心。

著者 :
  • サンマーク出版
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レビュー : 42
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784763132437

作品紹介・あらすじ

ミリオンセラー『生き方』待望の続編が、15年の時を経て刊行!
すべては〝心〟に始まり、〝心〟に終わる。


京セラとKDDIという2つの世界的大企業を立ち上げ、JAL(日本航空)を〝奇跡の再生〟へと導いた、当代随一の経営者がたどりついた、究極の地平とは?

これまで歩んできた80余年の人生を振り返り、また半世紀を超える経営者としての経験を通じて、著者がいま伝えたいメッセージ――それは、「心がすべてを決めている」ということ。

人生で起こってくるあらゆる出来事は自らの心が引き寄せたものであり、すべては心が描いたものの反映である。それを著者は、この世を動かす絶対法則だという。

だから、どんな心で生きるか、心に何を抱くかが、人生を大きく変えていく。
それは人生に幸せをもたらす鍵であるとともに、物事を成功へと導く極意でもあるという。

つねに経営の第一線を歩きつづけた著者が、心のありようと、人としてのあるべき姿を語り尽くした決定版。
よりよい生き方を希求するすべての人たちに送る、「稲盛哲学」の到達点。

感想・レビュー・書評

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  • 直球で「心。」と題されている。2019年末で長年主宰してきた盛和塾も終了するという稲盛氏の集大成ともいうことができるのかもしれない。いかに「心を高める」ことが重要なことなのかを滔々と述べ、美しい心がよいことを引き寄せると書く。そこには仏教の教えをときに引きながら説明され、論理的な説明は薄いが、自らの経験と結果を通してそれは示されているのだと説く。集大成ということですべてをまとめるというよりも、できるだけ平易に多くの人に自らの考えのエッセンスが届くようにという想いで書かれているように感じる。そのエッセンスは次の通りだ。

    「いま多くの人たちに伝え、残していきたいのは、おおむね一つのことしかありません。それは、「心がすべてを決めている」ということです」

    そして、すべてのことが自責によって起こっているものであるのだから、それは受け入れるべきものであり、さらに心を高めるための切っ掛けにすべきものなのである。

    「人生とは心が紡ぎだすものであり、目の前に起こってくるあらゆる出来事はすべて、自らの心が呼び寄せたものである」

    さて、この本を読んで何を思ったかというとックス・ウェーバーの古典『プロテスタンティズムと資本主義の精神』いわゆる『プロ倫』のことだ。「心」が大切だという稲盛氏の言葉が、プロテスタントの教えが資本主義の発展につながったと論じた『プロ倫』に書かれていることとを現代において示していると感じたのだ。『プロ倫』でウェーバーは、利益を求める活動が市場で調整されて発展するとされる資本主義が、自らの利益のために活動することを是とするような考えの下ではなく、逆に禁欲的なプロテスタントの社会で発展したことについて、その禁欲的な教えこそが逆説的に資本主義の発展につながったということを示した。

    「自分が持つ才能や能力は、けっして自分の所有物ではなく、それはたまたま自分に与えられたものにすぎない。私がやっている役割を他のだれかが演じても、何ら不思議はないし、私の能力も、私のものでなくてもいっこうにかまわない。だからこそ、それを自分のためだけに使うのではなく、世のために使うようにしよう - そう考えるようにしたのです」

    上記の考えは京セラが上場を果たし、多額の財産を手に入れたときに稲盛氏が考えたことだという。全員が自らの利益を求めて行動することで資本社会が発展するとした資本主義の理論とは異なり、禁欲的な考え方こそが資本の再投資を促し、価値の蓄積に努め、資本主義の発展につながった、というのが『プロ倫』の分析である。稲盛氏のここでの考え方は、まさにその考えと相同ではないか。

    特に次の言葉は、『プロ倫』の鍵となる「天職」の概念にも結びつく。「天職」は神により与えられたものであり、人々の義務はその「天職」を通してできる限り多くの貢献を行うことであり、利益が世の中の役に立ったことの証拠ともなるという考え方である。

