ブギの女王・笠置シヅ子―心ズキズキワクワクああしんど

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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784768456408

感想・レビュー・書評

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  • 笠置シヅ子という名は知っている。何で知っているかというと「東京ブギウギ」などで一世を風靡したブギの女王ということと、デビュー当時の美空ひばりをいじめたということだろうか。著者も、早くもまえがきでその点に触れており、その解明が本書の一つの焦点になっている。
    確かに、自分も美空ひばりにカブれていたので、笠置シヅ子はどちらかといえば悪役だった。そしてその印象を拭えなかったのは、そのこととブギウギ歌謡を聞く(見ることすらまずなかった)以外に、笠置シヅ子に関して知る術がなかったからだと思う。
    ところが本書を読んで、笠置シヅ子の印象は一変した。まず、ひばりいじめの点については、本書によれば、噂に尾ヒレがついたようなもので、しかもその噂の出どころは、ひばりサイドのようだったとか。それに対し、笠置側は静観の構えでいたために、誤解の伝説が広まってしまったと述べている。
    そして、本書で笠置シヅ子の生き方を知ると、さもありなんという人物だったことがわかる。それこそ「ブギの女王」としてしか知らなかったが、踊りが好きで、松竹のレビュースターとしてデビューし、戦前は「ジャスの女王」とも称された。私生活では、吉本興業の跡取り息子だった年下の頴右と愛し合ったものの、結婚も具体的になり子どもが生まれる直前に頴右が亡くなったため、未婚の母として娘を育てながら「ブギの女王」を張っていた。ラクチョーあたりで春を売って生きていた、俗にいうパンパンの人たちから絶大な人気があり、笠置シヅ子もまた気さくに彼女たちとつき合い、時には娘の誕生日パーティーに呼ぶほどだった。また、彼女たちが更生施設(白鳥会館)を建てようとしたときにはいろいろ親身に相談にのっていた。人情家で、恩義のあるエノケンが不調で興業ができないときに二つ返事で引き受け、自身のステージと掛け持ちで2劇場で公演するような人だった。1957年にはブギの下火と自身の身体の衰えから歌手を廃業し、以後は女優に専念して活躍した。だいぶのちのことだが、飛行機内でロッキード事件発覚後の田中角栄からあいさつされた際、そっぽを向いて無視した――といった具合に、まっすぐで正義感が強く、義理や人情を大切にし、そのためならば損も甘んじて受ける感じが伝わってくる。何とも、すばらしく愛すべき人物へ、ガラリと印象が変わった。「ラク町でも靴磨きでもなんでもいい、そういう民衆の底の底の人たちにまで、わたしはわたしの芸を理解してもらい、そして一緒に喜んでもらいたい、これがわたしの生き甲斐です」「日劇の舞台がありますやろ。袖のずっと奥から駆け出してきて、センターマイクのところで急ブレーキをかけて止まる。そこに熱気がうまれますのや。見えんからゆうて、のろのろ出て行ったらあかん」といった発言からも、一本気のまじめな人であったことがわかる。
    「そこで思い出すのは、四六年に国会で健保改正が論議されたとき、共産党の野坂参三は『自衛戦争は正しい戦争』であるとして“戦争放棄”に反対し、なんと吉田茂は『正当防衛を認めることそれ自体が有害』と反論した(数年後にアメリカから再軍備を要求されて警察予備隊を作ったが)。驚くことにこの時期、左翼は“平和憲法”に反対していたのだ。左翼のみならず、右翼も多くの国民も、戦争や天皇制、アメリカに対する感情など、自分たちが再建する国家についての感情が、厳しい生活難の中でねじれ、渦巻いていた時代だったことがよくわかる。」
    本書中にこんな箇所があるのだが、このように思えば笠置シヅ子がブギで一世風靡していた頃は、日本全体が戦争の集結とともにやってきた民主主義という新しい思想に熱狂し、明るい先行きを信じていた時代だったのではないだろうか。信じていた先行きとは、経済的に豊かになる以前の、平和で自由であることにあったんだと思う。そこに、それまでの日本歌謡にはなかったパワフルな笠置節はぴったりマッチした。やがて、冷戦や日米安保といった問題が持ち上がるにつれ、夢は覚め熱狂は沈静化していった。そして、日本はエコノミックな繁栄に邁進していった。それに沿うように、ブギは下火になり笠置シヅ子は歌手を廃業した。世の中は、世界をガラリと変えるかのような笠置シヅ子を、ブギを必要としなくなっていた。

  • クラシック・童謡・ロック・ジャズ・ポップス・フォ-クソングときて、まさか歌謡曲・演歌までたどり着くとは思いもよりませんでしたが、こうなったらこう自称するしかないでしょうか、ジャンルを問わず気に入った曲・すばらしい曲は聴くことも歌うことも大好きです、なんてね。

    週に半分は行かないと体調が悪いという友人がいますが、そんな巷で中毒症状加熱ぎみのカラオケは、私あまり得意ではなく、それは、つまり、本心は機械に合わせて歌うことに我慢と合点がいかないだけなのですが、現実には実は、歌えばマイクを放さずワンマンショーしっぱなしで、それがまた上手いのなんのって・・、ただ嫉妬とひんしゅくを買うだけなので、やっぱりよした方がいいようです。

    普段の歌い方は、ギターを弾きながらか、ピアノを弾きながら、もしくはアカペラ、お風呂の中なんか最高です。

    好きな歌手をとことん集めて聞き込み、自分でも歌うというふうにしていますが、未知のジャンルや未知の歌手、あるいはまだ見ぬ(聞かぬ)時代の歌を探して聞くということも最近の傾向ですが、一昨年は鄧麗君(テレサ・テン)を、去年は美空ひばりを暇にまかせて聞きましたが、前者は中国語の歌の方がはるかにすばらしく、その美しい声に魅了され、後者はひばり節で歌うジャズがどれほど艶っぽくてピッタリはまっているのかを発見して驚きました。

    そして、今年は笠置シヅ子を少しずつ聞いているのですが、これがまた新発見、なんと彼女はラッパーだったのです(!?)

    この本は、敗戦直後の占領下、闇市に群がる飢えと不安をかかえた庶民の前に、忽然と彗星のように現れた笠置シヅ子の一代記です。

    私がまったく知らない歌手でしたが、この本に証言として載っているものを読むと、本当にどれほど人びとの心をつかんだ大スターだったかがわかって、自分の無知が恥ずかしくなるほどです。

    哀愁を帯びた「りんごの唄」などと比べようがない、底抜けに明るい「東京ブギウギ」に新生日本に託した国民の夢や希望が、やがて朝鮮戦争の勃発やGHQの対日政策で再軍備化の道をたどる頃にはすでに絶望に変わり、笠置シヅ子もそれに伴い急速に忘れ去られていくというのは、なんとも悲しい命運です。

    笠置シヅ子現象とは、敗戦直後の混乱が生んだ時代のあだ花だったのでしょうか。
    否、何ごとも忘れっぽい国民性を持つといわれる私たち日本人ですが、それは確実にある年代のある人たちにとって、けっして忘れることの出来ない心の支えとしてあったのは確かなようです。

    ・・・心ズキズキワクワクああしんど・・・
    それにしても、大阪弁の華麗などぎつさは、ほとほと刺激的です。

  • ブギの女王としての魅力がどこにあったのかが、焦点が散漫になりすぎてはっきりしていないと感じた。

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