残されているかどうかは全くわからないのです。

    『少し前までは元気で過ごしていた。だけどある日突然、死んでしまった』。

    これはあなたにも私にもいつ何時訪れるかわからない未来です。そんな時、後悔は『強い未練』としてその人の中に残り続けます。もちろん、死んでしまった後のことなど誰にも分かりはしません。しかし、そんな思いを引きずった存在がいるのではないか、そんな先に心霊現象という考え方が生まれる余地があるのかなとも思います。

    さて、ここに突然にこの世を後にした人たちの姿を描いた作品があります。『強い未練』を残した人たちが、あの世への『ゲート』をくぐれないでいる姿を描いたこの作品。そんな人たちの元に『交通整理人』と呼ばれる存在が現れるのを見るこの作品。そしてそれは、そんな『交通整理人』が、『突然途切れた運命を、少しでも納得できる終わり方にしたいと思』い、奮闘する姿を描く”お仕事小説”です。

    『自宅のドアを開けると、シン…としていた』という家に入り、キッチンで『カップ麺のビニール包装を破』ってお湯を沸かすのは主人公の蓮見貴(はすみ たかし)。そんなところに『お帰りなさい』と『恋人の桐村奈乃香』が起きてきました。『花屋に勤め』、『朝の早い時間に出勤することが多い』奈乃香とは『生活時間がなかなか合』いません。そんな奈乃香から『新商品の反応はどう?』と言われ戸惑う貴は、玩具メーカーに勤める中で『企画部から営業部へ異動に』なり、『慣れない仕事に忙殺され』ていました。『また企画部に戻ったら、作りたいものあるんでしょう?』とそんな貴を慮る奈乃香。そして、翌日『蓮見さあ、営業に向いてないんじゃない?』と先輩から言われた貴は、『営業に向いていないことは、他人に指摘されなくても自覚している』という今の自分を思います。『部署異動から、歯車が狂い始めた』という貴は、転職も考えますが踏み切れない今を思います。そして、その夜再び深夜帰宅でカップ麺を作っていると『今日はやめたら?』と奈乃香が起きてきました。昼間のこともあり『ゴチャゴチャ言われたくない』と思う貴は『こんな状況だと、結婚しても上手くいかないよな』と思わず口に出してしまい、『今は一人にしてくれ!』と最悪の会話の中で一日を終えてしまいました。そして、翌日『目が覚めたら、奈乃香はもう出勤して』いたという中、『いつも乗る電車の時間が迫』り、駆け出した貴は、『角を曲がり、駅の姿が見えたとき』、『キキッ』というスリップ音が聞こえ、『身体に激しい衝撃を感じ』ます。そして、周囲のうるさい音にまぶたを開けた貴は、周囲で忙しく動く白衣姿の人に声をかけますが誰も『返事をしてくれ』ません。『どこも痛く』なく、『身体は風船のように軽』く感じる貴。そんなところに『制服姿の女子高生』がいるのに気がつきました。『こっちへ来てください』という少女に引っ張られ、『気がつけば貴の身体が浮き上がっていた』という状況。そんな少女は今の貴が置かれた状況を暗示します。『俺は ー ー でなんていない。これは何かの間違いだ』と思う貴に、少女は自身が『交通整理人』のFと名乗ります。この世に『強い未練』があって『ゲート』を超えられない貴のような人をサポートするというFは、『私は蓮見さんに、三分間を与えるため来ました』と語ります。『自分が戻りたい、やり直したい過去へ、三分間だけ戻れる』というその説明。そんな貴が『未練を断ち切るために』Fの導きによって、自身の人生を振り返る物語が描かれていきます…という最初の短編〈カップ麺ができる時間〉。この作品の前提となる世界観を分かりやすく提示すると共に、なんとも切ない読み味を提供してくれる好編でした。

    “後悔があってあの世へ行けない人に、過去をやり直すための3分間を与えて未練を晴らす仕事”に就くことになった一人の女子高生の”お仕事”を描くこの作品。〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれる中に四つの短編が連作短編を織り成しながら展開していきます。

