読んで歩いて日本橋―街と人のドラマ

著者 : 白石孝
  • 慶應義塾大学出版会 (2009年11月21日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (193ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766416985

作品紹介

今は遠く懐かしい、東京下町日本橋の賑わい。本書はこの地に生まれ育った著者が、時代とともに姿を変えた街の姿を、愛情深い思い出とともに綴るエッセイ。日本橋散策のための最良の一冊。

読んで歩いて日本橋―街と人のドラマの感想・レビュー・書評

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  •  江戸・東京の街歩き関連の書籍は昨今、バカバカしいほど大量に出版されていて、この過熱ぶりが、かえって事態を俗化させているように思える。しかしながらこのジャンルには、現代の傑出した書き手も少なからず参入してはいて、公平な目で見て、平準化され得ない好著が若干は出現している分野であることも、まちがいなさそうである。
     慶應義塾大学の経済史学者・白石孝は近年、自身の生まれ育った東京中央区、日本橋界隈の商業盛衰史をライフワークとしている。2003年にも『日本橋街並み繁昌史』を出していたが、この時と同じ慶應義塾大学出版会から、同じ趣旨の新刊『読んで歩いて日本橋──街と人のドラマ』を出した。以前に、沢村貞子の『私の浅草』や、小沢昭一の『ぼくの浅草案内』についてふれさせてもらったが、日本橋関連も好著が多い。荒俣宏『日本橋異聞』もさることながら、わが愛すべき吉井勇も柳橋あたりを書いているし、小山内薫や佐藤春夫は中洲を書いている。長谷川時雨の『旧聞日本橋』のことも、いずれは本ブログで書いてみたいのだが、今さらながらに『旧聞日本橋』の凄みは他の追随を許さないと思う。
     白石孝の本書も、日本橋の特に堀留町、小伝馬町あたりを記述するところで、長谷川時雨への憧憬が色濃くなってくる。百貨店の大丸がじつはもともと大伝馬町で開業したことは、知る人ぞ知る事実で、『旧聞日本橋』でも思い出深く語られている。また、獅子文六の『但馬太郎治伝』に出てくるらしい(私は未読)例の、パリ社交界の蕩尽家バロン・サツマ(薩摩次郎八)の栄枯盛衰を、彼の祖先から解き明かしてくれるのは、著者の面目躍如と言ったところだろう。

     著者の生まれ育ったのは新乗物町というところで(現在の堀留町一丁目)、むかしは東掘留川が行き止まりになっていたところである。深川の木場が栄える以前は、このあたりに材木問屋が集まっていた。時代劇の捕物などで、下手人(げしゅにん)が岡っ引きに追われて材木町のような場所に迷いこんだら、「木場だ」と思うのは早合点で、これからは日本橋の堀留町界隈を想定していただきたいと思う。
     山中貞雄による、誰もが思わず身震いしてしまう傑作『人情紙風船』(1937)の中で、髪結新三(中村翫右衛門)が、「白子屋」の娘お駒(霧立のぼる)を拉致監禁する舞台が、まさにここである。お駒の実家である「白子屋」は、山中貞雄の映画版では質屋と改変されたが、もともと黙阿弥の原作戯曲『梅雨小袖昔八丈』(通称『髪結新三』)では、掘留の材木問屋なのである。
     もちろん、今では堀留町にそんな面影はない。ただ、見どころがまるでないわけではなく、散歩のみやげに、小網町の「さるや」でしゃれた楊枝を買っていっても喜ばれると思うし、小舟町の「伊場仙」で粋な扇子、「小津和紙」で名刺プリンタ用紙を買うのも愉しい。「さるや」「小津和紙」は共に江戸時代初期からちゃんとまじめに商っている店であるし、「伊場仙」に至っては創業が安土桃山時代に遡ってしまうらしい。

  • 日本橋堀留町の繊維問屋を生家にもつ著者によるエッセイ。日本橋から東日本橋、馬喰町近辺にいたるまでの主要な地域を散歩するように、ゆかりやエピソードを交えながら解説している。各章には現在の地図が江戸時代のものと対比されており、文章とあわせて創造力が掻き立てられる。ただ、この本は、日本橋に住んでいる、または働いているなど、日常的ななんらかの関わりがない人が読んでもつまらないであろう。

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