火星ダ-ク・バラ-ド (ハルキ文庫 う 5-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所
3.80
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本棚登録 : 415
感想 : 50
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  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758433723

作品紹介・あらすじ

火星治安管理局の水島は、バディの神月璃奈とともに、凶悪犯ジョエル・タニを列車で護送中、奇妙な現象に巻き込まれ、意識を失った。その間にジョエルは逃亡、璃奈は射殺されていた。捜査当局にバディ殺害の疑いをかけられた水島は、個人捜査を開始するが、その矢先、アデリーンという名の少女と出会う。未来に生きる人間の愛と苦悩と切なさを描き切った、サスペンスフルな傑作長篇。第四回小松左京賞受賞作、大幅改稿して、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  •  第四回小松左京賞受賞作で、上田早夕里さんのデビュー作。火星治安管理局の捜査官水島は同僚の神月璃奈とともに凶悪殺人犯を護送中に襲撃を受ける。水島は意識を失い犯人の逃亡をゆるし、さらに神月は殺されてしまう。個人的に捜査を開始した水島は、特殊な能力を持つアデリーンという美少女と出会うが…

     読んだのは文庫版の方で、先に出版されたハードカバー版から「大幅」に加筆・修正されている。作者の上田さんは、作品を文庫化する際に加筆・修正することが多い作家さんだ。しかしながら、今作では主人公の設定を変更し、最後に章を加え、結末までを変更している。作者があとがきで書いているように、「もうひとつの<ダーク・バラード>」である。

     ハードカバー版と比べると、こちらの方がハードボイル感が増していて好きだな。

  • 上田早夕里さんの本が読んでみたいと思い、koboで探してたらこれだけ無かったので、紙本しかないんかなーと思って購入。Kindleにはあるんやね。

    冒頭からずっと緊迫感のあるシーンが続き、没入感があった。
    主人公・水島はじめ各キャラクターの内面描写が見事で、ヒロインのアデリーン、悪玉のグレアム、恋敵から協力者へ立場が変わっていくユ・ギヒョンなど、脇役にいたるまで人物造型が良かった。
    璃奈好きだったな……最初のほうに死ぬ役回りだったのが残念だ。
    ご都合主義的なハッピーエンドには至らず、ほんのりビターな幕切れを迎えたのも好みだった。

    極秘研究をしているのにアデリーンにさらっとカルテを盗まれるセキュリティの甘さは、まあ二十年前の作品だから目をつぶるとして、モーツァルトをバロックの作曲家と書いてしまうあたりに少しひっかかった。まあ、幼少期はバロック期と言ってもギリ許されるかもしれない、モーツァルトは神童だから……
    タイトルにもなっている火星ならではの音楽ダーク・バラードがさほど効いてこなかったのがもったいない。

    文章は直喩過多な印象を受けたが、全体的には無駄がなくきびきびとしていて好みだった。
    また他の作品も読んでみたいところ。

  • 正確に書くと星3.7。
    ミステリーというよりはSF作品。
    未来の設定も細かくて世界観がちゃんとしてる。
    そんなにすぐ恋に落ちる?ってところだけ疑問。

  • S.キング原作の『キャリー』という映画を思い出した。

    くらべることは双方に失礼かもしれないけど、特殊能力を持った少女の「怒り」による爆発的暴力は、本当は一番本人が悲しいことなんだ。

    「普通であること」に縛られ、守られている者にとって、「普通ではない」者を恐れ、避け、忌み嫌うことで「普通」概念の共通意識を高め、安心する。

    この物語では、人類を火星からさらに過酷な宇宙環境に適応できるよう「進化」させる試みが、密かになされることから始まる。
    科学者たちは遺伝子操作を行うことで、「普通ではない」能力を身につけた子供たちを作り出してしまった。
    この子供たちを「希望」と考えるのは、つくりだした人たちのみ。
    そしてある日、ひとりの少女のその能力が思いがけない「事件」を引き起こす。

    冒頭にあった『キャリー』とは、「意図せず持った特殊能力と、少女の怒り」が共通するくらいで、あとは根本的に違う。
    舞台は「火星」で「遺伝子操作」が引き起こす物語ではあるも、本質は「警察小説」であり「ハードボイルド」であり、しかも展開が早いので、SF特有の技術用語の「咀嚼」が気になって留まるようなことはない。

    作中に「生物は進化するのではなく、ただ順応しているだけ」とある。
    「進化」とするとより良いイメージだが「順応」と考えると前後に優劣はない。

    いったい人類は太古の時代からどれだけ「進化」しているのか……今、謙虚になるときが来たかもしれない。

  • 火星ダークバラード
    著者のデビュー作だそうな。

    テラフォームという惑星全体を地球化するのではなく、部分的に蓋をして地球環境を作り出した火星上での上田版レオン+AKIRA。アニメにしたら面白そうです。

  • どこかのレビューに「女性版AKIRA」とあったが、確かに似ている部分もある。入植が進んだ火星を舞台に、「能力」を人為的に付加され開発された女の子と、相棒を殺された警察官が協力して巨大な陰謀に挑む・・・みたいな。

