あるロマ家族の遍歴―生まれながらのさすらい人

制作 : 金子 マーティン 
  • 現代書館 (2012年9月1日発売)
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  • レビュー :5
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784768456897

作品紹介

「ジプシー」と呼ばれた人びとは、いかに生き残ったか。ナチス占領、冷戦、そして現代まで-。激動のヨーロッパを生き、定住者となったロマ家族の体験記。

あるロマ家族の遍歴―生まれながらのさすらい人の感想・レビュー・書評

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  •  人は生き抜く術を磨きながらこの世を過ごすものなんだな。ジプシーとして生きる生活環境でなくとも、皆その環境で身近な人や世の中との関わり通してそうしているんだ。
     著者は1941年(昭和16年)4月2日にセルビア(旧ユーゴスラビア)において、馬喰の父と占いを生業とする母を持ち、7人の姉とその後にようやく生まれた二人目の男子として生まれ育ったミショ・ニコリッチ氏。生誕の4日後に、ドイツ軍のユーゴスラヴィア進駐が始まった激動の時代の被差別民の暮らしが生き生きと記録されている。後年、妻ルージャの歌唱が認められ、音楽一家として活動をする傍ら本著作にあたったという。
     訳者、金子マーティン氏の訳注とあとがきに至る最後まで、欧州を中心としたロマを知る好書となりました。

  • 非常に興味深い。
    ロマには彼ら独自の世界観、習慣、文化があった。産後の女性は不浄だから料理をしてはいけないとか、耳飾りをしないと不運になるとか。そしてロマは差別されていたから職業につけなかったから盗みなどの軽犯罪を子供がするしかなかった。
    ナチスドイツからもやはり徹底的に排斥されたようだ。

  • ジプシーという言葉は、音楽と共に旅をする旅芸人のようなイメージで、エスキモーと共に、異国情緒を刺激する単語だった。
    これが、差別用語だから「最近はロマっていうんだよ」と教わり、同じくエスキモーも「イヌイットだよ」と教わったのは、十年も前かしら。

    訳者はロマ関係の本に多く携わっているようで、ロマの構成に詳しく、注釈も細かく、読者が自分で調べられるようにとアルファベット綴りを掲載しているところなど、資料として素晴らしい。
    そして、読み物としておもしろい。

    ロマの生活を語るというのは、ロマの中で禁忌。
    それは、ナチスの支配下にてロマの生活に入り込んだ研究者により、ロマの生活習慣などが調査され、その資料がロマの弾圧に利用されたため。


    ロマのイメージはそのまま旅芸人で、性に奔放な人々だったけれども、その実まったく違った。
    破瓜の血を一族の女たちが確認するほど、純潔を重んじている。
    結婚前に娘が男と関係すると、一族すべての恥となり、男の方は下手をすると、娘の兄に殴り殺されてもおかしくないという。(結婚の同意には、父親は当然、兄が非常に重んじられている)
    処女ではなかったと判明すると、夫がそれでも受け入れればいいけれど、結婚破棄に至るほどの重大事。

    また、ロマニ語で非ロマを意味するガジェ(つまり、ロマ以外の人々)と結婚することも、一族から追放されるくらいのもの。
    ロマは、彼らなりの聖俗意識があり、彼らの区別を知らないガジェを不浄とみなしている。

    ロマと一口に言っても、カルデラシュ、マヌーシュ、カレーなど地域によって大別され、カトリック教徒、イスラム教徒、セルビア正教会教徒など宗教によっても分かれる。しかも所属する集団によって、もとの生業が馬喰であったり、金属加工であったりと、均一集団ではない。
    女性は占い師をやる人が多い雰囲気。
    職業を得たいが、ロマであるために何処にも就職出来ず、スリを生業とするものもいる。


    ロマの結婚式は盛大。
    東ヨーロッパのロマ女性は12~13歳、男性は14~15歳で結婚するのが通例。
    一部グループには、夫側が妻側に金を払って妻を買うという風習も残る。
    なんにしろ、両家が挨拶をして、了承されれば結婚。
    ロマは何家族もが集まって移動集団を形成していることが多いので、この集団全員を招いて、大量の飲み物食べ物で盛大に祝う。


    ロマは集団内の結束が非常に固いと思われているけれど、実際には、グループの中でも貧富の差があり、宗教や稼業の違い等で、結束は強固ではない。
    しかし集団で生活することが多く、ロマ社会の裁判(クリス)というものがある。ここで裁かれ、ときには、マリメ(不浄)という最高刑を受けて、ロマ社会から追放されることもある。


