究極の鍛錬

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制作 : 米田 隆 
  • サンマーク出版 (2010年4月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784763130365

作品紹介

モーツァルト、タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ジャック・ウェルチ、ウォーレン・バフェットなど、天才と呼ばれる人たちに共通する、ある「訓練法」とは。

究極の鍛錬の感想・レビュー・書評

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  • 世界的偉業を成し遂げるのは、才能でも、生まれ持ったものでもなく、「努力」

    並大抵でない努力がおもしろくない…

    そのおもしろくない努力の可否で
    普通の人と世界的偉業を成し遂げる人に分かれる

    おもしろくない&途轍もない努力を継続するためには「好きなこと」をしてなくちゃいけないな〜!

  • 何かを極めるには早く始めること。
    そして、環境、先生、適切なフィードバック、つまらなくて辛いけどそれをいかに継続して内部動機・外部動機を保って続けることが大事と解いている。

    ビジネスに応用したい。。

  • 究極の鍛錬を積めば偉業につながる。大抵は心理的な要因で集中できず、継続できない。

    各記録能力が伸びているのは、人間の能力の使い方が向上しているから。高いIQは必要ない。

    企業が伸びるのは人的資本が優秀だから。microsoftやグーグルの採用試験が厳しい理由。人間の能力開発に限界はない。

    生まれつきの才能が存在するとしても重要ではない。
    モーツァルトでさえも、18年間訓練された後に素晴らしい作曲をした。タイガー・ウッズも両親から教育された。

    練習を積めば、記憶技術には際限がない。
    フットボールのライスのトレーニングは、他の人はついていけないレベル。実戦ではなく練習を積むことでうまくなった。しかし練習は面白くない。ひとりで練習することが重要。

    考え抜いた努力を行うこと。
    究極の鍛錬の方法=正しい方法、時には教師の手を借りる。何度も繰り返す。継続的にフィードバックを受ける。精神的に辛く面白くない、しかし効果がある。
    1時間半のトレーニングでもよいが、心を込める。心を込めたトレーニングは1時間半しかできない。

    ラーニングゾーン=もう少しで到達できる成長域を強化する。コンフォートゾーンで練習してもだめ。

    年齢に伴う変化は不可避、しかし究極の鍛錬に費やした時間は減らない。

    自分の専門分野については驚異的な記憶力を持っている。

    コンディショニングと固有スキルの訓練。

    危機のときは10倍の学習ができる。

    傑作が生まれるまで10年の沈黙が必要。
    インスピレーションが生まれるには知識と熟す時間が必要。突然降りては来ない。
    組織では、新しいことに友好的ではない。

    ノーベル賞の受賞年齢は伸びている。単に全体の寿命が伸びているからではなく、最先端までの知識を身につけるのにより時間がかかるようになった。

    達人は、加齢によって普通の分野で衰えても、専門分野では衰えない。
    フリオ・フランコは徹底した練習と注意深い食事による体調管理で、加齢を克服している。
    「体が言うことを聞かなくなるのではなく、選手自身がこれ以上限界に挑戦することをやめるだけだ」
    もう練習できなくなるまで、鍛錬は続けられる。