  • 「魚舟・獣舟」を読んだら、今度はこっちを読みたくなって(笑)
    こうやって再読ループに陥ってしまうのね…

    女ばかり狙う殺人鬼ジョエル・タニに肩入れしてしまうのは、
    やっぱり「小鳥の墓」で少年時代を読んでいるからでしょうか、、、
    なんだかなぁ…ジョエルって不幸すぎて切ないんだよね。

    そして頑張るオッサン刑事・水島と、超能力を持つ少女アデリーン。
    単行本版では随分と二人の関係が違うようなので、
    機会があればそちらも読んでみたいです。

  • 第4回小松左京賞を受賞した、作者のデビュー作である。未来の火星を舞台に、人間の愛憎を描く力作SFだ。文庫化に際し大幅な改稿が施されている。

     未来。人類は火星に進出し、「パラテラフォーミング」により都市を建設、多くの人間が移住していた。といっても気温も気圧も地球より低い火星では、都市は巨大な天蓋に覆われ、環境がコントロールされている。つまり都市といってもそれは巨大な温室のようなものなのだ。
     火星の治安管理局に勤める刑事の水島は、壮絶な死闘の末に逮捕した殺人犯ジョエル・タニの護送中に謎の現象に遭遇。バディである神月璃奈を亡くした上ジョエルにも逃げられてしまう。
     当局に璃奈の殺人容疑をかけられた水島は、個人的に事件の捜査を始めるが、その過程でアデリーンという少女に出会う。やがてその少女が人類を揺るがすある重大な秘密を持っている事に水島は気付いていく…。
     天蓋に覆われた世界で、二人の孤独な逃亡者が未来を求めて疾走する物語。

     ハードボイルドの感触で描かれるSFサスペンスである。アデリーンはその出自に驚くべき陰謀が関わっており、水島は彼女をそのあまりにも重い運命から逃そうとたった一人で権力に立ち向かい、追われる身となる。
     15歳のアデリーンは研究所で育ったため世間知らずで無鉄砲なところがあり、40前のオジサンである水島に男としての魅力を感じるが、ストイックな水島はそれを子供にありがちな一時の気の迷いとして相手にしない。
     冴えない中年男と若々しい少女という配置は実に鮮やかな対比を見せる。かたや残された未来の少ない男。かたや無限の未来が広がる少女。ここらへんはジャン・レノの出世作である映画『レオン』を彷彿とさせる。
     そう、水島はそんなアデリーンの未来のために自分を犠牲にする決意をするのだ。しかし、そんな水島に想いを寄せるアデリーンの心は大きく揺れ動く。

     不毛な火星の地と、冷たく暗い宇宙空間をバックに、美しく静かな「ダーク・バラード」が奏でられていく。
     それはどう転んでも暗い未来しか待っていない男と、そんな男を愛してしまった少女の運命を暗示するような「ダーク・ストーリー」でもある。
     遥か科学技術が高度に発達した未来においても、人間の愛情や悲しみは変わる事はない。遠く宇宙に進出し地球の重力から逃れた人類。それは認識の大きな変容を人類にもたらしたはずだが、それでも人が人を想う心は変わらない。変わらないからこそ、そこにはドラマが生まれ、それは誰もが避けようと思っているのにも関わらず悲劇的な結末へ転がって行ってしまう事もある。
     「私が欲しいのは、どんな未来が訪れても、誰もが自分の選びたい生き方を選ぶことのできる社会だ!」
     単純に一人の少女の未来を守ってやりたいという水島の想いの根底には、自らの過去や失ってしまった璃奈への動かしがたい感情があるのだろう。

     火星といえばSFの定石だが、本作ではこの舞台が実に効果的に使われている。地球から遠く離れ、それでも地球の束縛から逃れることを許されない星。もはや地球が故郷ではない人類も多く、そこには地球への郷愁などなく、なんとなく上から目線でうざったい星だな、くらいの捉えられ方である。
     パラテラフォーミングをはじめとして、軌道エレベータやリニアモーターカーなど、魅力的なガジェットが多数登場し、しかもそれらが物語に密接に関わっている。
     科学技術が発達するのに伴って多くのものが闇へと葬られてきた。それらの犠牲の上に築きあげられた巨大な科学の楼閣こそが火星それ自体なのかも知れない。

     人が生きるから人と関わらなくてはいけない。だから苦悩や苦痛が生まれる。だから人間というのは愛しいのである。
     主人公の周囲には様々な人物が関わってくるが、みんな敵とか味方とかに簡単に区別できない人物ばかりである。そしてそれらの登場人物たちが皆自分の大切なものを守るために闘っているのだ。作中で「悪役」を割り当てられているある狂信的な人物についても、ある明確な目標のために目的を達しようとしており、それが人類にとって善であるのか悪であるのかなど誰にも判断できない。

