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Amazon.co.jp ・本 (262ページ) / ISBN・EAN: 9784766001679
感想・レビュー・書評
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古き良き時代、沢村さんが幼少期から22歳の春まで過ごした下町浅草の裏町の暮らし
まるでドラマを見ているようにそこに生きる人々の暮らしが生き生きと描かれている
四季の風物詩のともいうべきお祭りや沢村家を訪れる個性的な人々が次々現れて飽きることがない
金持ちを羨むこともなく分を知った陽気で温かい暮らし
こんな時代があったんだと驚いたが、よく考えれば
浅草でなくても、こんな暮らしぶりは日本全国のあちこちで見られたと思う
足りないものがあればちょっとお隣に借りたり、多くの物が手に入れば惜しみなくご近所にお裾分け
小さい頃、風呂釜が壊れて、裏の家に貰い風呂をさせてもらった記憶が蘇ってきた
夏の夜、門先に縁台を出して、ご近所さんと一緒に夕涼み、子供たちはその傍らで花火をしたり鬼ごっこをしたり・・・昨日のことのように蘇る
老人の決まり文句、「昔はよかった」という言葉で締めくくるつもりはないが、5〜60年前の懐かしい暮らしをひととき思い起こすことができた
沢村さんの記憶力に舌を巻くと同時に本当に文章がお上手で羨ましい詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
名エッセイ。おばあちゃんと盛り上がった。
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「江戸」と「東京」とがせめぎあう、さながら汽水湖のような1920年代の浅草。その浅草に生きる人々の暮らしを、ひとりの少女の目を通して活写した素晴らしいエッセイ。季節の到来を告げる年中行事の数々、無駄を出さない生活の知恵、どんなときにも背筋をシャンと伸ばした浅草の女たち…… そうしたひとつひとつが、まるでその場に居合わせているかのようにくっきりと像を結ぶ。少女時代の沢村貞子の観察眼、文章の腕前も見事だが、ひとりの大女優を育んだ1920年代の浅草の庶民の暮らしの《豊かさ》を見抜き、筆をとることを勧めた花森安治の編集者としての目利きぶりにも拍手をおくりたい。
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女優・沢村貞子(1908-1996)の名随筆『私の浅草』(1976)が先々月、何度目かの再刊を果たした(暮しの手帖社刊)。そのチャーミングな表紙もさることながら、ページをめくるやいなや、噂に聞いた沢村のさめざめとした筆の冴えに、ただ舌を巻くしかない。著者はあとがきで、悩みながら書いてきたものの、結局は読者の興味を呼べそうもない身辺雑記となってしまった、と謙遜しているが、戦前の浅草での庶民の暮らしぶりを記した一文一文からさりげなく滲み出る滋味は、凡百の小説ジャンルなどを軽々と吹き飛ばしてしまう。
本書の白眉と言える章「萬盛庵物語」あたりになるともう、宮本常一も真っ青となりそうな迫真の写実記である。彼女の記述から察すると、この「萬盛庵」なる、日本庭園もそなえた蕎麦の名店は、三社様の裏側、おそらく現在の浅草寺病院かその並び、言問通り沿いに徳川時代から存在した老舗である。残念ながら現存してはいないが、どうやら、たいへん風格のある蕎麦屋だったようだ。一杯のざるに命を懸けた男と女の生涯が浮かび上がる。
さらにラストの章を飾る、実弟・加東大介(1911-1975)の早すぎる病死を悼む一文は、涙なくして読み終えることは絶対に不可能。映画化もされた回想小説『南の島に雪が降る』で語られているように、彼は戦時中、出征先のニューギニアで、飢餓と疫病に苦しむ兵士のための慰安劇団を結成し、これに命を懸けた。復員後、劇作家・長谷川伸を訪ね、作品の無断上演を詫びた加東に、『瞼の母』の巨匠は答える。「君は幸せな役者だ。そんなに喜んでもらえる舞台を踏んだ役者はめったにいないよ。芸とは、人をたのしませることだよ。」
「だから僕はもっとうまくなって、もっとみんなにたのしんでもらうよ、姉さん。」
