キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

著者 :
  • 角川春樹事務所
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  • / ISBN・EAN: 9784758438414

感想・レビュー・書評

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  • 『焼き穴子、どういうふうにお料理するのがいちばんおいしいの?』

    そんな問いかけをされたらあなたはどんな調理のイメージを思い浮かべるでしょうか?

    『中華ふう、っていうのも案外いけるらしいわ』。

    『それもいいけど、わたしはやっぱりシンプルなのが好きだわ』。

    『茶碗蒸しもいいしうざくみたいにしてもいいし…。そうそうお寿司もいいわね』。

    『ちらし寿司!』

    こんな風に『食べ物』の話をすると、なんだか気持ちが高揚してくるのを感じます。文字だけを読んでいるはずなのに、頭の中には美味しそうな食材のイメージが浮かんできます。そして、幸せな気持ちに包まれるのも感じます。

    私たちが生きていくために必要とする”衣・食・住”、その中でも『食』は、人間だけでなく全ての生き物がこの世を生きていく中で必要不可欠なものです。『食』の話をして、思わず顔がほころぶのはそんな人間の基本的な欲求が顔を出すからかもしれません。

    私たちにとってとても大切な『食べ物』。そんな話題を取り扱った作品は小説界では定番中の定番です。”栄養と愛情がたっぷりつまった美味しい料理”が味わえる古内一絵さん「マカン・マラン-二十三時の夜食カフェ」、”あたたかな食べものの匂いと、にぎやかな人々の笑い声”を描く伊吹有喜さん「オムライス日和」、そして、”「ふぅ、幸せ」という一言が象徴する幸せな食卓”を描く小川糸さん「あつあつを召し上がれ」などなど、美味しい『食べ物』が登場する作品は多々あります。そんな『食べ物』が登場する作品には共通点があります。それは、日々の生活の中にそれぞれに悩みを抱えながらひっそりと生きる人たちの人生の一コマが描かれることです。そして、そんな登場人物たちが『食べ物』を口にする時の幸せが、そんな作品を読む読者をも幸せにしていく、それこそが『食べ物』を取り上げる小説の最大の魅力だと思います。

    さて、ここに、そんな『食べ物』を全編にわたって取り上げた作品があります。『桃素麺』、『豆ごはん』、そして『キャベツ炒め』と、それだけでお腹が鳴りそうなおいしい『食べ物』が次から次へと登場するこの作品。そしてそれは、そんな『食べ物』を食する人たちが『おいしい!すごくおいしいわ、これ』と語るその瞬間に、ひたむきに日常を生きる人たちのいっ時の幸せを見る物語です。

    『巨大な釜は一升炊きだ。それが三つある』とそれらを眺めるのは主人公の一人・郁子。そんな郁子は『釜の蓋を開け』『炊きたての米の旺盛な湯気が、ぶわっと郁子を包む』と、『ああ、いい匂い』と声を出しました。それに『色っぽい声出しちゃってー』と江子(こうこ)が笑いながら、麻津子(まつこ)にも同意を求めます。『江子は六十一歳』、『片や麻津子はジャスト六十歳』という二人と『惣菜屋で、その名は、「ここ家」という』店で一緒に働く郁子、六十歳。そんな『「ここ家」のオーナーは江子で、麻津子と郁子は従業員』として働いています。『四軒長屋の中の一軒』という『ここ家』の『店頭の品書きの横に』は、『雑誌の切り抜きが貼ってあ』り、そこには『ニッコリ笑う三人のスナップ』と共に『「来る、待つ、行く?心優しき肝っ玉おっかさんたちの家庭の味」というコピーが躍ってい』ます。先日取材があった際に江子はそのコピーを『見事に揃ったでしょ。運命の出会いだと思わない?』と説明しました。『三ヶ月ほど前、自分が「ここ家」を訪れたときのことを思い出す』郁子。一ヶ月前にこの街に越してきて『八回目の来店』というその日に『あの、わたし、応募します』と『従業員募集!』の張り紙を元に店員の麻津子に声をかけた郁子。『飲食業はもちろん、正社員として働いた経験が自分には一度もないと、正直に明かしてしまった』こともあって、『厨房で行われた「面接」』で『不採用の空気が』濃厚になります。そんな時、『あなた!郁子さんっていうのね!』という江子の一言で採用が決まりました。そして、江子(来る)、麻津子(待つ)、郁子(行く)という三人が揃った『ここ家』。そんな時、『勝手口の呼び鈴』が鳴りました。郁子がドアを開けると、『こんちはっす』という『ひょろりとした長身』の青年が頭を下げます。『米屋です、コトブキ米店。今日から俺が配達担当なんです』という青年は、『春日進といいます』と名乗りました。『今日から新米です。新米が新米をお届けに上がりました』と挨拶する青年に『やだー面白い!新米が新米だって?』と『きゃはははは、と笑う江子』。そして、仕事が終わり『スナック「嵐」』に出かけた江子と麻津子の一方でアパートにひとり帰り、窓から公園を見ながら缶ビールを取り出した郁子は二枚の写真を見ます。二歳で亡くなった『息子の草(そう)』と半年前に亡くなった夫の俊介。そして、郁子は今日出会った『「新米」の春日進』に草の面影を見たと感じた今日の昼間のことを思い出します。そんな郁子が背負う人生が賑やかな雰囲気感の中にしっとりと描かれていく最初の短編〈新米〉。美味しい食の雰囲気感に包まれるこの作品世界に一気に連れて行ってくれる好編でした。

