経済統計で見る世界経済2000年史

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  • Amazon.co.jp ・本 (441ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760126200

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  • 経済視点の世界史を俯瞰できる。西暦元年から現在(1998年)までの人口推移やGDP(購買力平価)など。

    <table><tr><td>人口(百万人)</td><td>0年</td><td>1000年</td><td>1820年</td><td>1998年</td></tr><tr><td>西ヨーロッパ</td><td>24.7</td><td>25.4</td><td>132.9</td><td>388</td></tr><tr><td>米加豪NZ</td><td>1.2</td><td>2.0</td><td>11.2</td><td>323</td></tr><tr><td>日本</td><td>3.0</td><td>7.5</td><td>31.0</td><td>126</td></tr><tr><td>中南米</td><td>5.6</td><td>11.4</td><td>21.2</td><td>508</td></tr><tr><td>東欧・旧ソ連</td><td>8.7</td><td>13.6</td><td>91.2</td><td>412</td></tr><tr><td>アジア(日本以外)</td><td>171.2</td><td>175.4</td><td>679.4</td><td>3390</td></tr><tr><td>アフリカ</td><td>16.5</td><td>33.0</td><td>74.2</td><td>760</td></tr><tr><td>世界</td><td>230.8</td><td>268.3</td><td>1041.1</td><td>5908</td></tr></table>

    <table><tr><td>1人当りGDP
    (1990年国際ドル)</td><td>0年</td><td>1000年</td><td>1820年</td><td>1998年</td></tr><tr><td>西ヨーロッパ</td><td>450</td><td>400</td><td>1232</td><td>17921</td></tr><tr><td>米加豪NZ</td><td>400</td><td>400</td><td>1201</td><td>26146</td></tr><tr><td>日本</td><td>400</td><td>425</td><td>669</td><td>20413</td></tr><tr><td>中南米</td><td>400</td><td>400</td><td>665</td><td>5795</td></tr><tr><td>東欧・旧ソ連</td><td>400</td><td>400</td><td>667</td><td>4354</td></tr><tr><td>アジア(日本以外)</td><td>450</td><td>450</td><td>575</td><td>2936</td></tr><tr><td>アフリカ</td><td>425</td><td>416</td><td>418</td><td>1368</td></tr><tr><td>世界</td><td>444</td><td>435</td><td>667</td><td>5709</td></tr></table>

    全世界的に西暦元年から1000年まで、人口も総生産量もほぼ横ばいであった。というよりむしろ、ローマ時代より後退した。本書ではヨーロッパのこの衰退の原因として、以下の3つの点を挙げる(p58)
    1) 巨大な求心力をもった政治単位が崩壊して、二度と再建されることはなく、その後には、断片で気て壊れやすい不安定な政権ばかりが残った
    2) 都市文明が消滅し、そのあとには、領主が農奴から現物で年貢を取りたてるだけの、自給自足的で、相対的に孤立した、文盲者から成る農村共同体が支配的になった
    3) 西ヨーロッパと、北アフリカと、アジアとをつなぐ貿易のリンクが事実上消滅した

    ベルギー人歴史家Pirenne(1939)によると、「もし、我々が、カロリング朝(751〜843年のフランク王国王朝)の時代には、金貨が鋳造されなくなっており、貨幣の利子付きでの貸付が禁止され、専業の商人階級も存在しなくなり、東方の生産物(パピルス、香辛料、絹)も輸入されなくなり、貨幣流通は最小限にまで縮小させられ、一般の人は読み書きができず、租税は体系化されておらず、そして町は単なる要塞であるにすぎなくなっていた、というように考えるとすれば、我々は単純な農業段階へと後退した文明をそこに見ることになると、躊躇せずにいうことができるであろう。それは、社会の組織的なつながりを維持するための商業も信用も日常の商取引も必要としなくなった社会であった。」

    次の1000年期、人口と所得の増加をもたらしたものは、次の3つの過程によるとしている(p18)。
    1)征服と移民
    2)国際的な貿易と資本の移動
    3)技術革新と制度的革新

    1)については、ヨーロッパ、アフリカ(奴隷として)から南北アメリカへの移民である。コロンブス来航前の南北アメリカ大陸は、メキシコ・ペルーを除き、人口希薄地帯であった。

