サリンジャーと過ごした日々

制作 : Joanna Rakoff  井上 里 
  • 柏書房
3.57
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本棚登録 : 79
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (367ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760145744

作品紹介・あらすじ

『ジェリーだ。きみのボスに話があってかけたんだけどね』…わたしがとった電話の相手は、J.D.サリンジャー。90年代、ニューヨーク。古き時代の名残をとどめる老舗出版エージェンシー。老作家の言葉に背中をおされながら、新米アシスタントが夢を追う。本が生まれる現場での日々を、印象的に綴った回想録。

感想・レビュー・書評

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  • 最高によかった。オールタイムベストに入る!
    いや、これ、実話だったんだね! 知らなかった。。。
    舞台は1990年代、大学院を出たばかりの主人公の女性がニューヨークの出版エージェンシーで働きはじめる話だけど、この出版エージェンシーの話がとにかくものすごく興味深かった。どういう仕事をしているのか、とか、どうやって新人の原稿が出版されるようになるのか、とか。
    主人公がわけもわからず下っ端として雑用をこなしていったり、お金がなくていろいろ節約しつつ、ランチを食べたり買い物したり、こまごました生活の描写もリアルでものすごく楽しかった。いつまでも読んでいたかった。ニューヨークの街並みの描写も素敵。
    主人公は文学の修士号を持ってて子どものころから本好きで、自分でも詩を書いて、恋人も小説家志望だから、いろいろな本の話が出てくるのも楽しいし、本や文学を愛するっていう気持ちもすごく共感できる。
    で、エージェンシーが代理をつとめる作家のひとりにあのサリンジャーがいて、主人公は、隠遁しているサリンジャーと電話でやりとりしたりもするようになる。わたしは実はサリンジャーってどうも苦手でいつ読んでもぴんとこない感じなんだけれど、この作品読んで、もしかしたらもう一度読んだらよりよく理解できるかも、って気もしてきた。。。

    サリンジャーとの話よりも、主人公やその友人や恋人がみんな、就職したりしなかったり、結婚したりしなかったり、社会に出てそれぞれ変わったり変わらなかったり、っていう、もやもやした話が大好きだった。なんだか読んでいると胸に迫るものがあるというか。将来は不安だらけだし、まだ子どものままでいたいし、枠にはまりたくないし、情熱もなくしたくないし、自分のことがわからないし、変わりたくないけど変わりたいみたいな気持ち。全然説明できなくてバカみたいだけれど、とにかく好きとしか言えない。。。
    いや、ほんとに、感想なんて書けないくらい好きだ!

  • 恋人と別れ、留学先のロンドンから故郷に戻ったジョアンナは、ニュー・ヨークの出版エージェンシーで働き始める。仕事は、ボスがディクタフォンに録音した手紙をタイプすること。それとジェリー宛に届く手紙に定型文の返事を書いて出すことだった。採用にあたり、ボスからは厳重に注意されていた。ジェリーについて質問してくる相手には、住所も電話番号も絶対に教えては駄目、すぐに電話を切ること、と。指示に対して「はい」と答えたジョアンナだったが、彼女にはジェリーとは誰のことなのかよくわかっていなかった。

    無理もない。ファクスもコンピュータもなく、ディクタフォンとタイプライターで仕事をしている1950年代を思わせるオフィスだが、舞台となっているのは1996年で主人公は二十三歳だ。J・D・サリンジャーは、新作を発表しなくなって長かった。人前に姿を現すこともなく、引退した作家のように思われていた。それに、「難解な本質を追求しようとする小説」が好きな彼女にとっては「サリンジャーの作品は耐えがたいほどキュートで、やりすぎなほど捻りを効かせ、そして気取っている。なんの興味も持てなかった」。

    それが、実際にサリンジャーの電話を受けてみると、思っていたのとはちがって、気取ってもいなければ偏屈でもない。それどころではなく、詩を書くことをすすめられ、仕事は朝早くからするに限ると教えられる。慣れてくると、サリンジャー宛の手紙のなかに定型文の返信を返すだけではすまないような気がして、作家に代わり、自分の署名で返事を書くようになる。少しずつサリンジャーとの距離がちぢまってゆくのだ。