    内的動機と外的動機。自分の中から生まれる満足のために辛くて面白くない練習をする=練習が好きになる。
    内的動機を高めるような外的動機づけは効果が高い。

    乗数効果=上手になるほど練習が多くなる。注目や賞賛は乗数効果の燃料になる。
    競争者の少ないところで始める。クリエイターは大都市出身でないことが多い。

  •  その人が一流になるか、ならないかは、生まれつきの才能があるか、ないかではなく、その人が意味のある鍛錬(練習)をいかに多く積み重ねたか、ということに尽きる。もちろん、生まれつきの才能、才能と言うか、例えば、身体的な有利さ、背が高いとか、手が大きいとか、そういうものを全て否定するわけではないけど、持って生まれた才能が、一流になるために寄与するものは少なく、多くは、どのように訓練してきたかということだ。
     如何に多くの時間を費やすことができるかは、言い換えれば、如何に早く訓練を始めるか、ということになる。ただ、訓練を続けようとすると、訓練とは辛い事も多いため、幼少の頃の親の役割は大きなものとなる。そして、その訓練を長く、少しはやりがいを感じながらも続けるには、少しずつ上を目指しながら難易度を上げていくことが重要となる。例えば、都会と田舎を比べると、田舎からはじめ、地方の競技大会やコンクールなどでよい成績をとり、次のステップへ少しずつレベルを上げていくことが長く鍛錬を続ける秘訣という。
     一般的に言われていることに、一流になるには、1万時間の訓練を費やすことが必要だという。しかし、意味の無い訓練を続けても仕方がない。ちゃんとフィードバックがあるような訓練でなければ上達しない。フィードバックは、競技大会で何位になるというのもそうだし、先生について、そうじゃない、こうだ、というのもフィードバックだ。
     天賦の才について、イギリスの研究者が調査の一環として、音楽の才能についてインタビューをしている。研究の被験者は、みな卓越した才能の持ち主だ。インタビューした結果、被験者が徹底的な訓練の前から、早熟の萌芽があったという証拠は見出すことはできなかった。その他の分野において、後にすばらしい業績をあげるような人たちも、ほとんどは早い時期から才能を示していたわけではない。音楽家、テニスプレーヤー、アーティスト、水泳選手、数学者を対象とした研究でこれらが明らかになっている。もちろんこれらの研究は、才能が存在しないということを証明しているわけではないが、生まれつきの才能が仮に存在したとしても、それは重要ではないかもしれないということを示しているということだ。現時点では、ピアノを上手に弾ける遺伝子や、投資をうまく行う遺伝子、会計業務を得意とする遺伝子は見つかっていない。モーツアルトは、5歳で作曲し、8歳の時に公式の場でピアニストとバイオリニストとして演奏会を行い、その後、次々と作品を生み出していった。モーツアルトの父親は音楽家としての能力は平凡であったが、教師としては一流だった。モーツアルトが生まれたときに父親が書いたバイオリンの教則はその後何十年も音楽業界で強い影響力を持った。まだほんの幼い頃から息子のモーツアルトは同居するベテラン教師の下で厳しい訓練を受けていたのだ。もちろん子供時代のモーツアルトの作品は素晴らしいものに見えるが、作品の真偽については議論がある。手書きの楽譜は少年モーツアルトの手によるものではないからだ。父親が他人が見る前に修正を加えていたのだ。モーツアルトを教え始めてから、父親はぴたりと作曲をやめている。モーツアルトは、今でも現存する手書きの楽譜を見れば分かるとおり、執拗に書き直し、消してはまた全体を書き直し、一部を書いては数ヶ月、ときには数年にわたって置いておく事もあった。モーツアルトが奇跡的な作曲能力を持ち、ほとんど完璧な形で頭の中に曲が浮かび上がってくるといった、モーツアルトを神格化したようなものではなく、普通の人が悩み、書くように、モーツアルトも作曲していたのだ。
     究極の鍛錬には、いくつかの特徴的な要素がある。その要素とは、①しばしば教師の手を借り、実績向上のため特別に考案されている。②何度も繰り返すことができる。③結果に関し、継続的にフィードバックを受けることができる。④チェスやビジネスのように純粋に知的な活動であるか、スポーツのように主に肉体的な活動であるかにかかわらず、精神的にはとてもつらい、しかも、⑤あまりおもしろくない。
     究極の鍛錬では、業績を上げるのに改善が必要な要素を、鋭く限定し、認識することが求められ、意識しながらそうした要素を鍛え上げていく。こうした究極の鍛錬の例はあちこちにある。偉大なソプラノ歌手ジョアン・サザーランドはトリルに数え切れない練習時間をつぎ込んだことで有名だ。基本的なトリル音だけではなく多くの異なるタイプの音も練習した。タイガーウッズは、バンカーに何個もボールを落とし、その上を足で踏みつけ、ボールを打つにはほとんど不可能なバンカーからの球出しの練習を繰り返した。偉業を成し遂げた人たちは、自分の取り組んでいる特定の課題をハッキリとわかるように選び出し、うまくなるまでその課題に集中して練習し続ける。そして次の課題にうつる。こうした特定の課題を自分自身で見つけれること自体が重要な能力だ。このポイントを大学教授は説明している。一番内側の円をコンフォートゾーン、中間をラーニングゾーン、一番外側をパニックゾーンと名づけた。人はラーニングゾーンを強化することで成長するとしている。身に付けようとしている技術や能力がもう少しで手が届くところにあることを示している。一方、パニックゾーンでの活動は、あまりにも難しく、どうやって取り組んだらよいか分からず、コンフォートゾーンでは進歩は望めない。自分の手でラーニングゾーンを明確にすることはたやすいことではない。加えて、常に継続的にラーニングゾーンにいるように自らを強いることはさらに困難だ。このため、①の教師の手を借りて、実績向上のために特別に考案されている要素が、一番重要な究極の鍛錬の特性となる。
     普通の人も達人の領域に行く道は実際にある。ただし、その道は長くつらい。だから最後までその道を歩み続けるものは少数しかいない。どんなに遠い旅路になろうとも、その旅路は常に有益で、究極の鍛錬を構成する諸要素を適用すれば、いつでもはじめることができる。
     結果に関し、役立つフィードバックの無い訓練は価値がない。達人は普通の人が自分自身をみるようには自分のことを甘く見ない。自己査定が具体的だ。普通の人は自己満足で終わってしまうが、達人は自己評価にあたり、達成しようとしていた事柄に適切な判断基準を持って判断に挑む。時にはこれまでの自分の最高の出来と比較したりする。また時には直面するかもしれない競争相手の能力と比較する。さらにあるときはその分野で最も優れた人間と比較する。究極の鍛錬かどうか、鍵になるのは、現状の自分の能力を少し超えた基準に自分を引き上げ、能力の限界を高める強さの課題を選ぶことだ。基準が高すぎると人は意気消沈してしまい、低すぎると進歩は無い。自己査定の重要な点は、何で失敗したかを見つけることだ。普通の人は、失敗は自分がコントロールできないことによって引き起こされたと信じる。競争相手が幸運だったとか、課題が難しすぎたとか。それに対し、達人は、失敗したのは自分に責任があると考える。達人は容赦なく、自分自身の実績を見ることに集中している。
     達人になるためには、自分が選んだ分野で達人になろうと大きな投資を行うこと、より熟達した指導者を求めること、学びのなくなってしまうコンフォートゾーンを抜け出すために自分を常に追い込むこと、常に自己の限界に挑戦することである。
     ほんとうにゼロから突然浮かんでくるヒラメキと言うものはなく、そういう瞬間は、何時間もの思考と研究、究極の鍛錬の結果、ああ、こうするんだ、と生まれてくるものである。
     NBA史上第2位の得点王のカールマローンは、選手の高齢化についてロサンゼルスタイムスにこう述べている。「体がいうことをきかなくなるのではなく、選手自身がこれ以上、限界に挑戦することをやめるだけだ」

