社会システム理論: 不透明な社会を捉える知の技法 (リアリティ・プラス)

制作 : 井庭 崇 
  • 慶應義塾大学出版会
4.05
  • (12)
  • (19)
  • (5)
  • (1)
  • (1)
  • 本棚登録 :202
  • レビュー :14
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766418927

作品紹介・あらすじ

社会システム理論によって、現代社会のリアリティはどのように捉えることができるのだろうか?その知見を踏まえ、どのような未来をつくることができるのだろうか?本書は、そのような問いに対する答えを探求する思索の書である。気鋭の社会学者が、当代きっての論客を迎え、徹底討論。読者のリアリティに新たな知をプラスする。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 【動機】井庭先生と社会システム理論に興味があって。
    【内容】現実の複雑な問題に学問がどう立ち向かっていくか。
    【感想】自分にとり憑く「学際」という幽霊をついに成仏させる知性の迸りを感じた。

  • 【再】こちらも。「新しい時代のリアリティを捉えるには、新しい分析装置が必要だ」

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784766418927

  • プレゼンテーション・パターンの手法で書かれた本らしいので読みたい

  • ここ10年くらい、こういった本を読んでいなかったので、読後へんに興奮してしまい、中二病にかかったみたいな感じに。週プロだけは読んでいたので、マット界については万全だったが、それでは足りなかったようだ。

  • 社会はコミュニケーションの連鎖。社会設計とはコミュニケーションの可能性をデザインすること。コミュニケーションの中身を決定したり強制したりすることではない。

    ルーマンのコミュニケーション概念。視点の転換。コミュニケーションを、人間の側からではなく、コミュニケーションの側から見る。《情報》《伝達》《理解》。
    社会の構成要素は「コミュニケーション」。
    人間は、社会の構成要素ではなく、社会の「環境」。

    次のコミュニケーションを誘発する仕組みの実現
    →コミュニケーションが連鎖するアーキテクチャ
    →成果メディアと二値コード

    # 序章

    ## 社会システム理論

    ルーマン、パーソンズ、公文俊平
    ルーマン:社会はコミュニケーションがコミュニケーションを連鎖的に引き起こすことで成り立っているシステム
     →あり得そうもないことが起こっている
     →秩序はいかにして可能か
    社会システムは機能システムからなる。
    二値コードで組織化される。
    人間は社会の構成要素ではない。

    ## コミュニケーション

    コミュニケーションは相互調整的に創発する出来事。
    ある《情報》が何らかの意図をもって《伝達》されたと《理解》されたときに生じる。誤解であっても。
    システムと要素の自己言及的な関係性

    ## コミュニケーションメディア

    言語:相手が何を考えているのかわかる。
    流布メディア:時間や空間を越える。
    成果メディア:コミュニケーションが受け入れられ、次のコミュニケーションの前提となるようにする。例:真理、愛、権力、貨幣

    ## 発見のツール

    本来は生じにくいコミュニケーションの連鎖が継続的に生じ、動的な安定性を獲得するのはいかにして可能なのか?
    →参与観察やインタビューで解明

    ## プログラム

    コード化の基準

    機能システムがどのような機能を担うのか
    →成果メディア、コード、プログラム

    心的システム:意識の連鎖=思考
    コミュニケーションの自律的運動・無意識→ブレイン・ストーミング
    ボイス(発言)とイグジット(退出)が社会を変える。

