二笑亭綺譚: 50年目の再訪記

著者 :
  • 求龍堂
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784763089298

感想・レビュー・書評

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  • 深川の門前仲町あたりに昭和12年頃まであったという精神病患者の建てた珍建物「二笑亭」を紹介する本。昭和14年に出版された『二笑亭綺談』の本文に、二笑亭を愛する人たちによる「50年目の再訪記」と称するアンソロジーを合わせた決定版になっている。

    このアンソロジー部分がありがたかった。当時のご近所さんの証言や、時代背景込みの分析、模型での再現、赤瀬川原平の小説(シュールレアリストらしき外国人芸術家が二笑亭を体験する体のとぼけた散文小説)、そして家主が記した世界旅行記までついていて、付録がたくさん付いているバラエティーセットだった。

    おかげで読む前は二笑亭について知識ゼロだった自分でも、まるでもう何度も訪問したかのように、ありありと楽に想像できてしまう。『二笑亭綺談』だけでは見えてこない裏側まで見せてもらったような気がする。

    二笑亭、知った瞬間からこれはすごそうだぞと思ったが、知れば知るほどますます興味が湧いてくるのが不思議だ。こうなってしまうのは自分だけではなく、一部の人たちがコロリと熱烈にまいってしまうようなのである。その証拠に『二笑亭綺談』は何度も復刻されているという。つい2年前にも新版が出ている。大ベストセラーではないものの根強い人気があってこその現象だろう。

    ただ、実物は『二笑亭綺談』が出版された後すぐに取り壊されたというから、二笑亭に惚れこんだほとんどの人間が本物を見ていないのが面白い。この、今はもうない、という在り方もカルト的な人気のポイントのような気がする。

    現物がないからこそ、そして、断片的な資料しかないからこそ、皆がそれぞれの二笑亭を心の中で創造する。だからより一層愛されるのだろう。

    そう思うと、この二笑亭という建物は、式場隆三郎氏による『二笑亭綺談』が復刻され、読まれるたびに、誰かの心の中に建てられる、そういった言葉という資材を使って精神の中に築造される建物とも言える。

    それと、あれこれの分析やインタビューを読みながら思ったのは、作った人は思ったより狂ってないな?ということだった。確かに時々意味不明なものの、渡辺金蔵氏の中での理屈はそこまで完全に不明でもないように読めた。奥行き一寸の押入れも倉庫の天井で終わるハシゴも、意図して作ったものではなく、成り行きでそうなったものであるし、統合失調症患者の言葉は言葉のサラダと言われるくらいもっとバラバラではなかっただろうか。

    「狂人」の暴走の産物というよりはむしろ、民藝の素朴さと、江戸の趣味人の粋と、近代的芸術家たる個性と、常識をはるかに越えてしまう変人の頑固さが塊になっているように自分には感じられた。珍奇ではあるがそこまでバラけた印象はない。

    これは想像だけれども、統合失調症だけでああなったというより、関東大震災によってそれまで信頼してた世界が壊れたがゆえのトラウマも強く影響していたのではないだろうか。

    実際、本書に掲載された関東大震災の写真を見て、自分もかなり愕然とした。木造建築ばかりだったせいか、東京大空襲後の写真より何も無い。まさに真っ平。ここまでだったのかと驚いた。自分の住む街が1日やそこらででこんな真っ平に焼けたら相当な衝撃だろう。

    この急な変化、破壊の中で何とか生きるために、確かなもの、壊れないもの、自分が信じてきた生活そのものを形にして、その中に住むことで渡辺金蔵氏は自分を保とうとしたのじゃなかろうか(こうした思考がそもそも統合失調症的と言えばその通りな気もしないでもない…)。

    そう考えると、二笑亭は単なる普請道楽の作品を超えた、心を守る鎧のような、あるいは寺院のようなものだったのかもしれない。やはり狂気がただよう。

    それでも、何もかもが破壊され、急速に変化し、見知った物が消えてゆくばかりの社会に不安を感じる「正気な人たち」にとっても、同じ理由で二笑亭は魅力的なのではなかろうか。もちろん、壊れかけた渡辺金蔵氏の心に合わせてあつらえた服を他人が心地よく着こなすことは不可能だろうけれど、そういう物を求める気持ちは分かるというか。

