プラトン 理想国の現在

著者 : 納富信留
  • 慶應義塾大学出版会 (2012年7月19日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784766419481

作品紹介

ユートピア論最大の著作『ポリテイア』(『国家』)は、理想の国家建設を目指す近代日本の魂を揺さぶった。やがて、全体主義のイデオロギーに利用されてゆく運命を辿った問題作の核心に触れる、野心的な一冊。

プラトン 理想国の現在の感想・レビュー・書評

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  •  正義は社会契約にあると近代哲学はいう。なので公正を実現できる正義論を吟味してみたけれど、核心が抜け落ちている気がする。正しさとは他人から搾取されないために合意した約束事であって実現できない力の弱さの裏返しであったり報復を受けることを恐れる自己規制であったりする。気づかれなければ欲望のまま欲しいものを手に入れる、それがわたしなのだが。

    『他方で、「書く」ことは、時間や場所を超えて相対的にそれ(不特定の読者に読まれ文脈を離れて勝手に受け取られ問いかけには答えてくれず恣意的な解釈に委ねられ固定され盲信され悪名が定着しかねない書き言葉の欠点──引用者)を見据えながら、事柄そのものに向き合う哲学的思考を可能にしている。「書く」と「読む」の間の距離、とりわけ時間的、文脈的な隔たりが、思考の客観化と反省を生み出し、ロゴスの自立性を可能にするからである。』267頁

  •  プラトンの『ポリテイア』(通例『国家』と訳される)を扱う。本書では戦前日本のプラトン研究で『ポリテイア』の訳語として用いられていた『理想国』という訳語からその「理想」という語に着目しながら論じられていく。本書の大部分は過去の日本でのプラトン研究の研究史を詳細に扱った第Ⅱ部で占められている。ここは幾らか退屈な箇所ではあるが、訳語の変遷やそれに伴う様々なプラトン解釈の様を明確に描き出しており、たんに日本の研究史にとどまらないより一般的な問題を含んでいる。
    『ポリテイア』に対する研究者の構えとして「プラトンはそもそも政治論を展開していない」とする立場と、「プラトンは真剣に政治論を提案している」とする立場がある(49頁)。前者は『ポリテイア』は魂の正義を論じるために、ポリス論をそのアナロジーとして用いているにすぎないとする(49頁)。この構えには、政治的に読むことでプラトンに「全体主義」の汚名を着せられることを回避するという意味合いもあった(49頁)。しかし実際には、プラトンがポリスと並行して魂の議論も論じていることから分かるように、市民個々人が各々の「理性」を発揮して「自覚的にポリスの政治に参与すること」でプラトンの考える理想のポリスが成り立つので、この「理想のポリスにおいて、人間の自由と自立と人権が初めて十全に実現する」のであるから、人々に隷属を強いる「全体主義」とは正反対である(206 - 207頁)。そのようなプラトン解釈のもとで著者は、後者の立場、しかもプラトンは実現不可能な「ユートピア」としてポリテイアを論じているのではなく、「実現可能性」を念頭において具体的に提案しているとする立場をとる(50頁)。ただし、前者の立場が強調する「魂」論を、逆にポリスを語るうえでアナロジーとして用いているにすぎない、とするのでもない。つまり、「プラトンは、魂とポリスの「ポリティア」を並行的に考察しながら、あくまで魂に最終的な基盤があることを見据えつつ、そこから実際のポリスを最善に構築していく道を探っていた」(239頁)とする。その際、「理想」という言葉をたんなる「空想」から区別し論じていく。
     「理想」という語は西周によってプラトンのイデアを説明する際に用いた「純然たる造語」(171頁)である。そこにはプラトン派が「理」(ロゴス)を基本に据えていることが意識されている(172頁)。ただし「イデア」と「理想」とは異なるものである。それは「idea」と「イデア的(ideal)」なものとが違うようにである。「理想(ideal)」は「『イデア』と同一ではな」く、「イデア」を「ロゴス」によって表現したもの、つまり「モデル」だと言う(248頁)。したがって、「真に『ある』イデアに対して、イデア的な理想は『あるべき』もの」とされる(248頁)。プラトンが『ポリテイア』のなかで提案した「美しきポリス」という理想は、イデアそのものではなく、言論で描かれた「一個の具体的なモデル」なのである(248 - 249頁)。
     理想とは、理由や具体性がなくても漠然と抱ける「希望」ではなく、また根拠のない「夢」でもなく、非実在や実現不可能性が前提された「ユートピア」でもなく、そして価値や「実現への動力(エロース)」を欠いたたんなる「青写真」でもない(253 - 254頁)。理想とは、理に基づいて実現に向けて思考されたものである。そのように理想が理性に基づきロゴスによって表現されたものであるからこそ、批判や反対を通じて言論を交わし、理想をよりよいものへと仕上げていくことができる。この書はこのようにして現代において敢えて「理想」を語ることで、われわれを理性に基づいた言論の場へと引き連れてくれる。

  • 月末の勉強会の教材のプラトン『国家』を3年ぶりぐらい再読。理想とは何かを構想する上での課題の数々が示される。イデア論は単純化できない概念だし、その生々しいダイナミズムはプラトニズムとは対極に位置する。納得できない点も多いけれども、プラトンの挑発と格闘することは必要だなあとしばし。

    僕自身はプラトンよりもアリストテレスに瞠目するが、ソクラテスからプラトンを経由してアリストテレスへというこの巨人の足跡が常に「いきいきとしたもの」として迫ってくるのは、(宗教ではないし、その学としての権威性は否定しないけれども)国教の如き位置に定位したことがないからだろう。

    「善く生きる」ことは、人里から隔絶された洞窟のなかで、実現されるわけではない。一人の人間が「善く生きる」ことは、必然的に共同体の問題となる。その仕組みをどう構想するかは議論が分かれるけれども、両者を過剰に癒着させる必要もないが、隔絶されたものと捉える必要もない。

    納富信留『プラトン 理想国の現在』慶應義塾大学出版会も読みましたがお勧め。

    特設サイト(著者の寄稿文あり)→ http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/platon/

     イデアは明治期に「理想」と訳されますが近代日本の受容では国家主義的それと社会主義的それへ分岐。歩みを振り返り未来を展望する快著

  • プラトンの『ポリテイア』を考察の中心に据える。日本での独特の訳「理想国」という言葉の含意に注目しながら、本文の解釈と近代日本におけるプラトン受容の歴史とを交差させながら叙述を進めている。『ポリテイア』においてプラトンが描き出す「美しいポリス」が本来どういうものであるか、という本文解釈について、ポパーなどによる批判を乗り越えようとする。それと同時に、主に近代日本におけるプラトン受容史を綿密に分析することで、『ポリテイア』の本来的意味がいささか歪められて解釈されてきたことについても論じている。そして、正しさのイデアとは区別された、イデア的なものとしての「理想国」という概念こそ国家論の中心たるべきものであることを主張している。プラトン哲学の現代的意義を見出そうとする非常に興味深い哲学的研究書であり、大変おもしろかった。

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