幸SACHI

著者 :
  • 角川春樹事務所
3.89
  • (14)
  • (35)
  • (22)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 135
感想 : 28
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (399ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758412100

作品紹介・あらすじ

認知症の老婆に潜む秘密とは、その哀しみとは何か?!現在と過去が複雑に絡み合う殺人事件は、やがて「愛」や「家族」や「幸せ」の姿を、二人の刑事たちに突きつけてゆく。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  ミステリの風土というものを考えた場合、時代と土地と、そこに暮らす人々というところの傾向が、物語に命を与えてゆくことがあると思う。そのあたりが書けていないミステリを、ぼくはトリック中心の本格ミステリだと割り切って考えているので、本格というジャンルはぼくは読まない。

     ミステリという広義のジャンルの中でも、背景となる風土をよく描けている作品には、必ず物語の命があるし、人間の気配が息づいている。そういった空気感を描ける作家こそが、本当の意味での小説家であると思うし、そうでない作家は、ストーリーの面白さという一面的な評価を下す以前の問題として、ぼくは排除しようと試みる。

     ぼくが読むためにその作品を手に取り、そして評価し、人に紹介したいと思う作家は、そういう決して低くはないハードルをしっかりと超えて翔ぶことのできる人たち、とぼくの基準が決定する。だからこその味わいを、彼ら良質な作家たちの本に求め、物語の世界をぼくばかりではなく読者という種類の旅人は通過してゆくのだ。様々な思いを捨てたり拾ったりしながら、通過してゆくのだ。

     そのまぎれもない良質な作家の一人が香納諒一であり、この人の作品にはとりわけ初期の頃より触れており、なおかつ縁が深い。

     作家の自信作と見え、出版社を通して本書をプレゼント頂き、心を込めて読ませて頂きました。

     本書の風土としては、まず寂れゆくアーケード街(ぼくは鉄の町室蘭のアーケード撤去工事の風景を個人的に思い出したけど……)と、再開発に絡む政治と土建業界という、まことどこにでも転がっていそうな欲望の街、とも言うべき罪と業の材料が配されている。それらを縦軸とすれば、権力者の住む旧家の一族とこれに関わる弱者たちの複雑極まる関係絵図が横軸となる。

     高齢化して孤独になった老婆の認知症、徘徊といった問題をも含めた、高齢社会の縮図のような街で、それらを火にかけると、こうした火鍋の様相となる。

     それらグツグツと煮え立つ混沌の中に、実に庶民的な刑事コンビが立つ。過去の事情で左遷されたヒラ刑事と、刑事としては異例な妊婦女性のコンビ。妊婦と組まされ苦虫を噛み潰している中年刑事と、気の強い妊婦刑事の氷河のような距離感が、複雑な事件に向き合ううちに雪解けを見てゆくストーリーテリングは、この作者ならではのものであるように思う。そもそもがキャラクター造形が上手い作家なのだが、お腹の大きな妊婦の刑事が、複雑に絡み合う過去の人間模様の知恵の輪を解いてゆくコントラストのようなものが本書の味わい深いところである。

     映画にしたら面白いだろうなあ。上手い俳優を配したいよなあ。そんなことを考えながら、子供にはわからない大人向けミステリの本書を閉じる。「幸」というタイトルに、何層もの意味があるあたりも、読後改めて唸らせられるのだった。

  • 認知症の女性の保護から、どんどん事件が広がっていく展開が、面白い。
    現在と過去、さまざまな事件が、最後まで興味を引く。
    警察組織の中、真摯に悩む主人公たちがいい。
    よき上司と同僚にも恵まれ、その後も読みたくなるメンバー。
    光が見えるラストは、痛快。
    http://koroppy.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-05dd.html

    • honno-遊民さん
      KOROPPYさんのレビューを読むと、いつもその作品を読みたくなってしまう。
      KOROPPYさんのレビューを読むと、いつもその作品を読みたくなってしまう。
      2013/02/21
    • KOROPPYさん
      そういっていただけると、うれしいです^^
      派手さはないのですが、面白い作品でした。
      そういっていただけると、うれしいです^^
      派手さはないのですが、面白い作品でした。
      2013/02/21
  • 所轄、海坂署に誕生した、少々風変わりなコンビ。



