- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784758412841
感想・レビュー・書評
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特別でなく、なじみの食べ物がとても美味しそうに描かれていました。紙カツ、海苔巻き、きつねうどん、コーヒー牛乳、世界一旨いホットドック、昔ながらのオムライスとか。毎日同じことをし続けることに安心する、ということではないだろうか、食べ物にも。思い入れ、こだわりがなくても、この味だから毎日食べられる、というのがいい。食べ物、日常、人生へと繋がっている気がした。懐かしさと美味しい話。
シンプルで温かくて切ない「さくらと海苔巻き」は泣けた。ぼんやり読んでいると置いてゆかれそうな章もあった(流れがそういってそこへいって気づきに辿り着いたり、ちくんとズキンときたり、個性にとんで奥が深かった)。連続して読むと頭を切り替えるのが少しなんぎ。マリオ・コーヒー年代記、毛玉姫、十時軒のアリス、良かった。台所ではラジオ派なのでこの雰囲気は好き。ラジオからの問いに、私なら、まだ答えは出ない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
台所にラジオが置かれている世界、の短編集。
ひとつひとつが素敵な短編なので個別に感想を…
①紙カツと黒ソース
恋は甘酸っぱいウスター・ソースの味、なんて。
夏美の行きつけ<丸山レストラン>の店主と常連のソース工場社長の仲違いから、にんまりするエンディングが待っているとは意外でした。
定職につかず「悲しみをしまい込む箱」を作る彼氏なんて、という思考は余計。
②目薬と棒パン
フランス・パンを棒パンと呼び、バターをバタという「かれ」に、「きみは私の相棒にふさわしい」と密談を持ちかけられ、<抜き打ち検査官>をしている「ぼく」。
この作品に限ったことではないけど、日常の風景でも視点や表現を変えると秘密めいてわくわくしてくる。吉田篤弘さんならではというかんじ。
③さくらと海苔巻き
恋人に先立たれた三十六歳の多江の再出発。
寂しさはあるけど前向き、じめじめしてない。
④油揚げと架空旅行
元教員の野口から中島君に宛てた手紙。
<木曜薬局>とか、ネーミングセンスがありすぎる。
ガングリオンを検索したら実在していた。愉快。
⑤明日、世界が終わるとしたら
「明日から無人島へ行くことになったら、今夜、何を食べるか」
ラジオから聞こえた話題に、自分なら何を挙げるだろうと考える美々のもとに幼馴染みの直人から電話がかかってくる。
①といい、こういうテイストの話も書くんだなぁと、読んでるこっちも身構えていないから不意打ちでにやにやしてしまう。
⑥マリオ・コーヒー年代記
「世界の真ん中でコーヒーをつくるひと」マリオ(仮)と、「僕」の一人称の変化および人生の年代記。
⑦毛玉姫
近頃の冷蔵庫には<予測機能>がついているんですね。「たまには、お料理をしてみませんか」とか「今日もお昼ごはんは海老ピラフですか」とかしゃべるんですね。
冷蔵庫と恋におちるのかと思ったら違った。
⑧夜間押ボタン式信号機
SF?都市伝説?Gはゴキブリのことではない。
⑨<十時軒>のアリス
むかし通ったあの店はいま、というやつ。①と⑤もそう。
学生時代の財布のなかから<十時軒>の名刺大のカードを見つけた美也子は、三十年ぶりに行ってみることにする。お店はまだ営業しているのか。
⑩いつか、宙返りするまで
子どもの頃の劣等感を克服すべく<トランポリン倶楽部>に通う登戸と、「亀は時間なんです」というアズキ。
関係ないけどエンデの『モモ』に出てくる亀のカシオペイアを思い出した。
⑪シュロの休息
物語の中の探偵の悲哀、みたいな。
⑫最終回の彼女
ドラマで演じたパン焼き職人が抜けきらず女優を辞めてパン屋になった美咲と、美咲のために<女優洗浄機>の製作をしている僕。
なんでもそろっているバイキングに、ほんとうに食べたいものはない。 -
短編集。食べることは暮らすことの一部だからか、なんてことのない話もあれば、ちょっと変わった話もある。
どれもがゆったりと心地よくて、特に「油揚げと架空旅行」は楽しげな感じがしてよかった。
でも食べ物なら「紙カツと黒ソース」がいちばん食べてみたい。「さくらと海苔巻き」も捨てがたい。 -
少し寒い遅い朝、暖かな布団の中でヌクヌクと色んな物語を思い浮かべる。そんな風に生まれた小さな話が所々でつながって、すべてに共通するのは台所に置かれたラジオから流れる柔らく優しい女性の声。そして紙カツ、ハンバーグ、油揚げ、海苔巻き、高級では無いけれど美味しい料理たち。
いかにも吉田さんらしい物語です。
ちなみに最後の料理は冷えた白米にお茶を注いだお茶漬けでした。 -
“台所にラジオがある風景”をテーマにした、12の物語。
どの話も、浮世離れしているけれど、どこか懐かしくて疲れた身体と心に染み込んでくるような心地よさがありますね。
一つ一つは独立した短編ではあるのですが、ちょいちょい別の話とリンクしている部分もあって、その辺のつながりも楽しめます。
リンクといえば、「シュロの休息」に登場した名探偵のシュロって、『おやすみ、東京』に登場した彼ですかね・・?なんて具合に吉田ワールドを堪能する私です。
出てくる食べ物も、紙カツ、オムライス、ソース焼きそば、海苔巻き、ビフテキ、そして“女は黙ってハンバーグ(名言ww)”等々・・。といった、庶民的だけど妙に心の琴線に触れるような“レトロ美味い”チョイスなのもそそられます。
台所に置いてあるラジオから流れてくる声に、耳を傾けたり傾けなかったりといった、懐かしく日常的な情景と、不思議な雰囲気が混ざり合った独特の世界を味わえる一冊かと思います。
個人的には「マリオ・コーヒー年代記」「最終回の彼女」がお気に入りでした。 -
秀逸な短編集。それぞれの話が少しづつリンクしている。
「マリオ・コーヒー年代記」が一番よかった。
マリオとの出会い、お互い少年から大人になり取り巻く環境が変わりながらも、「僕」はマリオのつくるコーヒーが好きで、ずっと店に通い続けている。
その不変性と信頼関係が微笑ましい。
どの話に出てくる食べ物もみずみずしくて、魅力的。
心が穏やかになれる作品ばかりです。 -
「明日、無人島に行くことになったら、今夜、何を食べるか」
たまたまラジオから聴こえてきたその質問に思いを巡らせていた美々の携帯が鳴った。
相手は幼馴染みの直人くんで、突然東京駅に呼び出されるが......(「明日、世界が終わるとしたら」より」)。
ラジオと食べ物を巡る12の物語を収めた短編集。
2016年6月11日読了。
割と、読書に関してはせっかちな方だと思う。
だけど。吉田さんの本を読むときは、ゆっくり読みたくなってしまうのが不思議。
今回も12の物語をゆっくりゆっくり、味わうように読んでいました。
私の中での位置づけは大人の童話。読んでいるうちに、忘れかけていたものを思い出させてくれるような、そんな不思議な気分になるのです。 -
短編が12編、何気なく並べてあるようで、台所のラジオから流れる夕方の番組で繋がっているようないないような…でも、食べ物が何だか美味しそう。ただの棒パンとか、お茶漬けすらも、食べている人が美味しい時間を過ごしているのを感じます。