旅する知――世紀をまたいで、世界を訪ねる

著者 :
  • 海竜社
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784759313611

作品紹介・あらすじ

1970年に始まる世界の変化と明日の予兆を縦断する旅エッセイ。人はなぜ旅に出るのか?異なる場所を知りたいだけでなく、異なる時間を生きたいのだ。サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ、ロンドンを巡る旅。

感想・レビュー・書評

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  • 著者の学生時代からその後に訪れた5つの都市にまつわる旅行記です。
    面白かった点は、まず、著者はいずれの都市も大学生又は大学院生の頃(1970年~80年代)に訪れ、中には一定期間暮らしており、若気の至りとも言えるエピソードも含め、丁寧に示されてます。
    そして、都市によって異なりますが、その10~30年後に再びそれらの都市を訪れる機会を得た筆者が観察し体験し感じた、それぞれの都市が纏っている空気感を、変わるもの/変わらないものという観点から、ありのままに記されています。
    最後に少しだけ文明論的な観点からそれぞれの国を描いていますが、その際の視点、土台も可能な限りご自身の体験を下にされており、『旅行記』たらんとしている姿勢が印象的でした。

  • 旅は私にとって、時間の中を流れてゆくこと。半透明の霧をまとって独りになる。その霧が次第に透き通った幕になり、周りに世界が見えてくるのだが、向こうからはこちらが見えないかのような錯覚の時間が訪れる。それがどのくらい続くかは定まっていないのだが、ふとしたきっかけでその世界から話しかけられたりすると、私を覆っている、すでに堅くなっていた幕が瞬時に砕けて、私はその世界に踏み出す。それでも、私一人の時間と訪れている土地の時間は、同じ速度ではあるが交わらず平行していて、帰る日までそれは続く。私にとって、旅に出るとは、再びその、旅の時間の中に入っていくことだ。(p.3)

    振り返ってみれば、私は戦場は知らないし、飢饉の現場に立ち会ったこともない。そうしたところではこの光景は、あり得るだろうし、机上でもないだろう。ただ、サンクトペテルブルグの大通りから少し離れたところで、背広姿の男が、日常生活の中でサンドイッチをつまむように、何気なくゴミ箱から「食事」をしていることに驚いたのだ。景観保護のため、建物の高さだけでなく、壁さえ4つの色と決められたこの優雅な町の空気に、突如、裂け目が走った。(p.55)

    ホテルから出るとすぐに、雑踏に紛れ込めるのが気持ちよかった。街路を足早に歩き出せば、すぐに観光客からニューヨーカーに変われるのだ。いや、こういえばよいか、ニューヨーカーというのは、ニューヨーク生まれではなくニューヨークに暮らす人である、と。誰もがその気になれば、すぐそうなる、ということだ。(p.88)

    こんなにビルとビルに閉じ込められながらも、道は行き止まりがなく、どこまでも開いている。それを切り取るのは私の裁量だ。あらゆるタイプの人がいる、といってよい。ケープ・コッドの体育館とは違って、私は例外でもないし、少数派でもないし、むろん多数派でもない。日本人とか50歳とか、劇を観るのが好き、とか、今日は特に約束がない、とか、いろいろな要素が交差する、一つの点だ。何度でも言うが、財布にお金の入っている限り、その額の限り、私は私の自由が守れるし、自由を使える。(p.90)

    さまつなことなのだが、私は、喰いしばり、よだれを流している男の口に突っ込まれた、縁飾りのついた白いハンカチのことをしばしば思い出す。そして、一瞬もためらわずにそのハンカチを犠牲にした女性を、いま思い出しても勇気がある、と思う。それは、私には、非常にアメリカ的な、社会的なふるまいのように思える。そうしたアメリカ人のふるまいと、アメリカという国の国際的なふるまい、そのギャップへの失望感は、アメリカを愛する誰もが、最近、持っているのだと思う。(pp.116-117)

    庭にあったのは、手押しポンプの井戸端で、木の台とその上には洗面器。それが昨夜の「降板」に続く二つ目のデジャビュで、私は、この辺りで重要なことに気がついた。ここはかつて「日本」だったのだ。(p.191、ソウル)

    アメリカは、宣戦布告をしなくなってから大分経つのに、冷戦中も冷戦の後も、9.11のようなことがあると、個人個人がそれを取り出してくる。そのことが不快だった米国人もいるはずだが、それはかき消されて、この旗の下に闘う、という感情が前面に出てくる。アメリカ人とアメリカという国、自分だけは特別、という思い込み(例外主義:exceptionalism)は根深くて、それを否定すると、大統領には勝てない。星条旗が何度でも引っ張りだされるゆえんだ。(p.311)

    速度で言えば、変化の一番速いのが、韓国、一番ゆっくりなのが、ケンブリッジだ。サンクトペテルブルグは変わらない、というよりは、停滞だ。パリは、表層と深層で、変わり方が違う。ロンドンとニューヨークは、いつも先端を走るためにぴかぴかになろうと無理をしている感じがある。
    その変化に対して、すべての都市と地域にわたって、「スロー」が、新しい考え方として沁み込んできている。(pp.323-324)

  • 1990年代に東京大学出版会から出版されたロングセラー・シリーズ、『知の技法』、『知の論理』、『知のモラル』を小林康夫と共同で編集した文化人類学者による、過去複数回の滞在・訪問経験のある世界の都市に関する考察。取り上げられている都市は、サンクトペテルブルク、ニューヨーク、パリ、ソウル、ケンブリッジ(とロンドン)。
    一見旅行エッセイ風だが、内容は全く異なり、過去の旅の印象、再訪の旅の印象、そしてそれらの旅を振り返る現在の考えの三つを縒りながら、夫々の都市の”変化”と”不変”を語っている。
    そして、夫々の都市へ関わった期間も深さも区々であることから、長期間居住したケンブリッジ(とロンドン)、一年未満の滞在ながらフーコーのような学者との交友もあったパリ、短期滞在のソウル、ニューヨーク、一通過者に近いサンクトペテルブルクでは、分析の視点や角度は自ずから異なっている。
    それぞれの都市の視点・テーマがかなり異なることから、やや読みにくい感じもするが、「旅をしながら、あれこれと、考えるときがありますね。脇に人がいたらきっと話したくなること、それを振り返って、私の一人旅の決算として書いています。」という著者の言葉からすれば、それも当然なのかも知れない。
    旅をするときに様々な視点を持つことの面白さを教えてくれる。
    (2014年11月了)

  • 旅しながら読んだ。旅したくなった。

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著者プロフィール

東京大学名誉教授・十文字学園女子大学特別招聘教授

「2023年 『知のモラル 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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