    そんな物語は、上記でご紹介した一編目の前に置かれた〈プロローグ〉によって物語全体を通しての実質的な主人公となる女子高生Fの立ち位置が語られます。『家族仲は普通で、学校生活も大きな問題はない』という『十六年間の人生』を送ってきた少女ですが、そんな生活は『ある日、一転』しました。それが、『自宅マンションの屋上から転落し ー 死亡』というまさかの展開。『事故か自殺かはっきりしていない』という中にまさかの死後の世界が登場します。上記で実質的な主人公と書きましたが、物語自体は、そこにさらにAという人物が登場し、『自分の死を受け入れられない』少女にFと名付け『交通整理人』という役割を授ける様が描かれていきます。 あまり踏み込みすぎない方が良いと思いますので、フワッとした説明にとどめたいと思いますが、そんな経緯で『ゲート』≒『三途の川』の向こうに行けないままに、『交通整理人』として、自身と同様に、この世に『強い未練』を残す人たちの未練を断ち切るために奔走する少女Fの姿を描いたこの作品。少し強引かもしれませんが、これも一種の”お仕事小説”と捉えることができる作品だと思いました。

    死後に『ゲート』≒『三途の川』の向こうに行けない人たちの姿を描いた作品は多々あります。恐らく最も有名なものは1990年のアメリカ映画「ゴースト」でしょう。不慮の死の後、彼女・モリーの危機を救うためにゴーストとしてこの世に残った彼・サムの活躍を描く物語は涙なくしては語れません。また、小説では、”彼は今でも、すぐ側で私たちのことを見ていてくれている”と、亡くなった夫が、妻子の危機を救う様が描かれる加納朋子さん「ささら さや」、シチュエーションは少し変わりますが、”僕が使者です。死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口”と語る”使者”の力によって生者が死者といっ時を共にする様が描かれる辻村深月さん「ツナグ」など、死んだはずの人を何らかの形で登場させる作品は一定の需要があるのだと思います。そういう私もこういった舞台背景の作品には、コロッと心が持っていかれます。ただし、そんな風に心をもって行かれるためには、作品の雰囲気感がとても重要です。この描き方が雑だと、そもそも気持ちが入っていけません。

    この作品で、桜井さんは、そんな死後の世界をこんな比喩をもって美しく描かれていきます。

    『「ゲート」の周囲は、柔らかな春の陽ざしのような優しさに包まれていて、暑さも寒さも感じない。息苦しさや、せつなさといった感情さえも忘れそうなくらい、穏やかな時間が流れている』。

    このレビューを読んでくださっているみなさんも、そして私も当然に死後の世界など見たことがありません。しかし、そんな世界を思い浮かべてくださいと言われた場合に浮かび上がる光景は、まさにこの桜井さんが比喩される世界ではないでしょうか?

    『もしも天国があるなら、こんな場所なのかな』。

    そんな風に一編目で主人公を勤める貴が見たという光景はまさしく死後の世界という言葉の先のイメージそのものに感じました。他の箇所でも、

    『白に覆われている世界は、暑さも寒さも感じず、痛みも苦しさもない』。

    と語られるその世界。この作品はそんな世界へと『未練』を抱えたまま赴くことになった人物達が一人一編ずつ描かれていきます。簡単にご紹介しましょう。

    ・〈カップ麺ができる時間〉: 『上手くいかない仕事』の日々の中、結果的に同棲していた恋人に暴言を吐いたまま他界してしまった二十九歳の蓮見貴が主人公。

    ・〈十円玉が落ちる時間〉: 孫の実乃梨に、『おばあちゃんの好きだった人』の写真を見せて欲しいとせがまれ、過去を思い出す七十四歳の戸田和子が主人公。

    ・〈1ラウンドの時間〉: 『良いパンチもあるし、動きも悪くない』のに、本番の試合では勝てないボクサーで二十六歳の飯原勝俊が主人公。

    ・〈仲直りの時間〉: Fにいきなり『あなたに何がわかるっていうのよ!』と息巻く、落雷事故で死んだ十六歳の英梨が主人公。

    主人公たちの年齢や境遇は、上記の通りバラバラです。そんな主人公たちが『ゲート』≒『三途の川』を通ることができずにいるのを、Fが担当し、『交通整理』を行なっていく=『未練』を断ち切っていく、というのが基本的なストーリー展開です。主人公たちは『ゲート』≒『三途の川』を通ることができない、つまり、そこには『強い未練がある』という現実があります。そんな『強い未練』は、それぞれの主人公によって当然に異なりますし、はっきりと自覚する場合とそうではない場合があります。この作品では、そんな人の『未練』というものに絶妙に光を当てていきます。

