日本人はなぜ大災害を受け止めることができるのか―グローバル時代を生きるための新・日本人論

著者 : 大石久和
  • 海竜社 (2011年10月発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784759312010

日本人はなぜ大災害を受け止めることができるのか―グローバル時代を生きるための新・日本人論の感想・レビュー・書評

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  • 世界と日本の違いというのは大震災時しかり、学生のころから先生たちが口を揃えて自慢げに言っていたのを思い出します。それに似たようなことはこの本の中にも入っていましたがもっと詳細に知れて、なるほどーといった感じでした。
    そして自分もなんだかんだ日本人なのだなと思いました。基本的に受身で事が起きてからどうにかするか考えよう、人の生に達成すべき目的などもない、というのも日本人の気質そのものだそうで。
    自然とそれを抱える国土に起因するのだというお話でした。

    以下は自分用。

    島国の集まり問いはいえ面積の大きな国、日本。けれど人が住める場所はヨーロッパ諸国に比べるとずっと狭い、というのも高い山々があり、そこから流れる無数の川。大都市に鳴りえる平地というのは国土の割りに面積は少なくて、小集団・小部族的生活がずっと続いていた。「和をもって尊しとなす」、「喧嘩両成敗」などは日本特有の考え方で、地域の決まりごとは、地域の小集団が全員仲良く納得するまで話し合って決めていた。今でもルールよりマナーという柔らかい表現を使用することを好む風潮は、誰か一人をバッシングor賞賛するような強い脚光を浴びせ個性を浮き上がらせることを好まないのに由来する。

    大陸では隣り合う国との戦いの歴史で、日本は自然との交わりの歴史。
    大陸は争いに勝つために明確な言語を用い、細かなルールを定め、犠牲を払ってまで達成しなければならない正義があり、周りは皆基本敵であると考える。
    日本は景観が一変するような大災害に何度も見舞われ、人の死を受け入れざるをえず、将来の予測が立てられず、小集団との和を尊ぶ風潮から個性を強調する明確な言語を持たず、周りは皆基本仲間であると考える。
    英語について、成毛さんと同じように日本の立位置、歴史、経緯、特性を

    最後に知りそれらを用いて論理的に言葉を組み立てられる言語(日本語)力を鍛えた上で、英語という手段を持たないと大陸の人間(世界)に呑まれてしまう、というようなことを言っていたと解釈します。

  •  東日本大震災、阪神淡路大震災などの災害の際、被災者の人々は争いやいさかいを起こすことなく、そのマナーの良さは世界中の人々から驚かれている。その背景となる日本人の思考について、諸外国の人々の考え方と比較して書かれている。

     他の国と地続きの国境を持たず、他民族の侵略をほとんど受けなかった日本と、常に紛争に晒されてきた大陸の民族。
     災害死の多い日本と戦争による死の多い欧米や中国などの国々。
     災害で人の命が奪われても自然そのものは恨むことはできない、そのため日本人は死を忌むもの、早く忘れようとするものという感覚になり、戦争で人の命が奪われることの多い欧米などは、殺した相手を徹底して恨み続ける、その感覚がまず違うということをいわれていた。
     記述に関して、日本人と欧米や中国の比較の部分がとても多く、何故日本人は災害時に、お互い協力して助け合うことができるのか、という部分の記述が少なかったので少し物足りなかったのですが、興味深い内容です。

  • 震災後 幾つか出版された 「日本人はすごいぞ」的な本と思ったが違うようだ。 
    むしろ 日本人の困った気質を書いた本なのかも。



    著者によると 日本は過去 侵略等による大虐殺を経験しておらず
    その点が諸外国と大きく違う。
    侵略による虐殺は 殺される側にしてみれば到底受け入れがたく
    強い恨み、復讐の念を持ち続ける。

