小川未明童話集 (ハルキ文庫 お 16-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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感想 : 16
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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784758437233

作品紹介・あらすじ

子をなくして悲しむ親アザラシとそれを見ていた月の交流を綴った「月とあざらし」。仲よく暮らしていたふたりが、敵味方に分かれて戦うことになった「野ばら」。人間のやさしさを信じた人魚が人間界に産み落とした赤ん坊の運命を描いた「赤いろうそくと人魚」など、全二十三篇を収録。美しくて怖い、優しくて悲しい、心揺さぶる珠玉のアンソロジー。

感想・レビュー・書評

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  • 小川未明童話集を紐解いてみた。ふと目次を見た時にとても懐かしい題名を見つけて「もしかしたら」と思ったのである。それは「眠い町」という話である。

    果たして、あの懐かしい話だった。実に(多分)40数年ぶりの再会である。私が幼稚園に通っていたころ、両親は共働きをしていた。かまってあげられないのを不憫に思ったのか、母親は私たち兄弟に月一冊ごと届く絵本シリーズを買い与えていた。そのおかげで私は本が好きになったのだろうと確信しているのであるが、なぜか内容を覚えている絵本は二冊しかない。そのうちの一冊がこの「眠い町」なのだが、何時の間にかボロボロになって無くなっていたのである。作者などは興味がないので、覚えているはずがない。

    そのあとに読んだどの童話とも違う不思議な話なのである。だから、覚えていたのだろう。

    こんな話だった。

    ある日少年は訪れるとどうしても眠ってしまうという町に入り1人の老人に出会う。老人から頼まれて、かけるとすべての物や者が錆びたり眠ってしまう一袋の砂を持って少年は世界を旅する。

    というものです。老人が云うのには

    「私はおまえに頼みがある。じつは私がこの眠い町を建てたのだ。私はこの町の主である。けれど、おまえも見るように、私はもうだいぶ年を取っている。それで、おまえに頼みがあるのだが、ひとつ私の頼みを聞いてくれぬか。」
    と、そのじいさんは、この少年に話しかけました。
     ケーは、こういってじいさんから頼まれれば、男子として聞いてやらぬわけにはゆきません。
    「僕の力でできることなら、なんでもしてあげよう。」
     ケーは、このじいさんに誓いました。じいさんは、この少年の言葉を聞いて、ひじょうに喜びました。
    「やっと私は安心した。そんならおまえに話すとしよう。私は、この世界に昔から住んでいた人間である。けれど、どこからか新しい人間がやってきて、私の領土をみんな奪ってしまった。そして私の持っていた土地の上に鉄道を敷いたり汽船を走らせたり、電信をかけたりしている。こうしてゆくと、いつかこの地球の上は、一本の木も一つの花も見られなくなってしまうだろう。私は昔から美しいこの山や、森林や、花の咲く野原を愛する。いまの人間はすこしの休息もなく、疲れということも感じなかったら、またたくまにこの地球の上は砂漠となってしまうのだ。私は疲労の砂漠から、袋にその疲労の砂を持ってきた。私は背中にその袋をしょっている。この砂をすこしばかり、どんなものの上にでも振りかけたなら、そのものは、すぐに腐れ、さび、もしくは疲れてしまう。で、おまえにこの袋の中の砂を分けてやるから、これからこの世界を歩くところは、どこにでもすこしずつ、この砂をまいていってくれい。」

    今回読んでみて、実はこのじいさんの含蓄のある言葉のことは覚えてなかった。私の覚えていたのは、少年が次々と砂をまいてゆく場面である。

    ある日、彼はアルプス山の中を歩いていますと、いうにいわれぬいい景色のところがありました。そこには幾百人の土方や工夫が入っていて、昔からの大木をきり倒し、みごとな石をダイナマイトで打ち砕いて、その後から鉄道を敷いておりました。そこで少年は、袋の中から砂を取り出して、せっかく敷いたレールの上に振りかけました。すると、見るまに白く光っていた鋼鉄のレールは真っ赤にさびたように見えたのでありました……。

