- Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784767817293
感想・レビュー・書評
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広島基町団地や坂出人工土地といった都市的なスケールのプロジェクトを形にすると共に、多摩ニュータウンや横浜みなとみらい21などのマスタープラン作成にも携わった建築家であり、さらには槇文彦らとともにメタボリズム運動の主要なメンバーでもあった大髙正人であるが、その仕事や思想は彼と同世代の建築家と比べてあまり知られていない。
大髙自身が、建築家の表現としての建築を重視する作品主義や、単体の建築の意匠に依存した都市づくりに対して否定的であり、そのために彼自身の作品や文章を集めた書籍もこれまでになかったということが、その背景にあるのではないかと思う。
本書は、大髙の主要な仕事を写真や図版で網羅するとともに、建築雑誌等に書かれた大髙の文章をかなりの数集めている。さらに、本人へのインタビューや大髙事務所の所員とのディスカッションを踏まえた編集陣の論考も収められており、大髙正人の業績や思想を1冊で振り返ることのできるとても貴重な本になっている。
大髙は前川國男事務所で建築のキャリアを積んだ後に独立しているが、ル・コルビジェに師事した前川のもとにいたことで、ル・コルビジェの近代的な都市に対するビジョンと、一人の建築家がグランドデザインを描き切ることに対する懐疑の両方を得ている。このように、建築や都市の理論に対して批判的検証を加えるある種のバランス感覚が、大髙正人のその後の歩みにも大きな影響を与えているように感じた。
例えば、大髙が事務所を設立したころからテーマとしていたPAU(P:工業化、A:芸術化、U:まちづくり)というテーゼには、経済合理性を追求する産業界、作家主義に偏る建築家、制度による規制誘導を軸にする行政のいずれに対しても、その必要性を認めながらもそこだけに留まることに対する批判が含まれているように感じる。
また彼は、都市だけでなく農村にも強い関心を持っていたということを、本書を読んで初めて知った。農村は建築家の舞台としては注目を集める場所ではない。しかし彼は、人工空間だけではなくその周りの自然をも視野に入れた環境計画の視点の大切さや、農村という地縁型のコミュニティが社会にとっては必要な存在であり、それは近代化が進む日本においても一つの社会のあり方として持続的に維持発展させていかなければならないものだという考えを持っていたようである。このような視点も、彼のバランス感覚を感じられるところである。
本書を読んでもう一つ印象的であったのは、彼がプランニングや合意形成のプロセスに関心を持った建築家であったということである。これは建築家としては珍しいことで、大髙正人は建築家でもあり都市プランナーでもあった数少ない人物であるといえると思う。
彼は都市空間がつくられていく過程は、多くの人々の相互作用の過程であると考えていた。そのため、多摩センターや横浜みなとみらい21のマスタープランづくりにおいても、全体としてのビジョンや空間の骨格を定めた上で、個々の建築が作り上げていく細やかな空間が活きる余地を残すような形で、プランづくりを進めていった。
一方で、都市基盤だけを作ってそこに実際に立ち上がる空間には無頓着といった、土木と建築の縦割りの発想にも、批判的であった。そのような大髙の姿勢が生んだのが、理論の面では「群造形」という考え方であり、実際の空間においては坂出人口土地や、提案に終わったが新宿副都心や大手町人工土地等の計画であると思う。
群造形は個々の建築物のデザインがディテールとして生成・消滅していく中で、それらを群として捉えてその全体と部分の関連を造形のシステムとして作っていくという考え方である。個々の建築物を超えたメタ的な視点であるとともに、それらが変化していくプロセスという点で時間軸も含む考え方のように感じられ、とても印象に残った。
また、そのような取り組みが可能になるためには、所有権単位に細分化された敷地で考えているのではだめで、都市の基盤と個々の建築をつなぐ人工土地が必要であるということも、大髙は考えた。この発想は非常に独創的なものであるとともに、菊竹清訓や黒川紀章のメタボリズムと、槇、大髙のメタボリズムの大きな違いでもあったのではないかと思う。
このように大髙は、都市の新たな作り方に関する理論を構築するだけではなく、その実践という意味においても、道筋となる解を提案するという、実践主義的な建築家であったということを強く感じた。
このように大髙正人は多くの重要なビジョンの提示や都市づくりの実践を積み重ねており、建築の面でも都市計画の面でも、20世紀後半の日本において無視できないどころか重要な役割を果たした建築家である。本書によってまとまった形で大髙の仕事を振り返ることができるようになったことで、都市と建築というものの関係性やその計画のあり方について思考した重要な建築家の足跡が記録として残されることは、非常に意義があることであると思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1960年代にメタボリズム・グループの一員として活動し、その後、都市や農村の視点からも建築を捉え続け、坂出市人口土地や広島基町団地に代表される都市空間を生み出してきた建築家・大高正人の業績を紹介するものである。建築・都市・農村の関係性、そして都市空間へ関わる専門家としてのあり方を再考するための一冊。(都市工学専攻)
配架場所:工14号館図書室、工1号館B図書室
請求記号:UI:M、226-0:O.28
◆東京大学附属図書館の所蔵情報はこちら
https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=2003187976&opkey=B147736286312590&start=1&totalnum=19&listnum=0&place=&list_disp=20&list_sort=6&cmode=0&chk_st=0&check=0000000000000000000