一四一七年、その一冊がすべてを変えた

制作 : Stephen Greenblatt  河野 純治 
  • 柏書房 (2012年11月1日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (395ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760141760

作品紹介

長い間失われていた写本。千年の時を経た十五世紀、再びその姿をあらわした書物は、世界の針路を変えてゆく…。今から二千年前、真実はすでに記されていた。ルネサンスの引き金となった書物とひとりの男との、奇跡の出会いの物語。全米図書賞、ピュリッツァー賞受賞。

一四一七年、その一冊がすべてを変えたの感想・レビュー・書評

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  • ルネサンスの勃興をこの1冊で全て説明するのは無理があるにせよもっと知られてもよい物語だと思う。ローマ時代の終焉まで古典は羊皮紙に書き移された写本が作られていたがその後ローマ帝国の崩壊とともに各地の修道院に死蔵されていた。ルネサンス期には古典に光が当たり、ブックハンターが活躍しだしたのがその一人が本書の主人公ポッジョ・ブラッチョリーニ、ローマ教皇ヨハネス23世の秘書を務めていたが当時対立していた3人の教皇を一人にするコンスタンツの公会議でヨハネス23世が逮捕され職を失った。

    ポッジョは1380年生まれで若い頃には筆写で生計を立てていたらしい。ポッジョが作るのに関わった新しい字体はその後印刷機が発明されると標準的なフォント「ローマン体」の元になっている。公証人の資格を取ったポッジョはフィレンツェの書記官長サルターティの元で古典に出会う。ポッジョはサルターティの働きかけもありローマ教皇庁に職を得る。優秀なラテン語能力と素晴らしい手書きの技能を持つ、そして法律文書を起草し清書する公証人の職はいつでも求められていた。ポッジョは順調に出世するとともに多忙な時期にも本への情熱を失わず古典の写本を続けていた。

    1415年ヨハネス23世の失脚に伴いポッジョは古典を探すブックハンティングに飛び出す、そして1417年ルクレティウスの「物の本質について」を発掘する。ポッジョにとって死蔵されている本の発掘は永遠の囚人を助け出す様なものであった。

    ルクレティウスという名はこれまで知らなかったが紀元前ローマの詩人・哲学者で原子論者のデモクリトス、エピクロス主義(快楽主義)のエピクロスの流れを酌んでいる。「物の本質について」に書かれている内容は現代ならば受け入れられやすそうなものである。
    ・万物は見えない粒子で出来ている。
    ・物質の基本となる粒子は永遠である。〜時間は限界を持たず無限である〜
    ・基本となる粒子の数は無限であるが、形や大きさには制限がある。
    ・すべての粒子は真空の中で動いている。
    ・宇宙は創造者も設計者もいない。(神の摂理は幻想である)
    ・万物は逸脱の結果として生まれる。(存在には終わりも目的も無く、全ては偶然に支配されている。逸脱がゆらぎを生み衝突の連鎖を引き起こす)
    ・逸脱は自由意志の源である。(運命の鎖を引きちぎる)
    ・自然は絶えず実験を繰り返している。
    ・宇宙は人間のために、あるいは人間を中心に創造されたのではない。
    ・人間は唯一無二の特別な存在ではない。
    ・人間社会は平和で豊かな時代に始まったのではなく、生き残りをかけた原子の戦いの中で始まった。
    ・霊魂は滅びる。
    ・死後の世界は存在しない。
    ・われわれにとって、死はなにものでもない。
    ・組織化された宗教はすべて迷信的な妄想である。
    ・宗教はつねに残酷である。
    ・天使も、悪魔も、幽霊も存在しない。
    ・人生の最高の目標は、喜びを高め、苦しみを減ずることである。
    ・喜びにとって最大の障害は苦しみではなく、妄想である。
    ・物の本質を理解することは、深い驚きをもたらす。
    ルクレティウスはこの内容を空疎な散文ではなく華麗な詩として残している。
    驚くべきことにこの詩が書かれたのは紀元前、ユダヤ教はあったにせよイエスは生まれる前で個々に上げた宗教や神はギリシャ・ローマの神なのだがこの詩が与える影響は一神教の方が大きいだろう。発見されるのがもう少し早ければ焚書にあっていたかもしれないがルネサンスを目の前にした時代に少しずつ受けられていった。ポッジョの写本がそれに一役買っている。