    頁をめくれば、いっぺんに寂れてゆく鉄道。それは絵本の醍醐味です。

     またある繁華な雑沓をきわめた都会をケーが歩いていましたときに、むこうから走ってきた自動車が、危うく殺すばかりに一人のでっち小僧をはねとばして、ふりむきもせずゆきすぎようとしましたから、彼は袋の砂をつかむが早いか、車輪に投げかけました。すると見るまに車の運転は止まってしまいました。で、群集は、この無礼な自動車を難なく押さえることができました。
     またあるとき、ケーは土木工事をしているそばを通りかかりますと、多くの人足が疲れて汗を流していました。それを見ると気の毒になりましたから、彼は、ごくすこしばかりの砂を監督人の体にまきかけました。と、監督は、たちまちの間に眠気をもよおし、
    「さあ、みんなも、ちっと休むだ。」
    といって、彼は、そこにある帽子を頭に当てて日の光をさえぎりながら、ぐうぐうと寝こんでしまいました。

    私は少年が「正義の行い」をしている気持ちにもなりましたが、一方では、世界を錆させてしまう行いがなんとなく「いけないこと」のようにも感じていました。不思議な感覚です。

     ケーは、汽車に乗ったり、汽船に乗ったり、また鉄工場にいったりして、この砂をいたるところでまきましたから、とうとう砂
    はなくなってしまいました。「この砂がなくなったら、ふたたびこの眠い町に帰ってこい。すると、この国の皇子にしてやる。」
    と、じいさんのいった言葉を思い出し、少年は、じいさんにあおうと思って、「眠い町」に旅出をしました。
     幾日かの後「眠い町」にきました。けれども、いつのまにか昔見たような灰色の建物は跡形もありませんでした。のみならず、そこには大きな建物が並んで、烟が空にみなぎっているばかりでなく、鉄工場からは響きが起こってきて、電線はくもの巣のように張られ、電車は市中を縦横に走っていました。
     この有り様を見ると、あまりの驚きに、少年は声をたてることもできず、驚きの眼をみはって、いっしょうけんめいにその光景を見守っていました。

    皇子にならなくていいから、私は老人は少年を褒めて欲しかった。だから、このラストはショックだった。でも、このラストがあったから、心にずっと残ったのかもしれない。

    新品の物をわざわざ錆びさせにゆく行為に、いったい何の意味があるのか。

    それは長い間、長い間、私の大きな疑問だった。いや、今もそうかもしれない。けれども、人生も後半になると、なんとなくわかるのも確かです。震災あとには一層その気持ちが強まったかもしれない。

    小川未明の作品には、その後に読んだ宮沢賢治や新美南吉とはまったく違う不可思議で怖くて切なくて残酷な作品が多い。今回童話集を買ってビックリした。
    2013年6月29日読了

  •  数ある小川未明童話集の中から、装丁の美しさでチョイス。素敵な版画と、少し分厚い紙質。
     小川未明は以前、釣巻和の漫画『童話迷宮』で読んだけど、これには作者独自の解釈とアレンジが盛り込まれていたし漫画だったので、小川未明の文体に触れるのは初めてでした。

     「童話」という括りにはされているし、確かに児童文学だなとは思うものの、ストーリーには、いわゆる「めでたしめでたし」というものがほぼない。むしろ、あっけなく死んでしまったり、結末をぼかしていたり、苦い後味の残るような、訓戒めいた内容でした。
     一昔前ならともかく、現代の子供たちにそのまま読ませるには雰囲気が暗すぎたり、時代背景の違いから難しすぎるのではないかと思います。もっとも有名な「赤いろうそくと人魚」にしても、幸せな結末とはほど遠い内容です。

     しかし一方で、童話の持つ「誰もに訴えかける普遍性」もある。過ごしている時代や持っている文化が違っても、誰もがこの物語を楽しむ余地があると思いました。
     童話を文面を読んで理解するだけでなく、深く読み込んでその陰にあるメッセージを発掘していくと、童話は百倍面白くなる。
     西洋の「怖い童話」とか、子供向けにデフォルメされた童話でなく、残酷な表現すら含む童話の「原典」が好きな人は、ぜひ小川未明も読んでみてください。
     ……言われずとも、そういう人は小川未明はとっくに通過しているのかな?