  • 正しいベクトルと正しい努力の継続。10000時間自分にできるか?

  • どういった内容の鍛錬を積み重ねれば、達人と呼ばれる領域に達することができるのか、とても具体的に書いてある。そのまま取り入れられるかどうか別の話だが(←と考えてしまう思考回路も説明されていた)。才能という曖昧な概念を、分かっている範囲でできるだけ科学的に分析し、アマとプロと達人の違いを説明する。個人のスキルアップだけでなく、チームや組織全体の進歩にも関連しており、非常に参考になった。

  • 成功するためには、才能よりも正しい努力を積み重ねること。
    究極の鍛錬の要素とは
    ①実績向上のために特別に考案されている
    ②何度も繰り返し返すことができる
    ③結果のフィードバックが、継続的にある。
    ④精神的にはとても辛い
    ⑤あまりおもしろくない
    自分が選んだ分野で達人になろうと大きな投資を行うこと、より熟達した指導者を求めること、学びのなくなってしまうコンフォートゾーンを抜け出すために自分を常に追い込むこと、常に自己の限界に挑戦すること。

    根性論ではなく、本当に努力する意義が
    書いてある。

  • 究極の鍛錬は苦しくてつらい、しかし効果がある。究極の鍛錬を積めばパフォーマンスが高まり、死ぬほど繰り返せば偉業につながる。
    卓越した能力をもたらすのは経験ではない。長年取り組んでいることでたいした業績を上げず経験だけは豊富な人が周囲に多くいるし、実際に多くの分野で何年にもわたり携わっていることでむしろ能力が下がっている人がいるという証拠もあるからだ。

  • ●読むキッカケ
    ・意志力系の本を読み漁ろうとした流れで読んだ記憶。

    ●サマリー
    ・努力が重要であるのは自明だが、その努力の仕方にも工夫をしましょうねというお話。
    ・スポーツなんかでは、意識しやすいけど、
    ビジネスの現場においてそれをいかにやるのかが、きっと難しいし、
    その課題と対処方法がわかると嬉しいんだけどなあ。
    ・少なからず、得たいものを人や本によって設定し、
    その出来ている状態をイメージする。
    そんで、振り返りをして、それができているかを確認し、
    出来ていなければ修正してまたやってみる。
    まあ、無理くりPDCAを回していくということ、
    そして、そのPDCAを回すということにおいても、
    PDCAを回すと良いのだろうなあとは思う。