    「キャベツ炒めに捧ぐ」というなんとも美味しそうな書名に心惹かれるこの作品。11の短編が連作短編を構成しながら物語は展開していきます。そんな物語の舞台が、『東京の私鉄沿線の、各駅停車しか停まらない小さな町の、ささやかな商店街の中に』あると言う『惣菜屋』の『ここ家』です。『そこそこ繁盛している』というそのお店には、オーナーの江子と従業員の麻津子と郁子の三人が働いています。そして、物語はそんな彼女たちに一章ずつ視点を順番に切り替え、それぞれが抱えている背景事情を明らかにしながら展開していきます。

    そんな物語はなんと言っても舞台となる『惣菜屋』の『ここ家』で提供されるさまざまな『食』の描写が一番の魅力です。11の短編それぞれに登場する『食べ物』の中から三つをご紹介しましょう。

    ・〈あさりフライ〉: 『魚屋で見事なあさりを見つけたときから、それは決めていた』と『少々手間がかかる』調理に取り掛かる江子。『わずかに開いた殻の隙間にペティナイフを差し込み、ぐるっと回して小さな貝柱を断ち切る』という作業の中で『なげやりなあさりにがんばるあさり』もいると好感を持って接する江子は『二つずつ竹串に刺してからフライの衣をつけ』ます。そして、『まずビールを一口。それから熱々のフライを、最初はそのままひとつ食べる』中に、『はふはふはふ。ほいひー』と感嘆する江子は、『春は貝だ』と思います。そんな江子は『あの日もあさりフライを食べていた』と過去を振り返ります。

    ・〈ひろうす〉: 元夫の家を訪ねた江子は、『夕食の前に帰る』つもりだったのに目の前に『おでん鍋が運ばれてき』ました。『かつお節と昆布と鶏の手羽先で濃くとった出汁に、薄口とお酒と味醂少しで上品に味つけしたほとんど透明のおつゆ、そのおつゆがじゅうぶんに染みこんだ大根や里芋や玉子、つやつやの練り物がうわっと山盛りになっているおでん』というその見た目。『とてつもなくおいしい』と『食べる前からわかって』しまう江子は、『これ、ひろうすね』と指摘すると『ああ、僕が作ったんだ。旨いぞ』と言う元夫。そんな中、離婚して間もなくの頃のことを江子は思い出します。