    先に言っておくと、主人公の名が作家と同じであることからも分かるように、これは純然たるフィクションではない。ジョアンナはエージェンシーであった時、あのサリンジャーと電話で話をしただけでなく、実際に顔を合わせるという貴重な経験を持つ。作家になってから、若かった当時を思い出し、できるだけ事実に忠実に書き上げたのがこの作品だ。そういう意味で、フィクションとしての価値は括弧に入れなければならないが、サリンジャーの「ハプワース」という作品を新しく本にして出すという降ってわいたような企画に振り回される顛末を、自身の当時の恋愛や友人関係を絡ませ、小説仕立てにしてみせた意欲作だ。

    小説家を目指すものなら、サリンジャーとの出会いというネタを使わないという手はない。事実なのだから、できるだけ手を加えず、そのまま提出する方がより価値を持つにちがいない。そうはいっても、そこは作家。読ませるに足るものに仕上げなくては出す意味がない。そこで、ジョアンナという若い女性の成長に光を当てる。人間として人を見る目。その目が育つに連れ、すぐ傍にいる恋人の姿がだんだん遠ざかってゆくのが痛いほど分かる。もうひとつは、サリンジャーとの関係だ。今まで読んでこなかったサリンジャーの作品を読むうちに、その評価が変わってくる。評価というのではない。読者を客体としてではなく、主体として扱うのが、サリンジャーの小説だ。そこでは、誰もが人物に自分を重ねる。そして、作家に手紙を書きたくなるのだ。この人なら分かってくれるにちがいない、と思って。

    ニュー・ヨークを舞台にした洒落た小説はいくらもある。そういう外見は借用しているが、内実は学費の借金返済に追われ、アルバイトで食いつないで小説を書いている男と、暖房設備すらないアパートで同棲中の女の話。どうしたって暗くなりがちな題材を、エージェンシーとして働く若い女性のスキルアップという面で撥ね返し、いきいきとした日常をすくいとってみせる技術はたしかなものだ。特に、人物を描くのがうまい。どう見てもダメ男のダンと何故一緒にいるのか分からないまま同棲を続けるジョアンナの葛藤はリアルだ。ボスや先輩の人物像もシャープで、実際に人物が見えるように描けている。モデルがあるのだからという意見もあるだろうが、それを文章で表すことができるかどうかはまた別だ。ここには魅力的な人物が多数登場する。

    訳には少し注文がある。若い訳者なので知らないのだろうが、ウディ・ガスリーの息子はアルロではなく、アーロ・ガスリーだ。それと何度も出てくる「ゆいいつ」は、漢字で「唯一」と書くか、別の訳語をいくつか試した方がすわりがいいのではないか。全体的には、きびきびしたテンポのある訳になっているように思う。書棚のどこかに埋まっているサリンジャーの小説。久し振りに探し出して読んでみたくなった。

  • ニューヨークの凛とした空気の中、一人の女性が颯爽と歩いていく。
    とあるビルのコーヒーショップに立ち寄り、エスプレッソを買う。そして、木製の大きく分厚い扉を開き、オフィスに入ってほっと一息。
    オーク材のデスクの周りの壁には、天井まで届く書棚にびっしりと本が並ぶ。
    ここは小説家の代理として作品を売り込む出版得エージェントの事務所。
    気難しい、女性のボスのいいつけで彼女の手紙をタイプする毎日。でも、最近少しずつ事務所に届く原稿を読ませてくれるようになった。
    このエージェントの最大の顧客は、J.D.サリンジャー。
    作者が、こんな舞台のなか、1年間をアシスタントとして過ごしたメモワール。
    出版エージェントの仕事、ニューヨークでの生活、そしてもちろん、ジェリー(サリンジャー)をめぐるいくつかの重要なエピソード。
    それらが、とてもリアルに描かれていて、ニューヨークの朝の冷たい空気、少しかび臭く、煙草の匂いが残る事務所の匂い、そして彼女の収入でやっと買えるようなサンドウィッチのチープさなんてものが、そこにあるように感じられた。
    サリンジャーを読んでいて、ニューヨークでばりばり働く女子について関心を持てるのであれば、面白いと思います。ちなみに、彼女はサリンジャーを読んだことがなかった。

  • 「ライ麦畑でつかまえて」を十代で初めて見たとき、「私のこの世での友達はホールデンしかいない」って思った。でも今はその青さが眩しく思える。
    閉じ込められた時間の中で、サリンジャーに届かないファンレターを書く人と、こっそり返事を書いてしまう主人公。

