フィラデルフィア染色体―遺伝子の謎、死に至るがん、画期的な治療法発見の物語

制作 : Jessica Wapner  斉藤 隆央 
  • 柏書房 (2015年9月1日発売)
3.60
  • (0)
  • (3)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
  • 本棚登録 :26
  • レビュー :4
  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760146192

作品紹介

この事実発見までの長い道のりと、治療薬、グリベック開発にまつわる研究者と製薬会社の対立と苦悩の物語を追いかけたノンフィクション。1959年、染色体自体が解明されておらず、調べる器具もなかった時代に、偶然の重なりから遺伝子の変異とがんの発生の関係が見つかる。そこから今日までの長い研究と治療薬開発の物語がはじまった。

フィラデルフィア染色体―遺伝子の謎、死に至るがん、画期的な治療法発見の物語の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • <がん分子遺伝学の黎明期と、最初の標的薬誕生までの道のり>

    白血病というと、かつては不治の病の代名詞で、一昔前のテレビドラマでは薄幸のヒロインが罹る病気の代表でもあった。今でも手強い疾患であることに違いはないが、しかし、薬による治癒の道も拓けてきている。
    がんの根底に遺伝子があり、そしてその遺伝子の作用を抑えることが出来れば、治るがんもある。
    これは、それを示した1つの薬と、それを世に送り出すために尽力した人々の物語である。

    その名はグリベック(Gleevec)。一般名はイマチニブ・メシル酸塩(Imatinib mesylate)。一部の慢性骨髄性白血病に対する薬である。この疾患の徴候となるのが本書の表題のフィラデルフィア染色体である。
    染色体というと、イモムシを思わせる形のものが2つで対を作ったものである。大きさの順に並べられ、番号が付けられた写真を見たことがある人もいるだろう。この数は種によって異なり、ヒトには46本(23対)ある。大きさや、染色剤で処理した際の縞模様の現れ方により、それぞれの番号の染色体を判別することが可能である。
    遺伝子を乗せた染色体には、ときどき異常が生じる。その結果、重篤な疾患を引き起こすことがある。9番目と22番目の染色体の一部が入れ替わった(転座)フィラデルフィア染色体もその一例で、「異常」な22番染色体は、「異常」な酵素を作る。その結果、白血病が起こることがわかっている。
    だが、それが判明するまでには、いくつものパーツが必要だった。染色体をきれいな形で見られる技術。染色体が遺伝子を担うという事実の判明。がんと遺伝子の関係。がんとウイルスの関係。ウイルスと遺伝子の関係。悪性腫瘍を生み出す遺伝子が作るタンパク質。細胞内の活動の「スイッチ」の判明。
    多くの人々が、暗闇の中で手探りをするように、ゴールのわからぬまま、手に届く範囲の事柄の「謎」を少しずつ少しずつ突き止めていく。
    さまざまなパーツが噛み合って生じた大きな絵には、以下のような図が現れていた。
    転座によって生じたフィラデルフィア染色体は、活性が高い「チロシンキナーゼ」と呼ばれる酵素の元となる遺伝子を生じる。チロシンキナーゼ自体は正常な細胞にもあるものだが、この染色体が作る酵素、Bcl/ablの異常な点は、「常にオン」であることである。とにかくひたすら働き続けるのだ。これが働いている細胞もまた、常に増殖状態となる。すなわちがん化である。
    ここまでを描くのが、本書の最初の1/3ほどである。

    それでは、この酵素を抑えることが出来たらどうか。そんな薬があったら、このがんを止められるのではないか。
    フィラデルフィア染色体が生む異常な酵素、Bcl/ablを止めることができる分子を捜せ。
    こうして見つかってきたのがグリベックの元になる化合物である。一般名のイマチニブの語尾、「inib」は、阻害剤(inhibitor)を示す。イマチニブはこうした作用機序を持つ薬剤、分子標的薬(ある分子を抑えることを目的とした薬)の先駆けであり、以後、いくつかの「~(イ)ニブ」が登場している。(「~マブ」という標的薬もあるが、「~ニブ」系が低分子量であるのに対して、こちらはモノクローナル抗体である)。
    この発見に至るまでがもう1つの山である。

    しかし、薬剤候補が見つかっただけでは終わらない。世に出るまでには、有効性・安全性の試験が必要である。こうした試験には費用が掛かる。製薬会社がこれに踏み切るかどうかは、かなりシビアな見極めを要する。ましてやグリベック(イマチニブ)は、それまでにない発想の、それまでにないタイプの薬だった。「候補」が本当に薬として適切かどうかわからない中、薬剤発見者・患者・製薬会社間のそれぞれの思惑が交錯する。
    これが本書最後の山となる。

    結果として、世に出たグリベックは、非常に優秀な薬だったといってよいだろう。
    フィラデルフィア染色体を持つ人の症例では、ほとんど完全な血液学的寛解を示すことも多かった。Bcl/ablが抑えられた結果、フィラデルフィア染色体を持つ細胞の異常な増殖が止まり、ある程度の期間、服用した後は、フィラデルフィア染色体がほぼ認められなくなる人もいたのだ。

    もちろん、現在でも、どんなタイプに対しても、薬でがんを抑えられるという状況にあるわけではない。グリベックが効くはずのタイプのがんでも、耐性のものが出てきている例もある。ただ、がんという疾患にこうして向かう道もあることを示した点で、グリベックの果たした役割は大きい。

    1つの疾患とその薬を切り口として、細胞・遺伝子研究と薬剤開発の歴史を俯瞰する、広がりのある読み物である。

  • 正直すらすらとは読めなかった。この本にはしおりが二枚必要だった。一枚は今読んでいるところをマークするために、もう一枚は巻末についている「用語集」を参照するためだ。

    化学者が好きなように合成物質を作る。それが何かの役に立つとかお金になるとか考えることなく興味の赴くままに面白そうなことを、知りたいと思うことを研究することができた時代がかつてあった。それぞれの研究結果がパーツとして集まり、白血病の原因を特定し、芽球を作り続けるスイッチをオフにする化学物質を設計し合成するところまでを読むのはなかなか大変だった。
     オレゴン州ポートランドのドラッカー医師の治験の部分に入ると読書も急にはかどり、どんどん読み進められる。

    化学合成物質をヒトが使う「薬」にするまでにかかる安全性試験と事務仕事は膨大だ。薬の剤形を決め12もの反応経路を使って製剤することに関しては「パイライン」と書かれているだけであるが工場で「薬」を作るラインを確保してしかもそれがまだ売り物ではなく何年も治験にかかるとなると費用がどうなってしまうのだろうと素人ながら思わざるを得なかった。

     患者自身が製薬会社に「オンライン請願」するという制度もできたばかりで、インターネットが一般に使われ始めたことがプラスに働いた。
    つぃちょうの悪い中請願のために患者組織を作る人、治験が「あなたの病を治すためのものではなく純粋に科学のために行われる」と説明されてもあとの人のためになるならとサインをする患者たち、こうしたボランティア精神はどこから出てくるのだろう?

  • 序文がワインバーグさん→読まざるを得ない

全4件中 1 - 4件を表示
ツイートする