    # 宮台真司

    行政学が価値命題を出すための、後付けのシステム理論。→べき論を正当化するシステム合理性。
    システム理論は発見のためのツール。理論的枠組みより、それによるファインディングスが重要。→敏感な人を、より敏感にさせる。
    「等価機能主義の図式に基づく、他でありうる可能性の探索」→アナロジー
    コンピューターシミュレーションは、現実世界の計算ではなく、思考実験の拡張。
    「内在系」ではない「超越系」の中で、宗教にいかなかった人が「知識人」になる。
    ヨーロッパ的ヴィッセンシャフト(学)は全体性を志向する。貴族的、閉鎖的、密教的。分かる奴だけ分かればいいという公共性がある。
    アメリカ的サイエンス(科学)は実証科学。手順の明確化、ルール化。万人にわからないものは公共的ではない。
    日本は田吾作平等主義的なメンタリティが支配するので、ヴィッセンシャフトリッヒな枠組を使わないと頂点がどんどん下がってしまいます。→清々しいまでのエリート主義
    ルーマンが踏まえるヨーロッパ的思考伝統。フーコー、ギデンズ、リオタール。
    共同体が空洞化するなかで、田吾作的つばぜり合いのなかに、かつての「知識人」も巻き込まれる。
    格差社会がそれ自体としていけないなんてことは絶対にない。そんなこと言ってるのは日本のインテリゲンチャだけ。
    ヨーロッパでは底辺がどのレベルか、アメリカでは階層移動の上方流動性によって格差が正当化される。
    ソーシャル・ヘリテージ(社会を支える良きもの)は一定のクロージャー(閉鎖性)を要求する。
    ギボンズ。知の創造様式。
     モード1:学問分野(ディシプリン)のなかでの創造。
     モード2:ある問題を解決するために集められた専門家による知の創造。
    日本にはミドルマンが乏しい。頂点の人のいうことを一般大衆に分かりやすく伝える人。
    役人も民間も「国家を草刈り場とした利権のつばぜり合い」をやるようになった。→国家権力の弱体化
    アジェンダセッティングの権力。コンドルセの投票パラドクスやアローの不可能性定理をガバナンスの問題に結びつけた業績。
    新しい社会運動。階級闘争型の労働運動とは異なり、生活のあり方やアイデンティティをめぐって展開される。フェミニズム、エコロジー、反原発、平和、反戦など。
    →実存の問題を社会に投影してもらって動員する。楽しいお祭り。祭りの共同性。被差別者ゆえの共同性。
    →危機を叫ぶネガティブな運動ではなく、遊ぶ、つくる、楽しむ、新しい運動。
    ディバイド&ルール → コネクト&シェア ※全体性という指導概念
    多様性フォビア、嫉妬する勉強田吾作、包摂主義の排除性
    →多文化主義(マルチ・カルチュラリズム)ではなく「文化的多元主義(カルチュラル・プルーラリズム)」
    専門教育を軽視するのは出鱈目。インター・ディシプリナリはあり得ず、トランス・ディシプリナリしかありえない。新しいエリート、ハイパー・メリトクラシー。階級的ハビトゥス、ミメーシス(感染的な模倣)
    視点(どこを見るか)、フォーカス
    視野(どの範囲を見るか)、コンテクスト
    視座(どこから見るか)、メソッド
    学際的視座なるものはない。
    社会システム理論的に言えば、
    経済学は資源配分の合理性に注目する学問、
    法学は紛争解決の合理性に注目する学問、
    政治学は集合的決定の合理性に注目する学問、
    教育学は人為的社会化の合理性に注目する学問、
    宗教学は根源的未規定性の処理の合理性に注目する学問です。
    そして社会学は社会秩序のありそうもなさを克服する合理性に注目する学問です。
    社会システム理論は、これら複数の合理性が輻輳しつつも秩序を保つ近代社会のありそうもなさをメタレベルで問題にしてきた社会学の一部門です。
    センス、集合的自意識(われわれ感)、歴史意識
    「ゲームが許容するからといってそうしたプレイを継続すると、ゲーム盤が壊れます」みたいな問題にますます鈍感になった
    理性の使い方、ヤクザの出入り、ストッパーを外して全力で殴りつつも頭はドライアイスのように覚めている。
    新しい知識人、コミットしながら絶えず頭が冷えた状態を保つ

    # 熊坂賢次

    「新しい公共」の新しさは、メディア論的な新しさ。古い公共はマスメディアのフィルターを通した客観性、公平の原理。マスは無個性な塊。新しい公共は自律分散協調システムとしてのネットワークを前提とした、個性と協働、間主観的世界構成の原理。
    サイレント・マジョリティから、おしゃべりなロングテールへ。
    神の視点で社会を設計することはできない。
    ルーマン:コミュニケーションは《情報》と《伝達》が《理解》されたときに創発する。
    井庭:発見は《アイデア》と《関連付け》が《見出される》ときに創発する。
    →創造は発見を作動とするオートポイエティック・システム。