    リアルで、ありうる、ロマンス。

  • ジョアンナ・ラコフという作家が、最初に就職した出版エージェント会社での体験をもとにしたフィクション、というところか。

    彼女のボスがサリンジャーを担当しており、彼女も電話でサリンジャーとやりとりすることになる。

    サリンジャーは長く隠匿しており、彼女はアシスタントとして節度を持って、ミーハー心を出すなとボスから釘をさされる。
    本人は詩を書いていて小説にももちろん興味を持っている(エージェントになろうとするくらいだから)が、サリンジャーは読んだことがない。

    サリンジャーとの電話での短いやり取りや急に持ち上がった彼の新刊刊行に関するエピソードを背景に、彼女の人生が語られる。

    彼女は世界中から送られるサリンジャーへのファンレターへの対応をするのだが、「日本とデンマーク、そしてオランダからの手紙は何通もあった。なかでも日本人はホールデンが大好きだった」とのこと。
    またやはり高校生など、ホールデンの世代が多いが退役軍人(サリンジャーと同世代)からのものもある。
    サリンジャーは一切そのような手紙にも目を通すことはない。

    だが彼女が電話で話すサリンジャーは偏屈な人物ではなく、耳が遠くて声が大きいが基本的に親切な人物である。

    最初読み始めた時は1950年代くらいの話かなとら思うのだが、インターネットの導入の話が出たりして、舞台は1990年代後半と分かるところも、意識的な仕掛けなのか、面白い。

    「サリンジャーの年(原題)」というタイトル、電話で話すだけだしどうかなあと最初は思うのだが、小説の後半で彼女の人生とサリンジャーの作品の関わりが出てくるところが良い。

    僕も、「キャッチャー」の熱心な読者ではないけど、セントラルパークのカモを見に行きたいなあと思いました。

  • 「ライ麦畑でつかまえて」などを書いた作家、サリンジャーを担当する出版エージェントに勤める新米アシスタントの回想録。サリンジャー自身は少し変わった人物で公に姿を現すことは滅多になく、謎に包まれた人だったようだ。この本からは彼の人柄が感じられるが、なんだか素敵な人物なような気がする。

  • 大学院を出たばかりの女子が初めて勤めた会社がサリンジャーの出版エージェンシーで、そこでの体験とその頃の若い自分の回顧録、という感じでしょうか。
    主人公は一大決心でいろいろチャレンジして大波乱な毎日という感じなんだけれど、読んでいる私にはそれ全部自分で種蒔いて摘み取れないだけじゃん、としか思えなかった。
    でも、サリンジャー周囲のこと、出版エージェンシーという会社のことを知ることが出来たので良しとします。やっとサリンジャーを読みたくなりました。
    装丁は芥陽子さん。中身より装丁の方がステキ。

  • サリンジャーを読んだことがなかった文学少女が、出版エージェンシーに就職し、サリンジャー担当のボスの下で働くという話。
    主人公やその友人達や彼氏、元彼との関わりも描かれていて、前半は、ニューヨークでおしゃれに働く20代の若者の生活が主題のような感じだが、後半のサリンジャーの作品を一気にすべて読み切るあたりからおもしろくなった。
    20代だが、まだ感性の若い主人公がサリンジャーの本から受けた影響は小さくなかったようだ。
    私は30代になってからサリンジャーを読み、あまりぴんと来なかったが、アメリカ人にとってサリンジャーは、かなり特別な存在なんだということが、この小説を読んでよくわかった。

  • 請求記号: 930.28/Rak
    資料 I D : 50079479
    配架場所: 図書館1階西 学生選書コーナー

  • 就業した出版会社のボスは部下を単なる手先としか扱っていない風だし、恋人のダンはヒモとしか思えないよ。友人のジェニーだって、今では君と過ごす時間をどれほど有意義だと感じているのか。父親なんて、貧困に堪える娘にこれまでの養育費の借銭をすべて押し付けるなんてあんまりだ。ジョアンナ、本来は君を支えるべき人たちって、そろいもそろってどうなのさ。もっとも、君だってサリンジャーとのこの程度の関係で“過ごした日々”とは無茶だと思うがね。“サリンジャーのファンレターに触れた日々”ってほどのことだろ。

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