     作者は女性であるが、非常に骨太で読後感の重いSF小説だ。ラスト、水島は勝利したのか、それとも…。
     実にハリウッド的なアクション満載の物語であるが、そこらへんの監督が映画化しようとしても恐らく主人公らの繊細な心の動きは描けまい。
     それだけ、重厚な中にもナイーヴさを秘めたハードボイルドなのである。そして上田早夕里は、そんなカッコいいSFが描ける貴重な書き手なのだ。

  • 単行本とはかなり違った(基本的には大差ないが)エンディングで、同じ本を二度楽しめたという気分。
    単行本に比べてペシミスティックになったしこちらの方が作者の思いに近いのであろうと思う。しかし、書き込みのくどさが目立つ。言わずもがなを文字にされるのもある意味苦痛。詳細に書き込まずとも読者はその展開を暗示から読みとれるものである。初期の甘酸っぱい若々しさにも捨てがたいものがある。

  • 上田早夕里のデビュー作ということで読んでみた。

    手に取ってみると「分厚い・・」という感想だったが、中だるみすることなく読み切ることができた。特に終盤は息をつかせぬ緊迫感で、興奮の中一気に読み終えた。
    これまで読んだオーシャンクロニクルシリーズ絡みの短編集で著者の感覚の鋭さは体感済みだが、デビュー作でもその感覚はしっかりと感じることができた。
    文章や登場人物の心情の部分は(後年の作品と比較すると)荒削りだと感じるが、SFとしての設定は最初の作品であっても考え込まれていてすばらしい。

    火星のテラフォーミングに関しては、私が思い描くような旧来の方法は時間がかかりすぎて現実的では無いと切り捨て、火星に特有の深い峡谷に"蓋をする"やり方で早期の移住を可能にしているアイディアは秀逸だ。それでいて、時間はかかるが惑星全域を利用可能にできる旧来型のテラフォーミングも併せて行っているようであるというのももっともらしい。
    現代から断絶した理想・空想論ではなく、現代科学技術・経済からの積み上げで未来を描く彼女の手法は非常にリアリスティックなSFといえる。

    最終盤の伏線ともなる『軌道エレベータとその側を通るフォボスの観光利用』という設定も、"現在から地続きの未来"にいかにもあり得そうな発想だと感心した。
    このフォボスについての部分は設定だけではなく文章も上手く、近未来火星の世界観を表すフレーバーのようにサラリと、しかし印象に残るような描写がなされている。
    この設定部分への導入も自然で、その後は本文中で触れることもなかったのでただの背景だと思って読み進めていたのだが、物語の大詰めでコレが急激に意味を持ってくる場面では「背景だと思っていた絵が舞台装置であったのか!」と気付いた時のような鳥肌(驚き)と新鮮な面白さを感じた。

    著者の後続の作品でも見られる、感情移入をしている主要人物の唐突で救いの少ない死は今作でもすでに現れている。
    神月璃奈は、強いヒロイン・相棒として思い入れが生じそうな瞬間を狙ったように強制的に退場し、以降は徐々に役割をフェードアウトしながら物語に影響を与え続ける。親友シャーミアンもアデリーン(= 主人公サイド、読者)の目に触れない部分で急激に死んだも同然の状態とされながら、それでも要所要所でアデリーンの枷となり苛む。
    この著者の作品は主要な人物ですら不意に死ぬので、主人公達ですら最後(あるいは片方は途中で)には死ぬのでは無いかとハラハラさせられる。

    登場人物達と同じように物語自体もハッピーエンドでは終わらない。
    一応の解決、少なくともバッドエンドではないが、主人公サイドの人物達は重い物を背負い、暗い雰囲気も多分に残しながらそれでも大小の光が見える形で幕が下りる。
    敵方のグレアムもただの悪人ではなく、否定しがたい正義(大義?)を心に持ち、薄情ながらも愛情も持っている。最終盤では悪党としての影がやや薄くなりながらも最後まで役割をこなし、エピローグまで己の立場をブレずに貫いている。
    後書きや解説によるとエピローグの部分が大きく加筆され、内容や設定も改編されているとのことだが、
    水島の年齢を引き上げ、別れ(飛び立つ若者と囚われ続ける老人?)を強調することで物語以降のアデリーンとの恋愛の可能性を完全に排除したのだろうか。そうだとするならば良い改編だと思う。
    水島の心理は共感できないものもあるが、おっさんになっていく者の悲哀が良く描けている感じがして、この作品だけ読むと「作者は本当に女なのか?」と思ってしまう。
    解説にもあるが、"ハードボイルド"な主人公なので、甘い恋愛のエンドは似合わない。

    解説も愛を感じる内容で良かった。内容もよくわかっているし、文庫版のみを読んでいる読者向けに(後書きでは内容がよくわからない)改変した部分を上手くフォローしていたと思う。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、デビュー。11年『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞。18年『破滅の王』で第159回直木賞の候補となる。SF以外のジャンルも執筆し、幅広い創作活動を行っている。『魚舟・獣舟』『リリエンタールの末裔』『深紅の碑文』『薫香のカナピウム』『夢みる葦笛』『ヘーゼルの密書』『播磨国妖綺譚』など著書多数。

「2022年 『リラと戦禍の風』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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