    逆に 日本は自然災害の多い国で 災害で多くの人が亡くなっているので 死とは粛々と受け止めるしか無いものという観念がある。

    それをもとに日本人を「災害死史観」、諸外国人を「紛争死史観」と分類している。



    よく 日本人は「自分さえ良ければそれでいいのか」的な事を責められるが
    トップの入れ替えはあっても それによる村民皆殺しというような紛争はあまり経験していない日本人にとって 事を荒立てる方がトラブルが起きると感じているので 隣の揉め事にあまり関与しない。

    しかし 紛争による大虐殺を経験した民族にとって 隣の揉め事は 即自分たち一族の命に関わるので主張を持って行動を起こす。

    ヨーロッパ諸国が主食としている小麦(または大麦)は播種量があまり多くなく 食糧不足も紛争が起きる原因になっていた。お米は収穫量が麦の2倍近くあり 比較的豊かであったと想像される。

    長安の城壁など 外国では都をグルッと囲む城壁があるが 日本の都にはそれがない(戦国時代のお堀はあくまでお城を守っている?)
    それは 遊牧民族や異国民が殺戮や殲滅、強奪の意思を持って都市を攻めてくる、そういった人々の存在を前提にしなければ暮らせなかったのが 日本ではそのような前提を置く必要がなかった。

    一神教の世界とは「これらの宗教は単一で絶対的な力を持つ創造者をだた一人信じ、その教えをしっかり守ることで、人間は神の国へ行くことができるという宗教。神は信者に絶対的な服従と信仰を求め これを破ったもの、信じないものには厳しい罰を与える、強い性格の神。また、この神は、時として大変嫉妬深く狭量である」

    旧約聖書には128万超の殺人が掲載されている。

    日本人は、これほどの犠牲を強いてまでも実現すべき正義などどこにもないとの感覚を共有しているが、ユダヤ、イスラム、キリストの各宗教を信じている人々は
    「いかなる犠牲を払っても、実現すべき正義がある」という感覚を持っている。

    また、ヨーロッパやアメリカの人々にとって「神の命令となれば、理不尽とも言える殺人も大義の前に許される」との感覚をもっている。


    あるがままを受け入れる(しかない?)ことをよしとした日本的考えと 自然より人の意思が強調されることが良いとされる諸外国の考え方の違いは 庭園や生花などにも現れている。

    他にも 合理性や公共性など 日本と外国の違いを説明している。

    後半は日本人の弱点、反省点などの記述が続き グローバル社会とは 諸外国の常識の上に成り立っている社会で 日本人の常識ではやっていけない、今こそ気質の違いを理解し、改善すべきだと続いている。



    すべて納得できるわけではないが なかなか面白い本だった。
    これを読んで 外国の宗教戦争でなぜあれほどの死人が出てしまうのか 
    少しだけ分かったような気がした。

    また、自然災害と違って虐殺は相手がいるから 「殺らなければ殺られる」。
    言い換えれば「殺れば殺られない」わけだ。

    ヨーロッパ等の人たちが肉食系と言われるのは こんなところからきているのかも。

  • 『国土学再考』で述べられた思想をさらに推し進めて論じています。いわゆる日本人論の中では出色のもののひとつではないでしょうか。

    日本人論はあまたあるものの、本書の「紛争史観」「自然災害史観」という中核となる発想は画期的で、目から鱗が落ちるとはこういうことかという気分を味わわせてくれます。

    日本人論は「だから日本は駄目なんだ」という批判一方のものが多いですが、本書は日本人の思考の弱点を指摘しつつも日本人としての矜持を持つことの重要性を主張しています。

    ただひとつだけ気になったのは、日本に比べると外国人は合理的な思考をすると言う部分。外国人が本当に合理的であればアメリカのサブプライムローンのバブルも、中国の不動産バブルも、ヨーロッパのギリシャ危機も起きなかったと思うのですが。ミクロ的には合理的であっても、マクロ的には明らかにおかしい行動を取ってしまうのは世界共通だと思います。

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