    私たちが日々を生きる中では、『言い過ぎた』、『こうすれば良かった』といった後悔の念は誰もが持ちうるものだと思います。私も今日一日を、今週一週間を、そしてこの一年を振り返ってもそんな後悔の思いが多々あります。ただ、一方でその多くは時が経って忘れ去っていくものでもあります。そうでないと、人は後悔の念の中で押しつぶされてもしまいかねません。しかし一方で、誰もが何かしら、いつまでもずっと心の中に深い傷として引きずってしまう事ごともあるように思います。その傷が深ければ深いほどに、それは『強い未練』として、この世を後にしても残り続けるのだと思います。死んだはずの人がこの世に登場するという作品は、この点に焦点を当てています。そして、この作品では、『未練を断ち切るために』『自分が戻りたい、やり直したい過去へ、三分間だけ戻れる』という考え方の先に物語が展開し、それを司る『交通整理人』の”お仕事”を見る物語が描かれていました。

    『心の整理に時間が必要だったということ』を、それぞれの主人公達が『未練』を断ち切っていく中に感じていくF。それは、『突然途切れた運命を、少しでも納得できる終わり方にしたい』という『交通整理人』の役割、”お仕事”の納得感を見るものでもありました。奇想天外と言ってしまえばそれまでとは思います。そういうの興味ありません、そんな方もいらっしゃるでしょう。しかし、そんなあなたにも、何かしら今までの人生の中に後悔の念というものがあるのではないでしょうか?それは私も同じことです。そして、そんなあなたも私もまだこの世に生きる存在です。そう、生きているということは、後悔を『未練』としないことができる、後悔を取り戻せることができるのです。この作品を読んで少しそんな前向きな感情が湧き起こるのも感じました。

    死後の世界の『交通整理人』の”お仕事”を描くこの作品。少しボリューム感が薄いこともあって、もう少しこの作品世界に浸らせていただきたかったと若干の物足りなさを感じたものの、『未練を断ち切るため』の三分間という興味深い発想の中に、サクッとファンタジー世界の物語を楽しませていただいた、そんな作品でした。

  • ブク友様のレビューを見て手に取った1冊。
    最後の"仲直りの時間"が泣けた。

    自分の死後、自分が死んだことを受け入れられない、または強い未練があると"ゲート"をくぐることができない。
    自分の死を受け入れられず、交通整理人にされてしまった主人公のF。
    同じようにゲートをくぐれない人達に"戻りたい3分間はないですか"と4人の人を担当する。

    3分間だけ実体に戻れる。
    でも事実が変わるようなことはできない。

    登場する4人それぞれ全然違うテイストでとても良かった。
    もっと読みたかったなあ…良い意味で物足りない。
    もっと読みたい。

    もし、私が明日突然死んでゲートをくぐることが出来なかったら…

    3分間で誰に何を伝えようかな…
    うーん…とりあえずゲートをくぐれないなんてことがないように、日々後悔ないように温かい言葉はどんどん人に伝えていきたいと思う!

    こちらの作品に出会わせてくださったブク友様に感謝\( ´ω` )/

  • 素敵な話だけれど物悲しくて、読み終わった後に少しへこみそうな気になりました。ある種のハッピーエンドと言えなくもない気はしますが、幸せってなんだろうと考えさせられる作品でした。

    なんとなく頭に浮かんだのは、前に盛岡浩之の優しい煉獄を読んだ時も似たような気持ちになったなぁというところでしょうか。

  • もし、今、自分が死を迎えるのなら、どの3分間を選ぶのだろうか。過去をやり直せる、しかし過去は変えられない。自分のための3分になるのだろうか。他人を想っての3分になるのだろうか。

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著者プロフィール

2013年、第19回電撃小説大賞で大賞を受賞した『きじかくしの庭』でデビュー。21年、コミカライズ版『塀の中の美容室』が、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。著書に、『幻想列車 上野駅18番線』『殺した夫が帰ってきました』など多数。本書は、相続を通し、バラバラだった家族が過去の軋轢や葛藤を乗り越える期間限定の家族の物語。

「2022年 『相続人はいっしょに暮らしてください』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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