    ・〈キャベツ炒め〉: 『その日の仕入れは今ひとつぱっとしなかった』という日に『唯一、瑞々しくておいしそうだったキャベツを五玉仕入れた』江子。『コールスローは?』、『鯵フライの付け合わせにもいいんじゃない』、『甘酢もいいよね』と話す三人。そんな中、『すぐ食べるんだったら、やっぱいちばんおいしいのはキャベツ炒めだよねえ』と言う麻津子に、『キャベツ炒め、わたしも大好き。バターで炒めてお醬油じゃっとかけて』と言う郁子。それに『あたしは断然、ソースがいいな』と言う麻津子と弾む会話の中、『江子さんは?お醬油派?ソース派?』と郁子に聞かれ『あたしは、塩』と答える江子。『ーそうよね塩もいいわよねえ』と二人が答える中にその味にまつわる想い出を回想します。

    以上三つの場面を切り取ってみましたが、共通するのは、美味しい『食べ物』が登場することをきっかけに、その『食べ物』に紐付くように主人公たちの記憶に残る過去の場面が蘇っていく…と展開していく物語です。私たちが生きる中で『食』は何をおいても欠かせないものです。それは生物としての人にとってのエネルギー源という側面はもちろんありますが、それ以上に『食』というものは人の気持ちと共にあるものです。祝いの場、激励の場、そして別れの場、人が区切りとするような場面には、必ず『食』がその場を演出していきます。そして、そんな場は当然に大切な想い出として刻まれてもいきます。そこに想い出と『食』が結びつく瞬間が生まれます。その結びつきは、『食』が想い出を呼び覚ます起点となってもいきます。

    『食べることが好きでよかった、と言うべきかもしれない。結局のところ、生きものでよかった、ということに違いない』。

    私たちが生きものとして生きていく中で欠かせない『食』。それを『生きものでよかった』と思う気持ち。それは、

    『どんなに悲しくても辛くても、食べなければ生きていけないから。何かを食べるために動き出さなければならないから』。

    というように私たちが生きることと食べることは一体不可分であることを改めて感じさせるこの作品。そんな『食』を起点とするストーリーの数々には、『食』をがそこに登場する説得力をとても感じさせるものがありました。

    そんなこの作品は江子、麻津子、そして郁子の三人がそれぞれに生きてきたこれまでの人生の先にある今が絶妙に織り込まれていきます。過去と現在を行ったり来たりする中に描かれていくそれぞれの人生は思った以上に波乱に満ち溢れています。『日曜日、元夫の家へピクニックに出かける』、『出迎える白山と、彼の妻の恵海は、幾分ばつが悪そうな顔をしている』という不思議な関係性を元夫との間に続ける店主の江子。『旬のことは子供の頃から知っている』と『五十数年』の関係性の中、彼の結婚、離婚も知る中に、一方でそんな旬のことをどこか思い続けて『六十歳の独身女』として生きる麻津子。そして、『草は二歳で亡くなり、それから三十四年後の半年前に、俊介はこの世を去った』という悲しみの中の今を生きる郁子。そして、この作品は、『今日から新米です。新米が新米をお届けに上がりました』と挨拶する青年に『やだー面白い!新米が新米だって?』と『きゃはははは、と笑う江子』といったクスッと思わず読者に笑みをもたらす描写の数々含め、井上さんがお笑いに振られようとする雰囲気感の中に展開してもいきます。そこに登場する三人含め、時には漫才のようなやりとりを繰り広げる一方で、彼女たちが抱える上記したバックグラウンドを垣間見る読者は、どこか切ない、言わば泣き笑いの感情が湧きあがってもきます。そこに上記した『食』に関する描写が織り交ぜられるこの作品。さまざまな顔を見せる物語は思った以上に深い余韻を感じさせてくれるものがありました。

    『いずれにしても、おいしいものをおいしいと感じられることは幸いと言うべきだろう』。

    私たちが日々を生きていく中で欠かせないもの、それが『食』です。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、そしてどんなに苦しくても私たちが生きていくために『食』は欠かすことはできません。そんな日々の中に『食』はささやかな喜びをもたらしてくれます。美味しい『食』の記憶は、その場面と共に記憶に刻まれます。それは、再びその『食』を口にした時、その記憶からそんな場面を呼び覚ます起点ともなりうるものです。この作品では、『ここ家』という『惣菜屋』に働く三人の女性の『食』の記憶を起点に、そこに繋がる過去の記憶の事ごとがその先の人生を紡ぎ出していく様が描かれていました。井上さんの絶品の『食』の描写に思わずお腹が鳴りそうになるこの作品。泣き笑いの人生の中に『食』が如何に大切な役割を果たしているかを感じるこの作品。