    # 公文俊平

    ボールディング『経済学を越えて』
     組織化の三手段:
      脅迫、強制。
      取引、交換。
      統合、信頼、説得。
    『文明としてのイエ社会』
    日本人は個人主義的ではなく、集団主義的傾向を持っている。むしろ間人主義、間柄主義者だ。
    平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて日本社会は大転換した。
    →間柄主義的近代のはじまり
    「近代化(当時はイコール産業化と理解)に個人主義は必要条件でも十分条件でもない」
    →近代化は国家化、産業化、情報化の三つの局面からなる
    「メディアに踊らされるな」という受け手のメディアリテラシーはマスメディア時代の発想。
    情報格差を「持っている/持っていない」で語るのはおかしい。情報は本来非対称なもので、持っている人と持っていない人がいるから機能する。情報の獲得・所有ではなく、情報の生成・発信についての格差も考える必要がある。
    アウトプットから始まる学び。コミュニケーションやコラボレーションの能力も必要。まだ常法が消費の対象にとどまり続けている。
    耐久消費財は生活サービスの生産手段。今後は企業の外での生産も発信・販売していく流れ。消費者の生産からの疎外からの回復。
    量子力学的世界観。情報はモノでありコトでもある。ミクロなレベルではビットとアトムを分ける必要はない。
    神のように客観的な観察者から、積極的に関わることでリアリティを得る調査手法
     ライフストーリー・インタビュー
     アクション・リサーチ
    わかっているからモデル化するのではなく、わからないからモデル化する。つくって動かしてみる。構成的理解。
    マクロ政策は創発と創出のセットで。
    社会設計を毛嫌いする人は、社会を人間の集まりとして捉えているので、洗脳や管理をイメージする。しかし、ルーマン的には、社会はコミュニケーションの連鎖のことであって、人間はそこに参加しているだけで(環境)、社会の要素ではない。社会設計とはコミュニケーションの可能性をデザインすること。コミュニケーションの中身を決定したり強制したりすることではない。

    # 追記

    アクセシビリティを倫理的に語ることと制度設計について http://zerobase.jp/blog/2012/06/accessibility.html こういうときに社会システム理論が役立つわけね。→「行政学が価値命題を出すための、後付けのシステム理論。→べき論を正当化するシステム合理性」

  • 井庭崇さんによる三者それぞれとの対談が収録されています。
    はじめに、井庭さんが依拠しているルーマンの社会システム理論についての解説があり、そこから宮台さん、熊坂さん、公文さんによる対談と続きます。

    社会システム理論と言うと、私のようなバカ学生は「えぇ・・・」と思ったりするわけですが、この本はそうした人のために丁寧に注が入っています。ありがちな「さっき注で書いたから、そっちを読め!」なんてこともありません。そのつど注で解説してくれます。

    本書は表題通り「社会システム理論」の本であり、とりわけ編著者の井庭さんが依拠しているルーマンの社会システム理論の話が根底にあります。が、それを意識せずとも、それぞれのアプローチの仕方の違い、考え方の違いが本書では垣間見えます。
    例えば井庭さんと熊坂さんの違いは(私にとっては)一番ハッキリ感じられました。アプローチの仕方が全然違うんですね。すでに完成されたもの(つまり現実にあるもの)をとことん分析してゆくのか、仮説を組み立て、検証し、そうして完成されたものに近づけながら理解してゆくのか。
    けれども、「社会全体を理解する」と言う点では一致しています。社会システム理論とは、基本的には社会をどう理解するかと言うものさし、枠組みみたいなものなんですね。

    こんな感じで、研究者の考え方の違いなども分かりますし、注でもあとがきでもいろいろな文献が紹介されていますので、初学者の方におすすめしたいです。その方面に習熟した人にとっては、退屈なのかなあ。

  • ルーマンのシステム理論の解説は前半3分の1ほどで、あとは宮台、熊坂、公文といった、いわゆる社会学界隈の大御所との対談といった、アイデア集に近い。
    ていねいに追えば発想の転換にはなるかもしれないが、これだけでどのような実践のモデルを現実に描けばよいかということを一足飛びに指示してくれるようなものではない。ルーマンの独創性をもとに、半歩、これまでの社会学の領域から踏み出してみせた、という趣向であり、決して即効性のある代物ではないので、あまり過剰な期待はしない方がよいかもしれない。

    しかしやはり、理論(と時代)をめぐる議論の蓄積自体は多少咀嚼されてでももう少し広く知られる必要があるだろう。そうした意味では、理論とトーク集の中間の位置取りをして、かつ質の高い(=難しい領域にも臆することなく踏み込んでいる)本著のような著作こそが広まってほしいと感じる。ルーマンについての文献集も忘れず用意されているあたり、編著者の誠実な仕事の産物であることがうかがえる。

  • 井庭さんと宮台さん、熊坂さん、公文さんとの対談本。
    対談形式なので難解な内容を扱っている割には初心者でも読みやすいと思った。難しいと思ったら飛ばしてしまっても、印象に残る所はあるような気がする。

    個人的には、社会学者達が社会システム理論をどう携えて社会を見ているのかということが見えた事。また、社会システム理論という方法の見方/使い方に共感と発見が合った事が収穫といったところでしょうか。

    学生時代にもう少しこういう事に気がついていたらなぁと思わされる一冊でした。

  • おもしろいことやってる人たちの対談

全14件中 1 - 10件を表示

井庭崇の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
クリス・アンダー...
J・モーティマー...
エリック・リース
國分 功一郎
有効な右矢印 無効な右矢印

社会システム理論: 不透明な社会を捉える知の技法 (リアリティ・プラス)はこんな本です

ツイートする