ガンに冒されたことを知らされていない弟は、病室で姉にそう言ったそうである。名優でさえ、このような虚心坦懐なる生き方をしてきたのだ。ましてや、われらのごとき凡愚の徒はなおさらのことだ、と遅まきながらに襟を正してみるのだが。
ところで私は本書を、新しく出たばかりの再刊版で読んでいるのではない。日本橋久松町にて小体だが品のいい一杯飲み屋「E」を営む女将さんが、店の2階から初版本を取ってきて、わざわざ貸してくれたものである。聞けばこの人、1951年に先代と共に日本橋久松町のこの店を持つ以前は、八重洲あたりで屋台を営んでいたそうな。沢村貞子と同じ、浅草の出身だそうである。しかも吉野町三丁目(現在の今戸二丁目)らしいから、猿若町の沢村貞子とはまさに「ご近所どうし」というシンパシーをお持ちのことだろう。こうした店や本の存在が、今もなお、東京の下町に人の情の厚みを加えているのだと思う。-
愛媛に住んでおりますが、もう少しアンティークな自分になれたらぜひ女将さんの料理姿を拝見したいです。愛媛に住んでおりますが、もう少しアンティークな自分になれたらぜひ女将さんの料理姿を拝見したいです。2012/05/16 -
nocci1109さん、コメント有難うございます。東京スカイツリーができて久しぶりに脚光を浴びている東京の東側ですが(ここ四半世紀のトレンド...nocci1109さん、コメント有難うございます。東京スカイツリーができて久しぶりに脚光を浴びている東京の東側ですが(ここ四半世紀のトレンドはつねに東京の西半分でしたから)、こういう話題とは無縁のいいものも残して、次代につながっていけばいいなあと思います。2012/05/20
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2020.3
ほんの少し前のはずなのに、人の生活はこんなにも変わってしまったんだなと気付かされる。じわじわと。人の心も変わってしまってるよね。地域があって家族があって仕事があって生き様があって。いいことばかりじゃないけど地に足つけた強さは見習うべきところ。沢村さんの文章が粋でカッコいい。 -
100殺!ビブリオバトル No.32 夜の部 第5ゲーム
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以前、ご紹介した「沢村貞子の献立日記」を読み、どんな方なのかもっと知りたくて古本を探しました。
浅草という土地に暮らす人たちの情の篤さ、不器用さ、生真面目さ、優しさ、ユーモアのセンス、四季折々の行事や習慣…。
続きはこちら⇒http://wanowa.jugem.jp/?eid=786#sequel -
江戸の香りを残す下町、浅草。
お歳暮が砂糖だったり、
芸妓が当たり前にお隣さんにいたり
男は浮気し放題?だったりと、いった具合。
昭和50年、弟さんの死去
まだガン告知をしない時代。
思い出話だし、当時としては当たり間だったから
そんなに大変そうではないが
こういう不便で密接な人間関係の暮らしって
今の人には絶対無理だろうな
49 地口あんどんの奉納。町内自慢の駄洒落
50 東中野は遠い田舎。区画整理でお寺が移転
89 医者殺し、鰹の中落ちの汁にお湯
95 堅気の女はほとんど化粧しない
98 御輿、女は触れない。二階から見下ろすのもだめ
109 6歳の6月6日から芸事をはじめると上達する
122 バナナ(パナマと言った)の叩き売り
128 4万6000日分のご利益、ポイント倍増デーか
137 汽車活動、揺れる実際の車両に乗って風景鑑賞
202 ご真影、顔の部分は紙で隠して売っていた
227 お歳暮は砂糖
248 「南の島に雪が降る」 -
失われた日本の東京の下町の風景。今より昔が良かったというつもりはない。一番シンプルで近いのは愛惜という言葉か。アイシャク。ただ名人、沢村貞子の筆にかかると、お見事となる。ただ、お見事。
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エッセイストクラブ賞
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20110410 日本に必要な事はこうした事を思い出す事なんだろうな。
著者プロフィール
沢村貞子の作品
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