    私たちにとって欠かすことのできない『食』が、人生を彩っていく瞬間を感じさせる、とても美味しい作品でした。

  • お総菜屋さんで働く還暦を過ぎた、独身女性の郁子、江子、麻津子の三人の女性。
    郁子は死別、江子は離婚、麻津子は未婚と状況は違いますが毎日、共に働きながら、美味しい料理を作り、若いお米屋さんの進くんを追いかけたり、元夫や恋人もいて、淋しくてメソメソしたりは決してしていない三人。
    三人共料理がとても上手いことも人生楽しめる秘訣かとも思いました。

    季節ごとのお惣菜がとても美味しそうです。
    材料を一目見て、メニューがいくつも思い浮かぶところなど「さすがお総菜屋さん!」と思いました。
    ある一日のメニュー「茸の混ぜご飯・茄子の揚げ煮・茸入り肉じゃが・秋鮭の南蛮漬け・蒸し鶏と小松菜の梅ソース・豚モモとじゃがいもの唐揚げパセリソース・白菜とリンゴとチーズと胡桃のサラダ・さつまいもとソーセージのカレーサラダ・定番のひじき煮とコロッケと浅漬け各種十一種類」。すごい!美味しそう!今の季節にぴったりです。

    食が充実していると、老後(今の還暦はまだまだ若いと思いますが)一人になっても気持ちが暗くならないし、あとはこんな愉快な、友だちとか同僚など仲間がいるといいのかもしれないと思いました。
    その点、男性より料理する習慣のある人が多い女性の方が元気かもしれないと思いました。
    でも、最近は料理のできる男性も多いですよね。
    食が充実していると心も体も健康が保ちやすいのだろうなと思いました。

    私も最近、本ばかり読んでいて料理の手を抜いているので、もう少し料理しようと思いました。
    ちなみに、今日はとっても簡単に、豚バラと白菜のミルフィーユ鍋に常備菜しか作っていません。

    • やまさん
      まことさん
      こんばんは。
      字の大きさは、「蘭方医・宇津木新吾シリーズ」は、字の大きさは、中です。
      字の大きさ中は、読んでいて楽です。...
      まことさん
      こんばんは。
      字の大きさは、「蘭方医・宇津木新吾シリーズ」は、字の大きさは、中です。
      字の大きさ中は、読んでいて楽です。
      宜しくお願い致します。
      やま
      追伸
      プロフィール欄に、字の大きさと書名を書いていますので見て頂けたら有難いです。
      2019/11/10
    • まことさん
      やまさん♪
      字の大きさのこと、わかりました。
      プロフィール欄も拝見しました。
      やまさんのレビューの方にも字の大きさのこと、夕べ書いてお...
      やまさん♪
      字の大きさのこと、わかりました。
      プロフィール欄も拝見しました。
      やまさんのレビューの方にも字の大きさのこと、夕べ書いておきましたのでご覧くださいね!
      2019/11/11
  • いやぁ~、上手いなぁ~!
    思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう
    冒頭のお米が炊ける描写の威力に
    一気に引き込まれた。
    (コレが官能的なのですよ笑)

    本作は東京のとある商店街にある
    『ここ家』という惣菜屋で働く
    60歳の女性3人の
    切なくもあたたかい日々を
    季節の料理とともに描いた連作短編集です。

    お喋りで豪快な性格の
    『ここ家』のオーナー、江子(こうこ)。

    真っ黒な短髪に地味な服装、
    少し気難しい性格の麻津子(まつこ)。

    三人の中では一番年上だが
    内省的で内に秘める性格の郁子(いくこ)。


    転んでもタダでは起きないしたたかさと
    少女のような瑞々しさ、
    歳をとる怖さなど豪快に笑い飛ばしてしまうほどの
    芯の強さとタフなハート。

    なんと人間的魅力に溢れた三人なのか。

    それぞれがそれぞれの傷や
    大人の事情を抱えながらも
    季節の食べ物に力を貰い逞しく生きる彼女たちを見ていると、
    年を重ねていくことも
    そう悪くはないのかもと
    素直に思えてくる。
    (様々な料理を絡ませながら女性三人の生き様や辿ってきた道のりを浮かび上がらせる構成と人間の描き方は
    本当にお見事!)