    中年刑事、寺沢の新しい相棒となったのは、

    本店捜一から異動してきた一ノ瀬明子。

    彼女は、シングルマザーにならんとする

    妊娠八か月の妊婦だった。



    これまでにない刑事コンビの誕生に、

    期待感が膨らむ。



    妊婦である女刑事とのコンビで、

    何か、とんでもない犯人追跡が

    見られるのかと思ったが、

    謎を解き明かし、

    コツコツと真実を追求していく姿は、

    これまでの警察モノとそれほど

    違いはなかった。



    だが、そんなことはどうでもよくなるほど、

    徐々に二人の息があってくる。



    寺沢にも、一ノ瀬にも、

    警察組織との軋轢という同じような過去があった。



    刑事であることにこだわり、

    どんな状況でも刑事であろうとする寺沢と、

    寺沢の想いをくみ取ろうとする一ノ瀬。



    妊婦であろうとなかろうと、

    最強のコンビになることは間違いない。



    寺沢と一ノ瀬は、認知症の老婆を保護する。

    彼女がいたのは、開発計画で解体工事が決まっている

    店の勝手口だった。



    さらに、解体中の別の店舗跡地から白骨遺体がみつかる。

    その遺体は、三十年以上が経過しているという。



    その店舗では、二十年前ごろから七年間住んでいた女が

    三年前、昔の夫を殺害して捕まり、殺人犯として

    服役していた。



    そして、保護された老婆には虐待されている可能性があった。



    バラバラな謎が少しずつ、少しずつ、集束していく。

  • 銃で打たれた後遺症を持つはぐれ刑事、妊婦の相棒と異質なコンビの刑事物。
    徘徊の痴呆老人を保護、貸店舗の床下から発見された白骨化死体などの事件から大きな事件へと繋がって行く。
    話が階段的に一つづつ進んで行くので、展開に派手さは無く、スロースタート気味だが、じわじわと物語にのめり込んで行く。

  • 他のどの本だったかのレビューで、作者さんの女性の描き方が合わないので今後この作者さんは読まない、というのがあった。私はその作品では特に感じなかったのでそうかと思っただけだったんだけど、ふむ。ちょっとモヤった。重要人物二人の関係もなんか唐突。ついでに幸って作品名もさ....w

  • 主人公寺沢刑事は県警時代、冤罪事件を生み
    真犯人を挙げはしたももの上層部の命令に
    背いたことにより所轄への島流し。


    寺沢の新しい相棒は臨月間近のシングルマザー
    一之瀬明子、彼女も同僚の罪を告発したため移動となってしまった


    昔気質の寺沢が上司に女性の相棒は勘弁して欲しいと
    おきまりの泣き言が入りますが
    次第にお互いを相棒と認めていく所は気持ちがよかったです。


    事件は認知症の老婆を保護したところすぐそばで
    白骨死体が掘り出されます。白骨死体が埋められていた
    場所に住んでいたのは、元夫を殺害した罪で服役している
    女性、夏穂


    しかし白骨死体は20年〜30年経過しており
    その頃の夏穂はまだ小学生
    シングルマザーだった母親はとうに亡くなっている為
    寺沢達は当時の母親、幸枝と父親について
    夏穂が収容されている刑務所に出向きますが
    夏穂は無実を訴え何かを隠している素振りを見せる


    白骨死体の身元を捜査する中
    認知症の老婆が遺体で発見され老婆と白骨死体の
    関わりを疑い老婆の人間関係をたどって
    過去へ過去へと遡っていきます。


    一人の人間が生きた証は必ずどこかで誰かと繋がる
    紐解いていくと不運な巡り合わせだと思われて
    いた事が必然へと変わってくる
    時を経て複雑な人間関係は増悪をも
    複雑にして残酷にしていた。


    老婆が生きた証は一人の女性の運命を変え
    家族に歪んだ感情を育て
    そして警察が秘密にしてきた事が解かれていく
    その過程はとても読み応えがありました。


    警察という組織の中で悩む二人それでも刑事を続けていく
    子供を持てなかった寺沢とこれから母親に
    なろうとしている一之瀬の距離感が殺伐とした
    事件の中で穏やかな空気をもたらしてくれます。
    また二人の上司の山巴の存在感がよかった




    またこのコンビでの作品が読みたいなっ。

  • 力作。認知症を患った老婆の徘徊から物語は始まるが、この老婆の人生にスポットを当てると結構救いのない話だ。二人の刑事は味があるし、ハッピーエンドに終わるのも、この刑事たちがしぶとく地道に謎を紐解いたから。でも刑事以外の登場人物はいずれも憐れな末路で十分楽しめる作品だけど、なんか物悲しい感じ。

  • 10月-5。4.0点。
    取り壊される商店街で保護された、認知症の老婆。
    実は政治家・建設会社社長の母親。
    保護された店から、白骨死体が。
    複雑な過去、人間関係が明らかになっていく。
    軋轢の過去を持つ中年刑事と、妊娠した女性刑事がコンビ。
    結構面白かった。読み応え有り。ラストも良い。

  • シングルマザーな妊婦パートナーはまあいいとしても、四十年前の事件、冤罪、公安などなど話を広げたわりにはラストがしょぼすぎるのがどうもなあと。

    あでも小説自体はしっかりとしていてリーダビリティ自体は悪くなかったです。

  • 所轄刑事物。組織からはみ出しても刑事でしかいられない刑事像を描く。事件の展開が芋づる式過ぎるなとちょっと引いて読んだけど、後半の展開は鮮やかで見事だった。妊婦の相棒ってパッとしないなと思いつつ読んだけどラストは良かった。結局新しい命に希望を貰ったよね。

全28件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1963年、横浜市出身。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。91年「ハミングで二番まで」で第13回小説推理新人賞を受賞。翌年『時よ夜の海に瞑れ』(祥伝社)で長篇デビュー。99年『幻の女』(角川書店)で第52回日本推理作家協会賞を受賞。主にハードボイルド、ミステリー、警察小説のジャンルで旺盛な執筆活動をおこない、その実力を高く評価される。

「2023年 『孤独なき地 K・S・P 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

香納諒一の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×