    「私たちが自分のものと考えているものはみんな、現世における一時的な預かりものにすぎません。また、その真の所有者がだれであるのかを私たちは知る由もない。そうであるからこそ、私たちはそれを自分のためではなく、世のため人のために使わなくてはならない」

    プロテスタントの基軸となるカルヴァンの予定説は、ある意味で神の超越を示すもので論理的な教えであるが、一方でキリスト教徒を不安にさらすことになった。なぜなら、この世で功徳を積むことで天国に行けるのではなく、天国に行けるかどうかはすでに決まっている中で日々教えに沿って行動せよというものであるからである。
    その中でプロテスタント教徒は、自らに与えられた「天職」を一心にこなして社会に貢献することで、そういうことができているという事実が自らが神に選ばれたものであることを示すものであると考えることで心の平安を手にしたのである。天職への没頭によって「魂を磨くこと」こそ、予定説によって不安に苛まれることとなったプロテスタントが一心に行ったことに他ならない。そして、だからこそその仕事への打ち込み方は際限がなく、これだけ儲かったから十分だとするのではなく、またその利潤を放蕩するのではなく、次の投資に回して事業を大きくすることにつながったのである。

    本書の中の次の文章は、まさしく『プロ倫』の「天職」の概念をそのもののように写し取ったかのようである。

    「このように、目の前に与えらえれた仕事を懸命にこなすことが、何にもまして心の修養となる。日々の労働によって心はおのずと美しく磨かれ、人格は陶冶されていくのです」

    「天職」という言葉は、勝ち目の薄い業界の中で驚異的な成功を収めたナイキ創業者フィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』にも出てくる。利益の追求よりも「天職」が大いなる成功につながることが示される。フィル・ナイトは自著の最後近くで次のように語る。

    「20代半ばの若者に言いたいのは、仕事や志す道を決めつけるなということだ。天職を追い求めてほしい。天職とはどういうものかわからずとも、探すのだ。天職を追い求めることによって、疲労にも耐えられ、失意をも燃料とし、これまで感じられなかった高揚感を得られる」

    フィル・ナイトは靴という「天職」を見つけたことによって、彼自身の欲望の枠を超えてナイキという会社を大きくすることができたのである。

    2007年5月に資本主義の私欲の塊が渦巻くような東京証券取引所で稲盛氏は次のように語ったという。こちらの言葉も本書の内容とほぼ同じであるが、より一層『プロ倫』との内容の相似性がよくわかる。

     「『半導体が勃興していくには、ある人間が必要だった。たまたまそれが「稲盛和夫」であっただけで、ほかの存在が「稲盛和夫」と同じ才能を持っていれば、その人が代行していてもよかったはずだ。私が一介のサラリーマンであってもおかしくはない』
     つまり我々が生きている社会は、壮大なドラマだと思うのです。劇場です。その劇場で、たまたま私は京セラという会社をつくる役割を担い、京セラという会社の社長を演じることになった。ただし、それは『稲盛和夫』である必要はなく、そういう役割を演じられる人がいればよい。たまたま、私であっただけなのです。
     今日は主役を演じているけれど、明日の劇では別の人が主役を演じてもよい。にもかかわらず『オレが、オレが』と言っている。それこそが、自分のエゴが増大していく元になるように思うのです。
     自分の才能は、世のため人のため、社会のために使えといって、たまたま天が私という存在に与えたのです。その才能を自分のために使ったのでは、バチが当たります。エゴを増大させていっては身の破滅だと思った私は、それからエゴと闘う人生を歩いてきました」(2007年5月 稲盛和夫 東京証券取引所にて)
    引用元: https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19nv/00124/00016/

    稲盛氏と『プロ倫』の違いは、プロテスタントの世界では宗教とその道徳がその行為の必然性を一定程度保証をしていたが、現代においては宗教はそのような形では働かないということである。したがって、稲盛氏の言葉が宗教に近しい色を帯びるのは必然のことのように感じる。それは、自らの心を高めるだけではなく、周りも同じように心を高めることを要求する。