    それにしても米屋の若いイケメン店員、進をめぐる
    三人三様の争いにはホンマ笑ってしまった。


    そして彼女たちの作る料理の
    チョイスがまた
    心に沁みる。

    シメジと椎茸とエリンギに牛コマが入った
    バター風味の茸の混ぜごはん。

    烏賊とさつまいもと葱の炒め煮。

    鶏と豚の合挽きを白菜で巻いて中華風クリームスープで煮込んだロール白菜。

    江子の届かぬ想いが詰まった
    京風おでんのひろうす(がんもどき)と
    揚げたてのあさりフライ。

    亡き母に思いを馳せる
    麻津子のオリジナル料理の桃素麺と
    麻津子が幼なじみにふられる原因となった
    茹でたてのとうもろこし。

    息子が死んだのは夫のせいだという思いから逃れられない郁子が作る
    ほろ苦いふきのとう味噌。


    何を好んで食べるか、
    何を好んで作ってきたかは
    毎日の積み重ねが如実に現れるし、
    その人の経験や人生観が左右する。

    簡単に言えば
    料理にはその人の人となりや、
    哲学や思想や人間力までもが
    形として現れるものなんですよね。

    主人公が若い女性ではなく
    辛い過去を背負って60歳まで生きてきた
    彼女たちだからこその手の込んだ料理の数々には
    彼女たちが選びとってきた人生が浮かび上がるし、
    生き様がオーバーラップしてくるのです。


    人生はままならない。
    だからこそ人は料理で未来に立ち向かう。

    料理を作るという行為は
    明日も生きていこうという生きる意志であり、
    まだ見ぬ未来への祈りでもあるのかな。

    人は自らが生きるため
    愛するが人のために
    料理を作る。

    料理を作る行為は無意識のうちに五感を刺激するけど、
    この小説もまた
    匂いが、食感が、作る時の音が、
    出来上がりの様が、
    読むだけで目の前に浮かび上がり、
    その味わいさえもが
    文章の隙間から疑似体験できてしまう
    お腹が空くと同時に
    希望をくれる良作です。

  • 各駅停車しか停まらない小さな町の、ささやかな商店街にある「ここ家」は、オーナーの江子、無愛想な麻津子、そして最近“従業員募集”の張り紙を見て応募してきた郁子の、三人の独り身女性たちが切り盛りする店。
    江子は六十一歳。麻津子は六十歳。郁子は二人より年長だが、新入りのせいか年下のように扱われている。
    三人それぞれに大人の事情があるのだが、共通するのは料理が好きで食べることが好きなこと。
    「ここ家」に四季折々のお惣菜が並ぶように、三人の日々にもそれぞれに変化が…


    『静子の日常』を読みたいと思いながらなかなか巡り合わせが悪く、『リストランテ アモーレ』に続いて2冊目の井上荒野さん。
    タウン誌に“肝っ玉おっかさんたち”などと紹介されるアラ還の女性たちにだって、心の中には熱く燃え盛ったりくすぶったりするものが、ちゃあんとあるのだ。
    米屋の若い配達員・春日くんの登場で、三人それぞれにわかに華やいでしまったりするのも、可笑しみがある。
    ただ、郁子以外の二人の先輩方の心情には、もうひとつピンとこなくて、何かもやもや。

    けれど、お惣菜はとても美味しそう。
    文庫の解説が平松洋子さんなのが、何だか得した気分。

    最近どうも、美味しい料理やお菓子が絡む本ばかり読んでいるような気がする。読書のあと、作中に登場したアレやコレやを食べたくなるのは困りものだ。

  • 美味しそうなお惣菜がたくさん出てきた。60過ぎの3人のお話だったが、もっと若い人の物語に錯覚するくらい、若々しかった。悲しい過去を抱えながらも楽しく笑顔で働く、なんだかんだ仲のいい3人が微笑ましく思えた。素敵なお話だった。

