教育コミュニケーション論 「関わり」から教育を問い直す

  • 北大路書房 (2011年8月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (260ページ) / ISBN・EAN: 9784762827594

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  • 上地さん授業で使用 2011後期

    杉尾宏編著『教育コミュニケーション論「関わり」から教育を問い直す』北大路書房、2011年

    序章 近代学校の権力構造とコミュニケーション


    はじめに

    一節 近代学校の権力構造

    二節 教育コミュニケーションの特徴
    三節 教育コミュニケーションの可能性―引用・模倣

    おわりに

    一章 日常的行為としての教育コミュニケーション

    はじめに―何気ない行為が教育的意味をもつ
    一節 本章における「教育」の定義

    二節 相互形成過程におけるコミュニケーション

    三節 日常的行為における教育コミュニケーション

    おわりに
    
●コラム ディス・コミュニケーションの意義

    二章 対話としての教育

    はじめに
一節 教育における技術的操作の限界
二節 
    対話に基づく自己形成と文化の創造

    三節 教育における倫理

    おわりに

    ●コラム 終わりのない対話
    三章 教育コミュニケーションの規定要因としての時間割

    はじめに―せかされる教師と子ども

    一節 学校モデルとしての時計

    二節 時間の効率的使用とそのパラドックス

    三節 新教育における時間割の弾力化
    おわりに

    ●コラム 森のような教師

    四章 教室という場におけるコミュニケーション

    はじめに

    一節 「教室」という場を俯瞰する

    二節 教室の文化

    三節 実践を省察する―授業を語り合う
    おわりに 

    ●コラム ちゃぶ台囲んでリフレクション
    五章 日本的コミュニケーションの特質と様相

    はじめに―「沈黙は金」とする日本人のメンタリティ
    一節 口頭によるコミュニケーション

    二節 俳諧における座―一期一会の精神的志向

    三節 象徴的啓示の教育とそのコミュニケーション

    四節 日本的コミュニケーションと伝統的教育

    おわりに―日本的コミュニケーションにみる近代と伝統という精神構造の二重性

    ●コラム 「学校」という名称

    終章 「言語ゲーム」としての教育コミュニケーション

    はじめに

    一節 「教える―学ぶ」の関係における言語ゲーム

    二節 教育コミュニケーションにおける「跳躍」

    三節 エクリチュールとしての教育メディア

    おわりに


    ●コラム 心のつながり

    あとがき

    p.ⅲ
    コミュニケーションの語源はラテン語のコムニス(communis 共通の)、さらにそこから派生したコムニカーレ(communicare 共有する)だといわれている。日本語として「通信」「伝達」「意思疎通」等と訳されてきたように、一般に複数の個体同士の間で、なんらかの媒体(メディア)を通してメッセージのやりとりをすることを意味するが、これに上記の語源の意を加味すると、メッセージのやりとりの結果として、個体感で認識の共有を生じるに到る(ことが目指される)一連の過程というふうに理解することができよう。
     コミュニケーション学をはじめ、情報理論、言語学、社会学、メディア論、人類学、心理学、哲学等のさまざまな学問領域がそれぞれにコミュニケーションの問題を扱っており、学術用語としてのコミュニケーションについて、井口(1982)は代表的なものだけで十八もの定義を紹介している。ちなみに、そのなかで井口が最も推す定義は「人間が理解し、理解されるために行うすべてのいとなみ」だそうだが、これなどはコミュニケーションの定義としてはきわめて広義のものといえよう。
     古典的なコミュニケーションの図式としてテキストに必ずといってよいほど引用されるのはシャノン&ウィーバー(Shanon, C.E. & Weaver, W.,1949)による線形モデルである。すなわち、情報にあるメッセージがなんらかのかたちに符号化され、送信機を通して信号として発信される。この信号を受信機が受け止め、符号の解読が行われてもとのメッセージが復元される。そして、この経路の間でメッセージの正確な伝達を妨害するノイズが作用するというものである。
     このモデルは本来、通信器機を通した情報の効果的な伝達を考えるために作られたものであって、人間同士のコミュニケーションをこのモデルに当てはめて考察していくことには無理があるのだが、人文・社会科学領域におけるコミュニケーション理論においても、この情報伝達機能を核としたコミュニケーションモデルが数多く生み出されてきた。思うに、員が論的(科学的)管理による効率的な生産・物流を重視する近代社会にはこうしたモデルがマッチしていたのだろう。先に述べたように、近代の学校教育もまたしかりである。
     しかしながら、二十世紀半ば以降、いわゆるポストモダンの思潮が注目を集め、諸学問領域に浸透していくなかで、シャノン‐ウィーバー型のコミュニケーションモデルが拠って立つ認識論的前提そのものに疑義がつきつけられるようになった。それは第一に、伝えられるべきメッセージなるもノンが、コミュニケーションに先立って確固として存在しているのかという問いであり、第二に他者との間の共通理解なるものが原理的に可能なのかという問いであり、第三に、そもそも人と人とがコミュニケーションという行為をなすことを可能にする基盤であり、さらにはコミュニケーションの実践を通して生成・変化していくものである「人と人との関係性」自体が問題にされるべきではないのかという問いである。

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