    この詩に影響を受けた作品や人は数多くある。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」はヴィーナスへの祈りで始まる「物の本質について」をモチーフにしている。マキャヴェッリによる写本はヴァチカン図書館に保存されている。トマス・モアは「ユートピア」でエピクロス主義に考察を加え、1600年には宇宙の無限性を唱えたブルーノが異端として火刑に処せられルネサンスは終わりを迎える。モンテーニュは「エセー」で100近くを引用し間接的にシェイクスピアにも影響を与えている。後にアイザック・ニュートンは自分は原子論者であると宣言したが、ダーウィンの進化論、アインシュタインの現代の原子論に至っては直接の影響はすでに影を潜め近代思想の主流に吸収されている。
    ルクレティウスの表現はある重要な政治文書に形を変えて載せられた。「政府の使命は、国民の生命と自由を守ることだけではなく、『幸福の追求』を支援することでもある」。ルクレティウスの原子は軌道を逸れて『独立宣言』に載せられていたのだ。トマス・ジェファーソンは少なくとも5冊のラテン語版、英語版、イタリア語版、フランス語版を持っており、世界は本質だけであり、本質は物質だけからなっている、という彼の信念を裏付けていた。そしてある手紙にこう書いている「私はエピクロス主義者である」

  • エピクロス学派。快楽主義と訳されるその哲学は、本来、人生の目的を喜びの追求とすることで、迷信から解き放たれ、死の苦しみや恐怖を克服することにあった。しかし、禁欲と死への恐怖と罪への懺悔により救いがもたらされることを説く教会の権威により、中世ヨーロッパにおいて、貶められ、その作品のほとんどが破壊された。
    1417年エピクロス信奉者であるルクレティウスが記した美しいラテン語の詩「物質の本質について」が、その哲学を永遠に葬り去ったかに見えた場所、ドイツのフルダ修道院図書館で見つかった。
    しかも、それを発見したのは元教皇秘書であり、カトリック総本山であるイタリア出身のボッジョ・ブラッチョリーニ。
    彼は、邪悪な教皇に仕える官僚でありながら、自分の理想とする古代共和政ローマの自由な空気に思い焦がれる人文主義者であり、豊かな教養と写本技術とその要職者としての立場を利用して、各地の修道院に眠る古文書をブックハンティングして歩いた。
    1415年にはフス、1416年にはヒエロニムスといった永遠に記憶される価値のある人が次々に火刑に処せられる過酷な状況下で、もう一人の価値ある人であるルクレティウスを救いだしたことが、その後のルネサンスや科学の発展への道を開く。
    「物の本質について」は、ボッティチェリに霊感を与え、モンテーニュ、ダーウィン、アインシュタインの思想を形つくった。

    ・万物は目に見えない粒子でできている
    ・物質の基本である粒子は永遠である
    ・宇宙には創造者も設計者もいない
    ・自然はたえず実験を繰り返している
    ・宇宙は人間のために、あるいは人間を中心に創造されたのではない
    ・霊魂は滅びる
    ・死後の世界は存在しない
    ・われわれにとって死はなにものでもない
    ・組織化された宗教はすべて迷信的な妄想である
    ・宗教は常に残酷である
    ・天使も、悪魔も、幽霊も存在しない
    ・人生の最高の目標は、喜びを高め、苦しみを減ずることである
    ・喜びにとって最大の障害は苦しみではなく、妄想である
    ・物の本質を理解することは、深い驚きを生み出す

  • 原子論という概念がどれたけ人を解放したか。それが大きなテーマ。宗教的な束縛からの解放。神話や盲信に捉われることなく。人は宇宙の一部であり、ほかの生物や物資と変わりなく、生きては死んでいく無常の存在。死んだら原子に分解されて、宇宙に還っていく。ゆえに今生きていることを楽しむこと。原罪を押し付けられ、生の喜びを否定する宗教の教義に束縛されていた人たちを、ある意味、救済した。腐敗した宗教vsなんてお話。