  • 惣菜屋 ここ家 を舞台に60代3人の女性の人性を振り返ったり、前に進んだりする物語

    仕事、職場だけの場所ではないここ家
    3人がいることで、独立してはいるけど、必要な時に支え合える

    素敵な3人です
    江子と白山の関係性を辛く思って読んでいたけど、江子が最後に精神的に離れる事ができて良かったと思いました

    料理ができるって、本当に素晴らしい事だと思うし、出てくる料理、特にアサリの串揚げ食べてみたと思いました。

  • 人生の先輩方のお話と家庭料理が合っている。旬の食材を丁寧に料理してみたいと思うと同時にずっと当たり前にいる家族を大切にしようと思えた作品だった。

  • 商店街の一角にある、ここ家で働く3人の中年女性のお話し。

    若い主人公にはなかなかない、事情や過去を抱えながらも、干渉しすぎず、時には励ます、3人の関係性が読んでて心地いい。

    誰しも、料理に、一つや二つ、決して語られるほどのものではないけど、物語がある。そんな人間味溢れる、物語を美味しそうな旬の料理とともに楽しめる小説。

    苦い思い出も、季節が何周か巡り、ふとしたきっかけで愛おしい思い出に変化していく。どんなことも、自分の人生だって認められた人間の心には、人知れず、心地いい風が吹く。
    人それぞれ、これまでの生き様や背景って必ずあるよなって再認識させられるお話。

    なんかわからんけど、また、春に読みたくなる暖かいお話。

  • 惣菜屋さんで働く3人の女性の物語。
    3人とも60歳前後でそれぞれが大人の事情を抱えている。でも表立ってそれを出そうとせず、あくまでいつも通り淡々と働いている感じが、あぁ大人だなと思った。
    3人の距離感もいい。かなり個性が強くて一見折り合いがつかなさそうに見えるけど、あくまで素のままで無理してない感じが心地いい。それぞれ事情があるのを察した上で、変に詮索したり気を遣ったりせず、いつも通りの自分で接してにいるのが、上手く回ってる秘訣な気がする。
    (こんな大人な3人だけど、だからなのか?進に対してのアグレッシブさがおもしろかった。笑)
    スタート時点での郁子の生気のなさが不安だったけど、徐々に元気になっていく様子がわかった。素敵な仕事仲間と美味しい食べ物に囲まれたいい居場所があってよかった。
    それにしてもお料理がどれも美味しそう…!旬の食材を取り入れてる感じとか、使ってる調味料とかが、ちゃんと料理をやってきた人たちのそれだなーと思った。かっこいい。

  • 惣菜屋「ここ屋」のコーコ、マツコ、イクコのオーバー60の波乱なる穏やかな日常。

    御惣菜屋さんの方がメインキャストなので、おいしそうな季節のおかずの名前が次々出てきて「うーん、飯食べたい」ってなるお話です。
    女60もこえりゃアレコレ抱えているもので、三人三様の人生模様。米屋の新米バイト進をアイドルに、三人の毎日が綴られる。
    じんわり染みたり、キャッキャしたり、ドキドキしたりして、年齢を重ねるのも悪くないと思わせてくれます。
    毎日を大切にできないときに読むといいかもしれません。

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著者プロフィール

井上荒野
一九六一年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。八九年「わたしのヌレエフ」で第一回フェミナ賞受賞。二〇〇四年『潤一』で第一一回島清恋愛文学賞、〇八年『切羽へ』で第一三九回直木賞、一一年『そこへ行くな』で第六回中央公論文芸賞、一六年『赤へ』で第二九回柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に『もう切るわ』『誰よりも美しい妻』『キャベツ炒めに捧ぐ』『結婚』『それを愛とまちがえるから』『悪い恋人』『ママがやった』『あちらにいる鬼』『よその島』など多数。

「2023年 『よその島』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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