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Amazon.co.jp ・本 (246ページ) / ISBN・EAN: 9784759252507
感想・レビュー・書評
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図書館より
自分の通っていた学校では、部落差別についてあまり詳しくは教えてくれませんでした。そのため部落差別が今でも残っていること自体が最近までいまいち実感がわきませんでした。しかし大学で勉強するにつれ確かにそうした差別は残っていることが分かってきました。
おもてだって言われることが少なくなった分、そうした差別は深く沈んでいったように思います。そして結局知らないまま、ということになってしまう人もいるのだと思います。
完璧に差別がなくなればそれでいいのかもしれませんが、現状そういうわけでもありません。そんな中で差別意識を乗り越えるには差別の思想を知る必要があると著者は説きます。
著者自身、部落の出身者のような記述が端々で見られます。そのためか、著者が部落の起源や民俗学的なケガレ論のそれぞれの批判には著者の思いが込められていて読みごたえがあります。理屈もしっかりとしていて分かりやすかったです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
硬いテーマですが、ダジャレなど織り交ぜながら、柔らかく書かれています。
かつて日本では祭祀には牛や馬の生贄が神に捧げられました。その風習は徐々に廃れていきますが、その祭祀を司ったのが穢多と呼ばれる集団であり、かつて「聖なるもの」であった穢多が「ケガレたもの」として社会から排除されていく過程が説明されます。
聖と賎は同根であり、違いは紙一重、という説は興味深いです。 -
部落差別について、言語、歴史、思想、心理など様々な角度から切り込んでいる。
20年以上前の本なので、情報はアップデートされているかもしれないが、江戸時代の身分制度などは間違った覚え方をしていたのが知れてよかった。
「上向きであろうが下向きであろうが差別は差別」
私は右でも左でもないが、この一言には頷ける。
人間は人間で、それ以上でもそれ以下でもないと私は思う。
<皮剥>に起因する差別ということでは、古今東西、通文化的性格をも同時に持っていたってこと、西洋史に詳しくはない私でもなるほどと思えました。
現代でも、なぜ差別しているのか知らないまま差別をしてしまっている人は多いと思う。
自戒の念を込めつつ、そんなことを考えるきっかけになる一冊でした。 -
お勉強として図書館でかりました。
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