     「野ばら」「眠い町」「小さい針の音」「砂漠の町とサフラン酒」あたりが特に印象に残りました。

  • 隙間時間に少しずつ読んでいたので、やっと読み終わった。

    文体のせいもあるかもしれないが、むかしむかしあるところに、的な、民話というか。こんなことがありました、と提示して、それをあなたはどう感じますか?と読者に問いかけるような、と言っても、決して強くどう?と訴えるというのではなく、差し出すだけというか。

    解説を読むと、いろんな時期に書かれたものが集められているので、いろんな作品が一気に読めてよい。
    どうしても、暗くてひどい話がつらい話が目に付く、え、これで終わり?というものもある。社会批判が強いものもある。(最近読み終わった星新一のショートショートを思い出す)
    客観的な視点でいろいろな世界(国際的なということではなく)が描かれている。(少し前に読み終わった『絵のない絵本』を思い出す)
    森絵都さんのエッセイがついていて(忘れてた?or知らなかった?)、得した気分。(もちろん最近読み終わった『みかづき』を思い出す)

  • 新潮文庫とかぶっている作品もあったけれど、読んでいない話もあった。未明の「夜」「海」「冬」の表現がとても雪国(上越)な感じだなーと改めて思った。太平洋側に住んでいる身としては海の表現が太平洋ではない、日本海っぽいなーと感じる。賢治南吉とはまた違うんだよな…と思わせるものがある。
    ◆電信柱と妙な男
    ◆黒い旗物語
    ◆眠い町
    ◆なくなった人形
    ◆牛女
    ◆金の輪
    ◆赤いろうそくと人魚
    ◆殿さまの茶わん
    ◆時計のない村
    ◆港に着いた黒んぼ
    ◆小さな草と太陽
    ◆てかてか頭の話
    ◆野ばら
    ◆糸のない胡弓
    ◆はてしなき世界
    ◆月夜と眼鏡
    ◆月とあざらし
    ◆負傷した線路と月
    ◆三つのかぎ
    ◆兄弟のやまばと
    ◆砂漠の町とサフラン酒
    ◆小さい針の音
    ◆二度と通らない旅人

  • ゼミの先生から「展開が読めなさすぎておもしろい」と貸していただいた本。
    本当に全部の話の展開が読めなくて全部新鮮だった。
    最後のページや下手したら1行で展開がひっくり返ってしまうお話もあって、ハッピーエンドで終わるよりも心に残るお話がたくさん詰まっていた。
    1話1話が短く読みやすいので、毎日1話ずつ読んでいくのも楽しいかもしれない。

  • 童話を読んだのはいつぶりだろうか。あたたかくて、心の奥の凝り固まったものが解かされていく優しい話もあったが、ヒュッと背筋が冷たくなるような話もあった。切ない話も多かった。気づいたら小川未明氏の不思議な童話の世界にどっぷり嵌まってしまったので、全集を手に入れたいと思う。もっともっと、この世界に触れていたい。

  • 角川春樹事務所から出た文庫は収録作品と千海博美氏の挿絵がとてもよい。

    月とあざらし、牛女、糸のない胡弓 かなしむ者と哀れにおもう者、何度も涙。

    金の輪 月夜と眼鏡 美しく幻想的で衝撃的

    はてしなき世界
    「私はいつ、また坊ちゃんの手から捨てられるかもしれません。けれど、坊ちゃんが私を手にとって、しばらくでも大事にしてくださいましたご恩は、決して忘れはいたしません。坊ちゃんは、きっと私と同じい色のものを、この世の中で、しかも人間の目の中で見られることがあります。その時こそ、本当に、坊ちゃんが喜びなさいます時ですよ。

    しかし、その石の青い色は、いつまでも子供の目の中に残っていました。なんという懐かしみの深い、青い色であったろうか?
    こうして子供は追懐にふけるということを覚えました。

  • 職場の人のおススメ。とても面白かった。特に良いのは『眠い町』『金の輪』『殿様の茶碗』『時計の無い村』『野ばら』『小さい針の音』全く現代的でSFだった。もっと子どもの手に渡り易い形になればよいのに。

  • 救われない話が多数。すかっとはせずむしろもやもや。でもそれも心地よい

  • 小川未明を始めて読んだけど、すごく惹かれた。ろうそくとか、月とか、モチーフがすごく印象的なところとか、なんとなく物悲しい、でも優しい感じとか。

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著者プロフィール

明治・昭和時代の小説家・児童文学作家。新潟県出身。「日本児童文学の父」と呼ばれ、『赤い蝋燭と人魚』『金の輪』などの名作を多数創作。

「2018年 『注文の多い料理店/野ばら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川未明の作品

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