「日本の伝統」の正体

著者 :
  • 柏書房
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本棚登録 : 332
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784760149339

作品紹介・あらすじ

「日本の伝統」はいつ、いかにして創られ、私たちはどのようにして、受け入れてきたのか?初詣、神前結婚式、恵方巻、ソメイヨシノ、大安・仏滅、三世代同居-フェイクな「和の心」に踊らされないための、「伝統リテラシー」が身につく一冊!

感想・レビュー・書評

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  • 伝統を大切に思う気持ちは素晴らしいことだけど、それってホントに「伝統」なの? という視点を養うのにもってこいな本。

    例えば「恵方巻き」。
    私は「昔から関西にあったらしいけど、なんかコンビニが無理矢理なカンジで全国モノにして年中行事に仕立てたよねー」という程度の認識でしたが、” 関西育ちの人でも「最近はじめて知った」という人もいる” とのこと(本書31ページ)で、ビックリ。
    どうやら、昭和初期に寿司業界、戦後に海苔業界、そして現代のコンビニ業界がそれぞれ流行させようとしてきた歴史があるようで、とても興味深い話でした。

    この他、「忍者」「江戸しぐさ」「京都三大祭り」「演歌」などなど、よく見かける「伝統」について、その起源を辿りながら、それが「伝統になっていく経過」を軽妙な語り口で綴られているので、面白く楽しく、時に吹き出しながら読めてしまいます。
    単に「こうなんだよ」と結論を示すだけではなく、変化の足取りを解説してくれているので、帯文にあるとおり、まさに「伝統リテラシー」が身につく気がします。

    この本を読んでおけば、「伝統は素晴らしい!昔っからこうだったんだから、そのままであるべきだ!」なんていう、薄っぺらで硬直した思考にならずにいられるかもしれません。

  • 「伝統」で思考停止しないための基礎資料。今後「日本伝統の」と聞いたら途端に眉に唾つけるようになるだろうし、伝統を振りかざす人たちへの視線が生温かくなることだろう。
    読んだ上で「100年持ったなら十分に伝統だ」と思うもよし。本物の伝統を見つけて守るもよし。そのためには権威に盲従せずにきちんと調査して裏を取ること。

  • 「これは伝統だから」
    という言葉に弱い。
    何か新しいことをしようと思っても、「伝統に反する」と言われると、意欲が萎えます。
    逆に言うと、伝統を振りかざしていれば、これほど強いことはない。
    長年の風雪に耐えてきた伝統には、重みがあります。
    でも、その伝統って、本当に伝統?
    そんな疑問に答えたのが本書。
    たとえば、元号。
    今上陛下の退位に伴い、間もなく「平成」が終わります。
    このように、「一世一元」になったのは明治以来。
    明治より前は、かなりいい加減だったらしいです。
    たとえば、奈良時代には「霊亀」「神亀」「天平」「宝亀」と、55年で4回も元号が変わりました。
    理由は、「珍しい亀をもらったから」。
    がくっ。
    さらに、西の空に縁起のいい雲を見つけたと言っては「慶雲」に改元、めでたい雲が現れたと言っては「神護景雲」に改元、伊勢に美しい雲が現れたと言っては「天応」に改元と、かなりメルヘンチックです。
    古来の伝統と思われがちな初詣も、たかだか120年の伝統でしかありません。
    「その日は仏滅だから」「大安だからいいわね」と、冠婚葬祭の日取りを決めるのに絶大な影響力のある「六曜」。
    中国から日本に伝わって680年の歴史がありますが、現在の名前と順番になったのは180年前(仏滅はここから始まりました)です。
    幕末には暦に付けられ流行しますが、明治に入ると、「迷信入りの暦」だとして政府によって禁止されてしまいます。
    で、復活してから、わずか75年しか経っていません。
    ちなみに福沢諭吉は、六曜を迷信だとしてケチョンケチョンに貶しています。
    「これは伝統だから」と訳知り顔で言われたら、「それって本当に伝統ですか?」とツッコミを入れてみるのもいいかもしれません。

  • <目次>
    まえがき  「これが日本の伝統」は、本当か?
    第1章   季節にすり寄る「伝統」
    第2章   家庭の中の「伝統」
    第3章   「江戸っぽい」と「京都マジック」
    第4章   「国」が先か?「伝統」が先か?
    第5章   「神社仏閣」と「祭り」と「郷土芸能」
    第6章   「外国」が「伝統」を創る