  •  ルクレチウスが『物の本質について』を書いたのは,紀元前のことらしい。そのルクレチウスは,さらに前の時代に生きたエピクロスから影響を受けたという。
     紀元前の時代から生きていた「原子論」の考え方,それが,キリスト教の時代に一度は葬り去られたのだ。
     本書のタイトルにある1417年というのは,まだまだキリスト教全盛期である。そんなときに,ある人文学者が修道院の図書室から『物の本質について』を発見し筆写する…。その人文学者の名前はポッジョ。この物語はポッジョを主人公として進められるが,時代が時代なだけになかなかスリリングな展開を見せるのだ。
     私は,ルクレチウスやエピクロスに興味があって本書を手に取ったが,そうじゃないひとたちにも,十分楽しめる内容になっている。
     中世のいろいろな哲学者の名前(教科書で習った人たち)も,キリスト教やルクレチウスと絡み合いながら出てくる。
     最終章にはトマス・ジェファーソンまで登場するという壮大なノンフィクションである。

  • ローマ教皇庁(ヴァチカン)の公文書書記官だったボッジョ・ブラッチョリーニ(1380~1459年)。彼が発見した古代ローマ詩人・哲学者ルクレティウス(bc94~bc55)の著書「物の本質」を巡って壮大な冒険ロマンが描かれています。その切り口は斬新で、時空を分断した短い断章ごとにひとまとまりのストーリーになっています。それらをパズルのように組み合わせて楽しむことができるのが本書の最大の魅力で、続けて二度読みするほど好奇心をそそられた私。

    「死の不安にとらわれて一生を送るのはまったく愚かなことである。それは人生を楽しむことなく、未完のまま終える確実な方法である」(ルクレティウス)

    万物は目に見えない粒子(原子―アトム)でできていて、結合、分解、再分配を絶えず繰り返している。宇宙には創造者も設計者もいない。宇宙は人間のために、あるいは人間を中心に創造されたものではない。死後の世界は存在せず、人生の最高の目標は、喜びを高め、苦しみを減ずること。物の本質を理解することは、深い驚きを生み出す……といったルクレティウスの本の概要もひじょうにわかりやすく紹介しています。

    古代ギリシャ哲学者エピクロスの唱えた原子論的自然観を引き継いだルクレティウス。実際、「物の本質」をながめてみると、確かに哲学なのですが、その詩のあまりの美しさにびっくり。ウェルギリウスにも匹敵するほど格調高く流暢で、モンテーニュも「エセー」のなかで絶賛していることに頷いてしまったほど。彼のみならず、ボッティチェリ、ダーウィン、アインシュタイン、ガリレオ……といった人々に多大な影響を与え、人間復興に向けたルネサンスの大きな原動力にもなっていたことを知って感激です。ブックハンターのボッジョの歓喜はいかばかりだっただろう~と想像すると、わくわくして笑いがとまりません。

    思えば中世ルネサンスから現代にいたるまで、人類の科学技術は飛躍的な進歩を遂げています。社会的動物だった人間は個人へと発展しながら、その一方で急速に進化、細分化していく高度な技術や経済システムや巨大情報ネットワークに呑み込まれてしまい、次第にうつろで鈍くなり孤立してしまったように思えます。どこか見ず知らずの国々の紛争や内戦を映画やCGゲームのようにながめ、エネルギーを搾取され温暖化しながら老いていく地球を遠い火星の出来事のように想い、この地上からひっそり姿を消していく多くの種や生き物を現実感のないまま受けとめている……。目に見えない想像上の高い柵やら壁が広がりを見せているこの狭い地球で、はたして人は和平のなか世界(の公共性)と繋がることができるのかしら? 人間性の回復を希求したルネサンスのような新たなうねりは地球規模で起こりえるのだろうか? な~んて、ひどく稚拙な想いにふけりながら楽しく読了しました。

