• Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784761531706

作品紹介・あらすじ

なぜこんなにも現代の日本の風景は貧しいのか。それは日常の暮らしが滲み出た風景=生活景を見失ったからだと本書は提起する。地域に蓄積された歴史や文化を内包する生活景は、景観の地模様となり、コミュニティを育む媒体ともなる。気づかないまま失いつつある生活景を価値づけ、その可能性を共有する手がかりを提示する。

感想・レビュー・書評

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  •  生活、身の回りにおきている環境問題を建築学会が特集した本。

     都市景観では、国立とおなじように、従前、ゆるい規制はないが、内輪でルールをつくってきたのに、急に大規模な敷地が外部の人間やマンション業者にわたって、建築基準法上は合法なマンションがたって、反対運動がおきるけど、適当なところで和解する、ひどいときはそのままたってしまうというのが、生活景を、めぐる一つの重要な課題であることがわかる。

     何人かの学者がその点を指摘している。しかし、それに対して、制度的な提案が何一つない。何がわるいのか、なにが足りなかったのかという問題意識はなにのか。

     FB友達の上村さんは地区計画なんか、事前にかけようとしても難しい。急にそういう事業計画がでてきても対応できないと言っている。たしかにそのとおりだろう。

     それについて、建築学者は制度的対応をなぜ提案しないのか。

     ちょっと考えても、今は景観計画区域内であれば、届け出、勧告、命令、手続の停止までの措置があるが、例えば、敷地の周囲200m以内の建築物の平均高さの1.5倍を超える建築物を前提にした建築確認申請が行われたときは、確認前に、届け出、勧告、命令、建築確認手続の停止などを規定するとか、すぐ考えつくではないか。

     もちろん、マンション業者の反論、政治的な圧力もあるかもしれない、穴抜けも斜面宅地などありそうだ、とか課題が山積みだが、そういう検討を生活景という議論の中でどうしてしないのか。

     なんか、分析と住民との一体活動に建築学会は、酔っているのでないか。

  • 景観とはなんぞやに悩む今日この頃の私。
    「生活景」は景観のうちの一つの概念だと解釈したけれども、ぜんぜんよく分からないままの私。

    環境の眺めが景観、生活感じの眺めがが生活景。生活景はきっとこんなものだろう、というのが分かって読むといいんだろう。

    とりあえず生活景が大事だと考えている人が多いことを理解した。
    しかし、取り上げられている事例のどこが景観でなくて生活景なのかはいまいち分からなかった。


    あるいは、わたしはすでに生活景とは無関係にそだってきた世代なのかもしれない。
    (私の育った街は建ぺい率40%容積率80%の住宅街、歩く人もまばらで、働く人が町のなかにいない、ありきたりな千葉県の一市町村。)

    あたまのなかで、なぜ景観は守るべきかと考えているとだいたい答えに詰まっておわる。テーマパークみたいな観光地になってしまった街や、住むのに苦労している人の声を聞いていると自信がなくなる。

    景観単体だと分からないけど、それが産業やコミュニティや、まさに生活とセットにして考えると何か糸口になるかもというのが生活景だと思ったんだけど、これであってるかなぁ。

  • 生活景とは?生活景を再発見して、持続可能なものにしていくには?
    理工系だけでなく、哲学、経済学などの先生も書いているので、偏りがない。

    人間環境学(風土学)のレポートの参考文献。

  • 仕事本。読みたくなーい

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著者プロフィール

早稲田大学大学院・教授。早稲田大学重点領域研究機構・医学を基礎とするまちづくり研究所・所長。1957年生まれ。工学博士。特に都市設計と地域計画の両面から公共空間のデザイン、各自治体や住民参加によるコミュニティ計画の策定など実践的な研究を多数手がけている。日本建築学会賞・論文賞(2005)日本都市計画学会計画設計賞(2011)グッドデザイン賞(2010)ほか受賞。編著書・訳書に『景観まちづくり論』(学術出版社)『まちづくりオーラル・ヒストリー』(水曜社)、『場所の力』(ドロレス・ハイデン著)『医学を基礎とするまちづくり medicine-Based Town』(水曜社)ほか多数。

「2017年 『無形学 かたちになる前の思考』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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