ロシアのオリエンタリズム―民族迫害の思想と歴史 (パルマケイア叢書)

制作 : Kalpana Sahni  袴田 茂樹  松井 秀和 
  • 柏書房
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レビュー : 1
  • Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760118434

作品紹介・あらすじ

ツァーリ時代からレーニン、スターリン、ドストエフスキー、現代に至るまでのカフカス・中央アジアへの差別意職を一望。モスクワ大公国以来の歴史に秘められた植民地主義の系譜。

感想・レビュー・書評

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  •  ロシアの歴史の中にコーカサスや中央アジアに対する明らかなオリエンタリズムがあり、民族迫害の思想は脈々と現在に続いていると告発する書。主に文学にそうして出典を求めている。本書に関しては東大の塩川氏が、ウェブサイト上で批判している。ロシアの歴史の中にオリエンタリズムがあった事は周知の事実であり、これをことさら強調する事は何も新しい事ではないし、逆に感情面からそれを痛烈に批判した所で、論文としての評価は高まるどころか逆にイデオロギー的な著作として下がるだろうという様な批判である。
     個人的には、帝政ロシアの時代には、少なからずどの世界でもオリエンタリズムは存在し、それは日本においても同じであったと思う。日本は、言わば欧州からすればオリエンタリズムで向けられる眼差しの先にあった国や人々であるが、その日本も同じアジアの中国や朝鮮、さらには東南アジアに対してはオリエンタリズムのレンズを通してみていた。普遍的な価値や共通の規範などが生じたのは、そもそも西欧においてすら第一次大戦以降であり、それもカーに言わせれば、大国の利益を保護する為に主張された国際的な規範や価値であり、それが万人にとって正しいとか問題を解決出来るなどというのは、ユートピアに過ぎないわけである。第二次大戦後の世界をとってしてもオリエンタリズムの眼差しは依然として、アジアやアフリカ、そして南米に向けられた。日米貿易摩擦によってアメリカが日本の工業製品に国内市場が支配されている現状に大きく反発したのも、その背景に敗戦国・日本に対する見くびりがあったのではないかという主張もある。いずれの主張もそれ自身が正しい、間違っているなどという事は実態としては何の意味も持たず、そうした考えが吐露される現状が奇しくもオリエンタリズムの存在を暗に実証しているわけでもある。
     であるならば、問われるべきは、現状のコーカサスや中央アジアを巡る問題を、神話的なオリエンタリズムに押しつけ、そして文学書の中で理由をなんだと無意味な議論を転がす余裕があるのであれば、現実の政治問題とそれを巡る利害関係と各国の権力関係などからこうしたものを明らかにする方がはるかに有意義にも思われる。オリエンタリズムは存在していると実証出来るが、実証した所で問題は何も明らかにならない。個々人の思想の統制とオリエンタリズムそのものを消去する事が出来ないと言う現実問題を前提としつつ、現在の問題を抽出する方が懸命であるように思う。

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