    ●ネクストアクション
    ・自分の毎日の振り返りを、もっと洗練させれないかを考えてみる。
     −恐らく、目標があんまりイケてない、というかマインドに寄りすぎているので、
     スキル面に寄せることを考える。

    ・コーチを見つけるなり、上長を見つけるなりして、成長環境を構築するようにすること。

    ●メモ
    ・成果を出す上では、才能よりも、鍛錬(努力)が重要であると述べていた気がする。
    ・究極の鍛錬には以下の5つの要素が必要である
    ①実績向上のために特別に考案されていること
    ・無為な努力を積むのではなく、目標の達成に結びつくものであるべきこと
    ・コンフォートゾーンではなく、ラーニングゾーンであるような努力を行うこと
    ②何度も繰り返すことが出来るものであること
    ・量×質のうち、量も一定量必要だということ
    ③結果へのフィードバックが継続的にあるもの
    ・カーテンが垂れ下がった状態でボーリングをしても、一向に上手くならないのと同じこと
    ④精神的にはとてもつらいものであること
    ・集中が求められるから
    ・出来ない現状を正しく認識し、そこから改善の努力を行う必要があるから
    ⑤あまりおもしろくない
    ・上記と同じ理由であると思って良さそうだ

    ・結果ではなく、結果に至るプロセスに注目し、それを改善するように心がける

    ●WEB記事から引用

    私の考えでは「ビジネスパーソンの訓練」は日本社会での合意事項ではないと思う。おそらく特定の企業ではそういった訓練を意識しているところもあるだろう。そういう環境に身を置くことができれば、徐々に力を付けることができる。そういった企業に身を置かない場合は、自分で自分を鍛えるか、トレーナーをつけるしかない。

    大抵の企業は、仕事に関する簡単な知識を伝え、あとは現場で覚えていくしかない。「習うより慣れろ」だ。それはゴルフを始めたばかりの初心者に、クラブセットとボールを与え、「じゃあ、ホール回ってきて。アンダーパーで」と言っているのに等しい。確かにホールを回る中でしか得られない経験はたくさんある。そういったOJT的トレーニングは否定しない。ただ問題はその中に「どうやって訓練すればいいのか」という示唆がまったく含まれていないことだ。

    結局、見よう見まねでホールを回ることができるようになっても、その次の一手がまったく見つからない。結局できることと言えば、そのホールを周り続けることだけだ。そして「そのホールだけが異様に得意な人」ができあがる。それはつまり、「転職したくてもできない人」ということだ。会社と個人とが会社人生を前提とした付き合い方をしているならば、それでよいのかもしれない。しかし、現代はどうみてもそんな環境にはない。

    結局、訓練のやり方を教えない企業に入った人は、自分自身で自分を鍛えるしかない。あるいはまったく別の所にアドバイスを求めるしかない。もし、あなたの身の回りに「有益なアドバイスをくれる先輩」というものがいるならば、それは大変ありがたい存在と考えた方がよい。そういうのは探してもなかなか見つからない。

    今ビジネス書に注目が集まっているのも、先ほど指摘したような環境があるからだろう。しかし、ビジネス書の中で語られている部分の多くが「どうやって仕事をするか」である。それは、7番ホール第二打目の打ち方、のようなものだ。あるいは、3番ウッドの効率よい使い方だ。ぎりぎりでアイアンの上達法といったところ(本当に上達するかは不明だが)。

    こういう状況では、スポーツ界のようなレベルの向上は望めない。日本のホワイトカラーを見回してみても、それは悲しいくらいに現実だ。それは「誰が悪い」という話ではない。基本的に「ビジネスパーソンには訓練が必要」という感覚が欠落しているのだろう。

    しかし、ノマド社会、ギルド社会的な中での「職人としてのビジネスパーソン」には絶対的に訓練は欠かせないものだ。少なくとも、どのような業界でも「プロ」と呼ばれている人たちは生き残りをかけて必至に自らの技量を鍛え上げている。

  • 読んでよかった、買ってもいい本。

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