堕落論 (280円文庫)

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  • 角川春樹事務所
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レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758435451

感想・レビュー・書評

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  • 書かれた時期を考えると、なるほどなと思う。率直に戦後の焼け野原からどう立ち直るかリセットを含めた、もういっぺん一からって感じを色濃く感じさせる。ありきではなく率直というのが印象で坂口安吾を気取るのと坂口安吾では大きく違うと思う。その率直な書きぶりは内容というより姿勢や書きっぷりが印象的で阿修羅と真剣でやり取りしたような読後感だった。率直なのでいろんな角度から斬られたような。読んだ後はこころに生傷がたくさんといった感じ。元気じゃない時に読むのはオススメしないかも。インパクトはあったかな。

  • 2017.8.1
    堕落論、続堕落論だけつまみ読み。
    我々は意味や価値を求める。故にそれが何かを見つめ、それを作り出す。道徳や制度。しかしそれを見出すということは同時に基準を作るということで、基準を作るということは同時にそれを満たさないものや自分を悪とするということである。そうして、武士道道徳や天王星によって、現実を見えなくし、嘘をついて、そうして善を求めた。しかしそういう善は、薄っぺらいものである。
    堕落せよ、というのは、こういう人間の弱さを、人間と人間がともに生きることの困難を、ごまかさず、直視せよということである。安易な理想は簡単にへし折れる。へし折れた人間はもうこの世に価値はないというニヒリズムに走るか、もしくは直視しようとせず、信じれば救われるというような臭い宗教者にでもなるのか。私もそうだった。すがっていた。これで正しいんだ、今は間違っていても、これでいいんだと、自らの価値にすがっていた。そういうものは確実に挫折するし、そういうものは人を救わない。目を背けてはいけない。我々は、人間は、そんなに綺麗なものでもないし、そんなに美しいものでもないのだ。
    しかしだからこそ我々は、美しいものを求めるのである。堕落はなんのためか。幸せな生、美しい生のためである。生きよ墜ちよとはニヒリズム宣言ではない。それはニヒリズムを超えるための、いわばデカルトやフッサールがやったような、方法的虚無主義である。堕落することで、現実を、人間の弱さを、あえて徹底的に直視することで、そこから、それを乗り越えるものを見出そうとする。自らを狭い真善美の型にはめてはならない。
    が、しかし。堕落にも色々ある。その堕落の原因はなんだろうかと考えると自らの被害妄想だったりすることもある。どうやら堕ちるにも、良い堕ち方と、そうでないものがあるような気がする。と同時に、私はやはり嘘つきの卑怯者なので、欲しいものを欲しいと言い、嫌なことを嫌というのは、まだできない。しかしこのできないもまた人間の弱さで、人間の堕落の一つであるように思える。道徳を作ることもまた自らへのごまかしという意味では一つの堕落である。どう考えると、堕落とはなんだろうかという話になる。やはり、ただただ自らに問う他はないのではないか。ただ、堕落もまた一つの快楽だと思うので、妄想的な、世界はクソだ、私は生きるに値しない、という、ルサンチマン的な絶望はもうやめにしたいとは思っている。そうではないのだ。堕落は常に現実の関係からやってくる。
    私とは関係であるならば、生きよとは、この世界、他者との関係の中で自らを問え、ということであり、その上で墜ちよとは、その関係の善を成せない自らの悪を問え、ということである。ルサンチマンは現実的関係ではなく妄想的関係から来るものである。どのような関係から、堕落を考えるか、ここに堕ち方の良し悪しがあるように思う。

  • まったく。恐ろしいことをさらりと。

  • 当時ではなかなか口に出せないようなことを思いきって痛快に書いたエッセイ。

  • 読んでみるまでは理解できない書物だと思っていた。解説の音楽という表現にうなずける。ですがね安吾さん、堕落してそこに光るものは、それはちょっと悲しいものだよ。私は変化を好みたくないから、所詮は荒唐無稽な人生を送るかな。これは戦火を潜ってないから言えるのかい?

  • 「人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間が永遠に自由ではありえない。なぜなら、人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。」
    「落ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかないものである。」

  • 【戦後の日本からに人間とは何かを見つけ出す】
    処女、忠義という日本人が大好きな『美しさ(純粋さ)』。そんなものは人間的でないというのが著者の主張。

    もし忠義なんてものがあったならば、戦時中に天皇を本当に崇高していたならば、米国に負けたとわかった時に自害したはずだ。しかし、軍の中枢の人は誰ひとりとしてそんなことしていない。それはつまり、天皇なんていうものはお飾りでしか無く、自分の権力を他人に見せつけ、自分を守るためだけのものなのである。

    人間というものを戦後という社会背景から上手く捉え、考察していると思う。非常に面白く、関心させられる一冊。

  • 「堕落論」「続堕落論」「青春論」「恋愛論」の4篇のエッセイを収める。

    【堕落論・続堕落論について】
    著者が「堕落せよ」と言うとき、それは「自由に人間らしく生きよ、突き進め」と言うに等しい。
    社会のパラダイムが一夜のうちに様変わりした終戦直後の青年には、この甘言は興奮をもって歓迎されたことだろうと想像する。
    が、いかにも隔世の感ありという感じで、自由一辺倒に突き進んできた末の世代に生まれた俺には「自由!人性!淪落!」などと言われてもあまり響くものがなかった。
    もっとも、戦後日本人が著者の言う意味での「自由」を全うしたかと言えばそうではない(どちらかと言えば「自由」の意味をよくよく考えもせずにワガママに振る舞ってきただけだ)し、日本人の性格からしてそれができないであろうことは著者の予想していたところだった。

    【青春論について】
    宮本武蔵について語った部分が面白い。武蔵の魅力は命を懸けた試合をしていた時期にあり、試合をしなくなった時点で武蔵の負けと言い、ジジイになってから訳知り顔で書いた『五輪書』をこき下ろす。痛快。


    【恋愛論について】
    40過ぎの作家が書く恋愛論がこんなもんかよ、ってのが正直な感想。
    独身者をさげすむつもりは毛頭無いんだけど、結婚をしたこともない人間が「永遠の愛なんて無い」などと言っても説得力はゼロである。
    「自分が見たことないものは存在するはずがない」という詭弁と変わるところが無い。

    著者の主張には同意しかねる部分も多かったが、読み物としての面白さはピカイチだった。

  • 世の中はキレイごとばかりでは進歩しないし、人は幸せになれない。
    楽ができることは楽をすればOK!
    それを「堕落」というのであれば、みんな堕落しちゃえばいいよ。

    自由の強要は、なんて苦痛なんだろう。
    生みの苦しみに比べたら模倣のたいくつさなんて何でもない!

    ……ってことみたい。
    すっごく共感!

  • とことん堕落せよ。綺麗に生きようとすること、無理して生きようとすること、そんなことに意味はない。自分の人生まずは、お金や周りに振り回されず自分の好きなように生きよ。ということなのだと思った。

著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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