    2)はルネッサンス・15世紀末の大航海時代から今日まで至る。最初に覇権を握ったのはベネチアを初めとするイタリア、次にポルトガル、オランダ、そして英国の順である。

    まずは、ベネチアなどのルネッサンス時代がある。ベネチアはイスラムとの貿易を独占した。1500年時点の一人当りGDP:イタリア1100、ポルトガル632、オランダ754、英国762

    ポルトガルは15世紀の早い時期から大西洋に進出し、アフリカ沿岸拠点を押さえ、大西洋における貿易を独占する。1492年、スペインの支援を得たコロンブスがアメリカを発見すると、スペインとの競争を避けるため、1494年トルデシリャス条約を結ぶ。そして、1498年ポルトガルのバスコ・ダ・ガマはヨーロッパ人として初めてアフリカ経由でインドに到達する。1502年から1503年のダ・ガマ2回目の航海で、1700トンの香辛料をインドから持ち帰る。当時、イスラムとの貿易の窓口であったベネチアが1年間に輸入していた量に匹敵する。ポルトガルはインド貿易を独占し、その延長線として、1543年、日本に到達する。またポルトガルは、19世紀までのアフリカから南北アメリカへの奴隷貿易も寡占する。

    17世紀になると、アジアとの貿易の主導権は、新興国オランダに移る。アジア向け出航数でポルトガルを凌駕する。結果的に日本にも到達し、17世紀から19世紀半ばまで、日本との貿易を独占する。そもそも、オランダは、立地上ヨーロッパ大陸における貿易拠点であった(本書では触れられていないが、オランダはヨーロッパ大陸の輸送大動脈であるライン川の河口に位置する)。1700年時点の一人当りGDP:オランダ2110、英国1405、イタリア1100、ポルトガル854

    次にイギリスの時代が来る。ヨーロッパ諸国の輸送力は、1670年時点でオランダ57万mt vs 英国26万mt、1780年時点で45万mt vs 英国100万mtと逆転する。つづくナポレオン戦争(1796年〜1815年)の余波で、ポルトガル・スペイン・オランダ・フランスはほとんどの植民地を失い、英国一人勝ちとなる。1820年時点の一人当りGDP:英国2121、オランダ1821、イタリア1117、フランス1230

    3)は、ここではあまり読まなかったが、ドラッカーによると
    ・産業革命(工業化による繊維産業の劇的生産性向上、鉄道輸送による輸送力増大)
    ・農業革命(農業生産性向上により、農業から工業へ労働者を供給)
    ・医療革命(乳児死亡率低下・寿命延長)
    ・資本主義経済の発展
    といえる。


    惜しいのは、本書はヨーロッパ史観で書かれており、東洋史観の視点が足りない。以下、私見を交えて書く。

    紀元前後においても、中国は人口最大の国であり、秦・漢から隋・唐に至るまで、中国が最強国家であったのは間違いない(本書でも紀元元年より1870年まで首位、1913年で米国・英国・ドイツに抜かれる)。そして次に覇権を握ったのは元である。元により、東洋と西洋の交流は活発になった。

    残念ながら唐以降、中国本体は衰退しており、日本では平安時代(8世紀末〜12世紀)に国風文化が花開く。紫式部を初めとする女流作家を生み出したことは、当時日本が文化的に最先端と言える。また日本では戦国期から江戸初期に当る1600年において、本書では、GDPはフランス15・イタリア14・ドイツ12>日本9.6(単位10億1990年国際ドル)としているが(p308)、当時の人口はフランス18・イタリア13・ドイツ16>日本18(p271/p277)とほぼ同等であり、日本が世界最大の鉄砲生産国であったと言われることから、国力は互角、あるいは世界最先端をいっていたかもしれない。

    中国は紀元元年より、ほぼ日本の10倍前後で人口が推移している(紀元元年で20倍、1950年に約6倍まで縮小、現在は10倍強)。購買力平価ベースのGDPもほぼ同じ比率で推移しているが、1961年に初めて日本が逆転(毛沢東の大躍進政策の失敗・日本の所得倍増計画)、1992年に中国が再逆転している(1978年からの中国の改革開放路線、日本のバブル崩壊)。

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