    <内容>
    「へぇ」がいっぱいの本。」そして、「伝統」を言い募る人々の「ウソ」の軽さがわかる本。「美しい国日本」なんてないから。この本が「なんちゃって本」かというと、そんなことはない。きちんと調べてる。特に、「マトリョーシカ」と「箱根細工」の関係は本当に「へぇ」だった。
    「伝統」とは?その定義をちゃんとしないとね。もちろん、人によって違うだろうけど…。よく言い募っている政治家たちは、「江戸時代」以前のような口調で、明治~戦前のことを言い募っているよね。ああ、確信犯か…。

  • 思っていたよりずっと、色んな事柄がつい最近定着したばっか、みたいな感じ。
    日本ぽい事とか和風な感じの物を無闇やたらと有難がるのが馬鹿馬鹿しくなった。
    一番笑ったのは、京野菜の万願寺とうがらしが、伏見系トウガラシとアメリカのトウガラシの掛け合わせだったって話。

  • ●察するに、武力を背景に押し寄せてくる欧米列強(西洋)に、日本が一国のみで立ち向かうには、心細かった。西洋に伍する「東洋」という大きな概念があると心強い(言わずもがなだが、当時の中国=清は、すでにアヘン戦争を機に西洋に食い物にされ、ボロボロになっている)。迫りくる外国に対して、日本には「東洋」が必要だったのだ。(日本は東洋なのだろうか?)
    ●彼がドイツに留学している時、「日本の学校には宗教教育がなくて、どうやって道徳教育を授けるのか?」と言われたことで(おそらくは、カチン!ときて)考え、その後十年ほどたってアメリカにいる時、「日本には武士道がある!」と著した(武士道はあったのか?)→「武士道」読後の感想と同じ。
    ●1970年代、演歌は「新ジャンル」となって生まれ直したのだ。すると、それまで「民謡調歌謡曲」や「日本調歌謡曲」だった歌手たちは、自らのスタイルを意識的に「演歌」に寄せていく。歌い方のこぶしや唸りは「情念」を表し、ステージ衣装の着物は「日本」を表す。いつの間にか、こうした歌手たちはずっと昔から「演歌」を歌っていたような気がしてくる。青江三奈も、八代亜紀も、前川清も、デビュー以前はクラブ歌手としてジャズやオールディーズを歌い、そういうジャンルが好きだったのに、だ(だからみんな、成功したあとは、ビックバンドを従えたジャズアルバムを出している。(演歌は「日本人の心の歌」なのか?)

  • 子供の自由研究の題材に良いな、これは。

  • あとがきに筆者が書かれていることが、この本のすべてを語っていると思う。
    「これが日本の伝統」に乗っかるのは楽チンだが、「本当にそうなのか?」と自分の頭で考えてみる、ということ。
    「伝統」という名にひれ伏し、なんの疑問も持たず、もてはやしがちな、今の多くの日本人。もっと自分の頭で考えないと、それを利用しようとする人の思うツボだよということを改めて確認させてくれた。
    読みやすく軽く書かれているけれど、おっしゃろうとしていることはとても重く大事なことだと思う。

  • その「伝統」は本当に昔からのものですか!!
    「伝統」と言われるものの歴史を紹介し、「伝統」として重んじられるようになるマジックを解き明かした一冊。
    とても読みやすい本で、一気に読めました。

  • 『伝統』と言うけれど本当はどうなの?という、疑問がすっきり。
    あとがきにもあっけれど
    『「伝統があって、人間がある」のではなく「人間があって、伝統がある」。人は伝統の下僕ではありません』

    ほんま、これ。
    これにつきる。

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著者プロフィール

山口県出身。第一回「星新一ショートショートコンテスト」入選を機に作家となり、その後、脚本家・放送作家としての活動に入る。歴史関係の著書も多く、本書の旧版である『歴史Web』(日本文芸社)や、『「超』日本史』(扶桑社)、『笑ふ戦国史』(芸文社)、『1時間でパッとわかる なるほど現代世界史』(静山社)、『日本人はなぜ破局への道をたどるのか?』(ワニブックス)などがある。小説では、『ラジオな日々』(小学館)、『笑う20世紀』(実業之日本社)など。近著は『あなたに似た街』(小学館)。

「2016年 『【悲報】本能寺で何かあったらしい……光秀ブログ炎上中! 歴史Web2.0』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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