失われた民主主義―メンバーシップからマネージメントへ

制作 : 河田 潤一 
  • 慶應義塾大学出版会
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本棚登録 : 49
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766414196

作品紹介・あらすじ

パットナムのソーシャルキャピタル論や、サンデルのコミュニタリズムと問題意識を共有しつつも、彼らの議論を「スナップショット」的と指摘する著者が、「長期にわたる市民の歴史」を物語の主人公にすえてアメリカ民主主義の変容を検証。19世紀初頭の草の根民主主義の興隆から、9.11以降の衰退へと至る市民社会の来歴とその変貌を丹念に探り、市民や市民団体が公共政策の問題に積極的に関わろうとする意識が、政治制度上の問題によって低下していく現象を市民のメンバーシップから会員のマネージメントへの変化と読み解く。アメリカにおける民主主義の現在を、歴史社会学界の泰斗シーダ・スコッチポルが鮮やかに説き起こす新古典。

感想・レビュー・書評

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  • 東2法経図・6F開架 312.53A/Si9u//K

  • 最近、民主主義について、いろいろ哲学的な本をいろいろ読んで、なんとなく理論的な議論も一通り分かったという気になってきた。

    が、問題は、現代の社会が、民主主義や多元主義が発達するほうに進んでいるというより、逆ではないかということ。そういうなかにおいて、「来るべき民主主義」にむけて、個人の倫理の問題ばかりを考えているのも、なんだか空しい。

    というわけで、すこし現実にもどって、アメリカの民主主義の衰退を歴史的に分析したスコッチポルの著作を読んでみる。

    さすがだなー、と感心した。

    内容の要約は、他のレビューに任せるとして、昔、政治学をかじった人間としての感慨をすこし。

    ソコッチポルといえば、79年にph.Dの学位論文"States and Social Revolutions"で若くして学会に華々しくデビューして、80年代の半ばには、同書は、アメリカの政治学を勉強する人の間では、もはや古典というか、誰でも読まなきゃ話しにならない教科書みたいなものになっていた。

    私としては、彼女が共同編集したアンソロジー”Bringing the states back in"、特にその巻頭論文とケインジアン的政策の国際比較の論文には、大きな刺激を受けた。

    という彼女の著作のタイトルからも想像できるように、彼女の分析においては、「国家」の役割が重視される。(え、それがどうして新鮮なの?と誰もが思うだろうけど、その当時の政治学の世界では、分析の単位が個人の意思決定とか社会文化といったものになっていて、政治はそういったものの従属変数的に扱われるような風潮があったんです。彼女の「国家」という分析単位の再導入は、そういう文脈のなかで刺激的だったというわけ。)

    そして、民主主義を支えるボランタリーな結社の分析にあたっても、「国家」制度やコミュニティを超えた目的性といったことが重視される。

    これも、この本を読んでみれば一見当たり前そうだけど、この本が批判の対象としているロバート・パットナムの「孤独なボーリング」などのコミュニティ活動重視派、「社会資本」重視派にとっては、コロンブスの卵的な転換である。

    久しぶりに「ちゃんとした」政治学の本を読んで、なんだか懐かしくなった。

    ちなみに、スコッチポルの伝説のデビュー作"States and Social Revolutions"は、まだ翻訳されていなかったんですね。

    日本って、なんでも翻訳されてそうだけど、結構、こういう盲点はいっぱいある。

    だから英語読めなきゃ話しにならない、ということになるのだが、英語読まないにしても、少なくとも、日本語だけで世の中が分かるという勘違いはしないようにしたいものだ。

  •  メンバーシップからマネジメントへ変わることで、大衆レベルの議論やコミュニティ参加が希薄になり、エリート社会になったアメリカの話。

  • ダージンの頃に比べるまでもなく非参加的で、より少数のものが運営する市民社会に生きている。さらに厄介なことに、多くの思想家が、アメリカ人が今日直面している市民の挑戦を誤診している。というのは、彼らは、全国的コミュニティ、積極的政府、そして民主的な動員が、活発な市民社会の創出と維持にきわめて重要だということを忘れているのだ。



    失われた民主主義のなかで、ウォーレン・ダージンは明らかに、トクヴィルが見た民主的社会の十分に発展した時代のアメリカにいきた。そこでは、「民主主義」は「社会全体に倦むことのない活動力・・・・・、エネルギーを行き渡らせ」、「政治的結社」は「そこに来て国民の誰もが結社の一般理論を学ぶ」「偉大な学校」であった。

    p.7-8

  • 19世紀初頭、草の根民主主義の興隆から、9.11以降の衰退へと至る市民社会の来歴を丹念に検証。パットナムらのソーシャルキャピタル論を批判的に検討し、アメリカ民主主義の現在を鮮やかに説き起こす。。

  • 米国の民主主義政治と草の根ボランティア主義の相互影響について、建国当時から現代までの結社と市民的リーダーシップのパターンを鳥瞰的にあぶりだしている。論点は、?アメリカにおける草の根ボランティア主義が主として地元密着であったことも中央政府や政治と切り離され、相互に影響を与えずに隆盛したことは無く、よく言われているような地域第一主義で政治とは無関係なボランティア主義というのは神話であり、むしろ全国的なビジョンと権力欲を持つ人々によって多くの意見を吸い上げながら民主的に注意深く結成されてきたということ?米国の民主主義の発展を一方では促進したのも60年代の各種運動ではあったが、その時期を境に結社団体の専門化が進み、上層中流階級の価値観、ニーズを重視する市民団体が牛耳るようになり、階級横断的な会員を基盤とした結社が退潮する社会となったが、そこへもってしてローカルなコミュニティに閉じた社交を奨励しても気晴らしにはなっても肝心の問題に取り組む民主的な力は出てこないよというもの。一定規模以上の結社のガバナンス構造の長期的な変化や盛衰を、戦争のインパクト、宗教活動、選挙制度なども含め多角的な視点から実証していてとても面白く、対立する見解に対しても丁寧に批判している。

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