  • 図書室の美術系雑誌で「二笑亭」という奇妙な建物を見つけたのは何十年も昔の話。ネットのように便利なツールはなく、、ものの調べ方もまだよく分かっていない年頃でした。

    天井に突き当たってしまう階段とか、足元を斜め柱で遮られる通用門とか、板壁の節穴にガラスの象眼とか、意味不明なこだわりだらけの建物の、五角形を3つ組み合わせた窓が、異界から覗かれているような異様なインパクトを放つファサード。その1枚の写真だけで、繰り返し悪夢を見そうでしたよ。

    のちに、「二笑亭綺譚」という報告書はあるがとっくに絶版で、入手できるタイプの本ではないと知り、さらに十年ほどたってやっと、いくつかの大学図書館と国会図書館に収蔵されているということが判明。その頃には建築のおおざっぱな経緯は分かっていたので、いつか原本を目にしたいと思っていたら 出てしまいましたよ、この本。

    原本「二笑亭綺譚」再録。その他の資料も加えられてます。装幀もいい感じ。デザインが建石修志です。これはもう買うしかないでしょう。お小遣いにゆとりがあったら読書用と保存用、2冊欲しかった。

    原本の写真をじっくり見たかったから、大判の本にして欲しかったなあとも思うのですが、それで求龍堂らしい高額本になったのでは手が出ないからこれで十分です。
    それより、復元模型が楽しい。実物の迫力が消えるのは惜しいけど、模型好きにはたまらない別の味がある。

    小説はいらないなあと購入時は思いましたが、これがなかなかすっとぼけてて、強引に物語に仕上げようとしていないのところがリアルで、建物と奇妙にバランスが取れてたのは望外の収穫でした。

    その後何度も開いて摘み読み。この本は傷めたくない。やっぱり2冊目だろうか。

    ━━ p.40 ━━
     ある新聞は、「狂人の建てた化物屋敷」と報じた。近所では、「牢屋」と呼んでいる。多くの人々は、富裕の狂人の悪戯と解している。しかし、あの家の隅々を正視した人は、果して笑いきれるだろうか。私は畏怖し、驚嘆する。だれも実行できない夢と意欲を、悠々とやりとげた逞しい力に圧倒されそうだ。

  • 二笑亭綺譚―50年目の再訪記

  • ソワカちゃんに出ていた二笑亭が気になり。
    単なる狂人の建築というだけではない、魅力的な姿が提示されている。建物が現存しないことが、とても残念である。

  • 精神を病んだ資産家の手によって大正時代に実際に建てられた奇妙な屋敷「二笑亭」について書かれた本です。
    館もののミステリを読んでいると時々名前が出てくるのでずっと気になっていました。調べてみると文献の少なさに驚き。取り壊されずに残っていればもっと色々知ることができたのではないかと思うと残念でなりません。
    見取り図と写真を照らし合わせつつ、二笑亭の内観を想像しながらじっくり読みました。どこにも通じていないはしごや、物が入れられないほど狭い押入れなど、常人には理解できないような館の造りの数々には狂気を通り越して神秘すら感じました。狂人と天才は紙一重とはよく言ったものです。薄暗い二笑亭で主の渡辺金蔵は一人何を思っていたのだろう。
    二笑亭の模型ってどこかに展示されてないのかなぁ。見てみたい。
    関東大震災後の建築の歴史などもざっくりと紹介されていて、建物好きとしてはたまらない一冊でした。絶版になっているのが残念。

  • かっこいい……
    赤瀬川先生の小説がすっごい良い。
    これは図書館から借りたんだけど、文庫版ならまだ手に入るのかな? それなら欲しい。

  • 今は無き、日本の素晴らしい建築物。

    • riempitsさん
      今は無き、素晴らしい日本の建築物。
      今は無き、素晴らしい日本の建築物。
      2008/11/20
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