    この本は、ボッジョの生きた激動の時代背景を知ることができるととともに、ルクレティウス「物の本質」のガイダンスとしても有用な二倍お得な良書です♪

  • 本作品はローマ教皇庁の書記官であるポッジョ・ブラッチョリーニがルクレティウス『物の本質について』に出会いルネサンスへ静かに伝播し思想のDNAを書き換え転回をもたらす物語である。

    中世の西洋人が生涯に得る情報量は新聞一日分であった。1445年にグーテンベルクが活版印刷技術を発明するまで、本は非常に貴重であった。ゆえに知識欲に飢えた者たちは貪る様に読み、それだけに本には世界を変える力があった。

    当時のキリスト教の影響力は絶大で、情報寡少は思想統制につながり、修道士や教皇庁は権力を謳歌していた。自身は酒池肉林に溺れながら魂は滅せず永久の平穏のため受難こそ信仰の真髄と謳う者にとって、エピクロス主義の喜びを高め苦痛を減ずる、魂は滅びる、物質は原子から成り立つ、という思想は危険極まるものであった。本来は焚書となりかねないが、ここで興味深いのは『物の本質について』の思想的拡がり方だ。ポッジョ含め人々は本の内容ではなくラテン語の詩的美しさに魅かれたのである。写本や熟読するうちに血肉となり静かに淡々と染み入り科学革命の一助を担うこととなる。この芸術性に気付いた者だけが『物の本質について』の価値を認め、本髄の思想的価値を得ることができた。ゆえにルネサンス文化に広まった。ゆえにカトリックの禁書とはならなかった。

    Before Christに生まれた一冊の本が1500年のときを超え人々に新しい価値観をもたらす。リチャード・ルーベンスタイン『中世の覚醒』ではイスラム文化を通じたアリストテレスの再輸入が語られていたが、また別の形でキリスト教的思想の転回を生み出した。言葉の持つ力はなんと大きいことか感じさせられる物語である。

  • ルネサンスの話。切り口が、鮮やかだが、とりたてて、新しい驚きがある訳ではない。翻訳は、ひどくはないが、上手ではない。日本語として、こなれていない。
    タイトルもどうかと思う。

  • [逸れて、乗る]時は1417年。イタリアの教皇秘書を務めたこともあるブックハンターにより「発見」された古代ギリシアの作品『物の本質について』は、写本の形を経て次第に中世キリスト教社会に影響を及ぼし始める。無神論や現世主義を先取りしたようなその一冊は、ついに価値観の劇的な変換への導き手となり......。中世と近代を分けた偶然をスリリングに記し、ピューリッツァー賞を受賞したノンフィクション作品。著者は、シェイクスピア研究の第一人者でハーバード大学で教鞭を取るスティーヴン・グリーンブラット。訳者は、ノンフィクションの快作の翻訳を多く手がけている河野純治。原題は、『Swerve: How the World Became Modern』。


    知そのものに焦点を当てた異色の一冊として高く評価できるかと。本書中の主役とも言える『物の本質について』が書かれ、読まれた背景、さらにはそれが及ぼした影響を縦糸で紡いでいくと、見事に中世から近代へ"Swerve(逸脱)"が果たされた足跡がわかり、知的興味が絶えず刺激された読書体験でした。


    ルネサンスの幕開け前の中世キリスト教社会、特にローマの教皇庁を中心とするそれがどのような世界であったかを覗くことができるのも本書の魅力の一つ。現実とここにはないどこかとの葛藤に悩みながら、それでも否応なくそのどこかの方へと惹かれてしまう人間の、雄々しくも切ない感情がブックハンターであるポッジョの歩みによく表れており、一人の人間をめぐる作品としても十二分に楽しめました。

    〜ここで言う自由は、政治的自由とか権利の概念、言いたいことをなんでも言える許可、好きな場所へ移動できる能力などとは関係がない。むしろ世間の重圧を逃れて内向し-ポッジョ自身は野心を持って世間にかかわっていたが-別個の空間にすっぽりと身を潜ませる経験のことである。ポッジョにとっての自由は、古代の本に没頭することだった。「私には本を読む自由がある」〜

    私もその自由を奪われない一年にしたい☆5つ

  • 春日井図書館
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