    「十分に魂が磨かれ、清らかで美しい心で生きているならば、まわりにいる人の心も同様に美しくなっていくはずです。そうならないとしたら、まだまだ自分の心の”修行”が足りないせいだと思わなければなりません」

    その結論として、稲盛氏の考えの下にあっては、従業員を大切にするが、その従業員は同じように高い心を持っていなくてはならない。言い換えると「信者」である必要がある。救われるのは、彼らが信者であるからである。本書の中でも悪しき心を持つ人にはかかわらないのが最善の策とも言い、結果、信者であれば救われるというものである。

    「京セラが株式上場を果たし、思いがけない大きな資産を持つにしたがって、私は少なからず戸惑いを覚えるようになりました。そこで、財産とはけっして自分個人の持ち物ではなく、社会から一時的にお預かりしたものにすぎないと思うようにしたのです」

    上記は、正しく資本主義の精神として、プロテスタントの資本家が当初持っていた心意気でもあった。

    「本書で再三述べてきたとおり、人生は心のありようですべてが決まっていきます。それは実に明確で厳然とした宇宙の法則です」

    いわゆるそれが「宇宙の法則」であるわけはなく、そもそも人生のすべてが心のありようで決まるようなものではない。「宇宙の法則」だから正しいというのでは循環論法だと言われても仕方がない。「生存者バイアス」というものを知っている人は、多くの失敗者の中でたまたま成功した人の経営ポリシーがこうだったということだと諒解するものもいるかもしれない。しかし、京セラを起業してグローバル企業に成長させ、第二電電を成功させ、JALの再生まであの短期間で成功させた実績について、それをもってたまたまであるとかその教えを「生存者バイアス」の結果であるなどとするべきではないだろう。さらに「心」について考えを進めるといくつかのことがわかる。

    「いかなるときも自分の心を美しく、純粋なものに保っておくということが大切です。それこそが自分の可能性を大きく花開かせる秘訣であり、幸福な人生への扉を開く鍵なのです」

    「美しい心」とはいったいどういうものを指すのか。「美しい心」を、「私心のない心」と言い替えてもおそらく大きな間違いはないだろう。では、「私心のない」とはどういうことか。「善なる動機」=「利他の精神」と言ってよいのではないだろうか。

    「利他を動機として始めた行為は、そうでないものよりも成功する確率が高く、ときに予想を超えためざましい成果を生み出してくれます」

    なぜ「利他を動機として始めた行為」は成功率が高いと言えるのだろうか。正に、ここでも『プロ倫』での分析がその理解に役に立つ。
    利己的な経済主体が自己の利益のみを望んで市場で行動することで全体的な最適化が実現されるという資本主義社会が利己的である程度先進的でもあった中国を始めとしたその他の地域ではなく、利他的ですらあるプロテスタントの社会で逆説的にまず実現されたのか、を説明したのが『プロ倫』であった。まさしく、利他、ときに社会の発展を目的とした場合それは、利潤はその目的の達成のための手段となり、利潤の蓄積自体が目的となる。それ自体が目的となった利潤の追求は留まるところを知らず、予想を超えた成果をもたらすことになる。

    稲盛氏の考え方が宗教的かと言われれば、「宗教的」とは何かという問いはあれこそすれ、おそらくは間違いなくYESと言ってよいだろう。それが、実利的で世俗的なビジネスと結びつかないのかと言われると、答えはそれどころではなくだからこそ成功したのだと言うことができるのである。
    それは、ここで見たように資本主義の誕生の頃から、動力として思想があり、よくありたいとする心による際限のない達成があるからである。信念と言い換えてもよいかもしれないが、いわゆる利己的ではない心が、結果として資本主義社会における成功をもたらすのは、意外なことでも、その信念が美しいために天が味方をしてくれるからでもないのである。その集団が合わせて同じように心を高めることができるのであれば、成功は当然の帰結となるのである。

    「人生の目的とは、まず一つに心を高めること。いいかえれば魂を磨くことにほかなりません」

    そして、信じるものは救われていくのである。

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    『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ヴェーバー)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4003420934
    『SHOE DOG』(フィル・ナイト)のレビュー
    https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4492046178

