日本人のリテラシー―1600‐1900年

制作 : Richard Rubinger  川村 肇 
  • 柏書房
3.80
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本棚登録 : 28
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760133901

作品紹介・あらすじ

識字率20%!?江戸時代民衆の読み書き能力は、本当に高かったのか?日本教育史の議論を根底から覆す名著。

感想・レビュー・書評

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  • 江戸期の日本の就学熱、大出版ブーム、そして識字率の高さは、定性的には今も残り流通している古書、そして江戸期、特に幕末に多く訪れた、ハリスやオルコック、カッテンディーケ、アリス・ベーコンといった人々の著書からうかがい知れる。総じて多くの書物は幕末の日本人の識字率を、80%とも90%とも言われているが、諸外国の同時期のものに比べて突出してたかく、安易には引用することが憚られるほどであり、その数字の根拠が気になっていたところだった。本書はその一つの答えとなる、近世、近代の日本の教育に関する、著名で数少ない外国人研修者であるルビンジャー教授の手になる、大変な調査分析に基づく学術的に意義の高い報告である。

    この研究報告をもって、実際のところを余すことなく明らかにできたわけではなく、時間的に限られた期間に残された資料に基づき可能な限り客観的、定量的に分析を試みたと前置きした上で、江戸初期から幕末、そして明治初期にかけての分析の結果分かったことは、まずこれまでの就学率を基盤とする識字率の算出には問題があること(就学率の高さは必ずしも識字率の高さと相関がない)、そして都市部、農村部では大きな差があること、農村部においても、一部の農村指導者層、本百姓と、それ以外の多数を占める小作農との間との間には識字率の差があって、それは幕末、明治になっても残っていたこと。(これを「二つの文化」と呼ぶ)

    どうやら多くの書物で日本人の識字率の高さの根拠とされてきたのは、R.ドーア教授の著書において、1870年代の男子就学率40-50%、女子10-15%と報告している部分が拡大解釈されたようであるが、しかしこのドーア教授の、就学率=識字率という構図が日本の多くの教育研究者に取り上げられた結果として、その後多くの都道府県で郷土史の発掘を通した、新たな手習、寺子屋の発見の取り組みに火がついたということである。そのため、今も年を追うごとに地方の蔵から新たな書物が見つかるたびに、手習寺子屋の数は増え続けている。

    ルビンジャー教授は、この研究成果を控えめに、限定的なものであると繰り返し書いておられるが、教授の研究をもってようやく江戸期の教育のありようが具体的に見えてきたという点で、非常に勉強になった。そして日本全国一様に識字率が高かったわけではないことが分かったが、とは言え、結果的に改めて日本人の新しい知識への貪欲な姿勢、好奇心、緻密さ、勤勉さというものが浮き彫りとなり、日本人の本好きというのは今に始まった話ではなく、もう随分と昔からそういう文化を持っていたのだという事を改めて確認することができた。特に都市部では幕末にいたっては、それこそ上から下まで、本を読み、手紙を書き、日々の生活を高め、潤いをもたらした結果として太平の世が築かれていたことには間違いはなく、そういう都市部の人々と交流した多くの外国人は、その識字率の高さに対する驚きと、少なからぬこれらの人が訪れた中国や半島との対比において、ことさらにその様子を強調して本に記したのだろうという事が理解できる。

    R.ルビンジャー教授は、日本哲学というものを明らかにしようとされてきた南山大学のハイジック教授とともに、一度教えを請いたい先生の一人である。

  • [掲載]2008年8月10日朝日新聞
    [評者]耳塚寛明(お茶の水女子大学教授・教育社会学)
    ■格差生む読み書き能力の浸透を描く

     アメリカ屈指の日本教育史研究者ルビンジャーが観察しているのは、16世紀終盤から19世紀までの民衆、とりわけ圧倒的多数を占めた農民の読み書き能力である。定説では、江戸期日本社会は寺子屋の普及などによってすでに識字率が高く、それが明治以降の義務教育の普及と急速な近代化を可能にした。このテーゼを近代化流リテラシー研究の関心とすれば、ルビンジャーのスタンスはやや異なる。

     彼は、花押(かおう)や署名、日記、農書などの資料を駆使して、読み書き能力が社会諸層に浸透していく過程を描く。だれのどんな読み書き能力がどのように獲得され用いられたのか、そしていかなる社会経済的状況がそれを可能にしたのかに、焦点を合わせる。だから17世紀以降、農村指導層の読み書き能力が次第に農民へと浸透していく過程を明らかにするとき、地域や性別、身分による格差を伴っていた事実を彼は浮かび上がらせる。それをもたらした商業化や交通基盤整備の進展に言及する。

     同時に、読み書き能力が人々を差異化し身分を固定化する役割を果たしたことにも注目する。本書で提示された仮説群については、今後専門的な吟味を要するだろう。だが、日本社会の格差に注目した社会史的リテラシー研究の企ては、現代に連なる問題提起として評価されてよい。

     明治期、陸軍が新兵の読み書き能力を調べた壮丁調査からわかるように、江戸期の読み書き能力の格差は近代日本に引き継がれた。そしていま、自分の名前を読み書きできるという意味での読み書き能力の格差は、圧倒的に小さくなった。全国学力調査は、学力の地域格差が格段に小さくなったことを教える。

     しかし格差の歴史は幕を閉じたのではない。読み書き能力は学力へと姿を変え、地域や性別ではなく経済的文化的階層による学力格差がなお残存し、拡大する兆しを見せる。読み書き能力と同様、学力は地位の差異を固定化する道具として使われる。ルビンジャーが歴史の中に探索したリテラシー問題を、私たちの社会はまだ克服していない。

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