  • 生き方についての著者のフィロソフィーが分かりやすい。
    心がすべてを決めている・つくり出している・呼び寄せている
    利他の心。私心はないか、動機は善か
    燃える闘魂
    真我。真・善・美
    感謝。なんまん、なんまん、ありがとう
    成長発展、調和を保つ
    足るを知る
    かならずできる
    正道を貫く
    師、家族、他力
    中村天風
    これまでの著書と重複する内容で、新規なものはないが、より平易に説明されていると感じた。
    成功法則というよりも、結果に関わらず、このように生きたいと思う勇気をくれる。
    ただ、あれよりはマシなど条件つきの見方での感謝の面が感じられた点は、どのような状況の中でも前を向ける心への気づきそのものに感謝したいと思った。
    19-95

  • 行き着くところまで行き着いた感がある。内容には新しいことはないが、語り方に衒いがなくなっている感じ。船井幸雄と近しいものがあるような。思想としては取り立てて難しいことはないが、ある意味ではとても厳しい教えである。運命自招ということは、全てが自己責任というか、因果応報ということなのだから。著者の生き方はまさに誰にも負けない努力で成り立っているが、誰でも真似できるものではない。

  • 自分もなるべく心を磨こうと意識してしているつもりだが、どうしてもその意識が薄れたりしてしまうことがある。この本を何度も読み返して、常に自分の目指したい道とありたい自分を見失わないよう何度も再確認していきたいと思った。あと、奥さんと相当頑張ったんだろうなぁと…。周りの支えてくれる人たちにも今一度目を向けてみようと思った。

  • 私がビジネス人として崇拝している稲森和夫の最新刊ですが、今回は心がテーマの作品ですが、生き方や働き方の内容を視点を変えて展開しているように感じましたが、逆に稲森和夫の一貫性のある人としての生き方、考え方というのが、繰り返しの内容になりますが、かなり腹落ちしてきました!
    私自身もこういう考え方をもって生きていきたいと実践していこうと肝に銘じるのでした。

  • “損得ではなく、「人として」正しいかどうかで判断する”

  • 稲盛氏の集大成

  • 若干、宗教感があったがなるほどと思う内容でした。
    「心」という目に見えないものの力をいい方向に向けるために何をすればいいのかが書かれています。

  • KDDIの創始者であり、JALの再建に貢献された、稲森和夫氏の『心』。内容は10分ほどの立ち読みで、ある程度の内容が理解出来るぐらいの非常に読みやすい本だった。

    損得感情で物事を判断せず、
    人としての善悪で物事を捉える。

    そしていつどんな時でも誠実で気高く、穏やかな心で全ての人や物に接する。それが自然な行いとなった時、人としての成長がある。

    ぅーーーん。
    書いてあるような人になるには、まだまだまだ遠い。
    でも偽善者であろうがお節介であろうが人の役に立つ事に喜びを感じてきた方だと思う。
    少し宗教的な内容も含んでいたが、瞑想や己と向き合う時間は必要だと思う。
    自分の心に向き合うことの大切さを学んだ1冊。

    ミリオンセラーとなった、『生き方』も是非読んでみたい。

  • 当たり前のこと

    不幸な少年時代、運命を受け入れ、仕事に没頭して好転、

    謙虚さは良い人生を歩むお守り
    善な土台、社会貢献、
    利他の思いが良い結果を
    社会に還元
    強い心
    諦めない
    正しいことに頑固な両親
    リーダーを選ぶ時は心根
    教養を高め、人格者になる

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著者プロフィール

1932年、鹿児島生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミック株式会社(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。また、84年に第二電電(現KDDI)を設立、会長に就任。2001年より最高顧問。10年には日本航空会長に就任。代表取締役会長、名誉会長を経て、15年より名誉顧問。1984年には稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった人々を顕彰している。
著書に『生き方』『京セラフィロソフィ』(ともに小社)、『働き方』(三笠書房)、『考え方』(大和書房)など、多数。

稲盛和夫オフィシャルホームページ 
https://www.kyocera.co.jp/inamori/

「2019年 『心。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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