    彼らの生活は音楽や歌を得意とするものもいて、とても楽しそうに、家族の様子が書かれている。近年ではトレーラーハウスなどに住んで、広場に集まって暮らしていた記述もある。
    妻を迎えに行くために、国境を超えたくてもビザが発行されず、不法入国を果たした話。
    安く仕入れた時計や絨毯を売りさばく話。
    著者の両親の時代から、ロマの家族、生活、風習、彼らがどんなふうに暮らしていたのか、どんな考え方を持っているかが色んな事件で語られていて、おもしろい。

    驚いたことに、ロマはアメリカでもヨーロッパでも、90%は既に定住生活を送っている。(既に放浪出来る社会ではない。「ジプシー」の移動が禁じられている)
    しかし、EUに東欧諸国が加入した現在でも、ロマは国内で迫害を受け、ときには追放され、難民となっている。



    ここから、訳者の注釈が非常に詳しいので、第二次大戦のあたりのことを抜粋、要約。

    ヒトラーが迫害対象としたものは、ユダヤ人、障害のある人のほかに、「ジプシー」だったというのは聞いたことがあるけれど、どういう扱いを受けたのかも書いてある。
    (p257
    ナチス親衛隊 SSの重要任務は、「第三帝国の宿敵」とされた人間の逮捕と強制収容所への追放。
    強制収容所の管理・運営もSS。
    ナチスの宿敵である共産党員、ソ連兵捕虜、ユダヤ人、ロマや障害者を大量射殺)

    著者の父は、ロマに見えない外見のロマで、義侠心もあって、立ち寄った村の人々からの人気も人望もあり、村の神父に匿われたりした。
    連行の対象は、当時、ロマの男性だけだったこともある模様。

    ●ナチスのユーゴスラヴィア侵攻と、クロアティア
    p255から 要約 1941の話

    3/25 ユーゴスラヴィア王国は日独伊三国軍事同盟に加入させられた(初めて知った気がする)
    ツヴェトコヴィッチ・ドラギシャ親ナチ的政権に反対する反ナチ勢力のクーデターが3/27に勃発。
    これを口実に、ナチス国防軍が「バルカン出兵」を決行。ユーゴスラヴィア進駐。
    宣戦布告もなく、4/6より攻撃開始。
    「ブルガリア、ハンガリーとオーストリアからユーゴスラヴィア国内へ越境し、その陸軍の進軍は空からナチス空軍の援助も受け、ベオグラードは大空襲に見舞われた」
    4/17 ユーゴスラヴィア王国はナチス・ドイツに降伏。
    旧ユーゴスラヴィア王国は分割。クロアティアは4/10に「クロアティア独立国」というナチス・ドイツの傀儡国家になる。
    スロヴェニアは北部がドイツ占領地域、南部がイタリア占領地域、北東部がハンガリー占領地域になる。
    セルビアはナチスの傀儡国家「セルビア救国政府」となる。
    当時のロマ人口は30万人と推定。セルビア居住のユダヤ人、ロマは徹底的に迫害される。
    セルビア軍政司令官のフランツ・ボェーメが全二十二条の「ユダヤ人とツィゴイナーに関する通達」を発する。第十八条で「ツィゴイナーとユダヤ人は同等に扱われる」と明記。「ツィゴイナーは『ツィゴイナー』と明記した黄色の腕章を着用しなければならない。ツィゴイナーはツィゴイナー一覧に登録される」
    (ツィゴイナーとは、ロマやスィンティを指す差別的ニュアンスのあるドイツ語圏内の他称)

    1942に「セルビアはユダヤ人問題もツィゴイナー問題も解決済みの唯一の国」との報告が、セルビア軍政司令官のハラルド・トゥルナーから、南東派遣軍総司令官のアレクサンダー・ロェールに送られている。
    (抹殺されたということかと思う……)

    クロアティアではウスターシャ(1929に結成されたクロアティアの民族主義団体)が恐怖政治を布く。ユーゴスラヴィア国王アレクサンダー一世の暗殺事件にもウスターシャが関与。
    クロアティアのユダヤ人、ロマは国籍を剥奪され、クロアティア人との結婚を禁止される。クロアティアのユダヤ人とロマはウスターシャが運営する強制収容所ヤセノヴァッツに拘禁。収容所で虐殺されたロマは4万人を上回ると推定。


    2003年2月初旬、ユーゴスラヴィア連邦は廃止、解体。
    セルビアとモンテネグロの連合国家体制が誕生。



    ●強制収容所
    ナチス勢力圏にて、敗戦までに24の基幹収容所(Hauptlager)
    1200を超える付属収容所(Nebenlager)や外殻収容所(Auβenlager)が設置される。
    強制収容所は、被拘禁者を無賃の奴隷労働に投入する労働収容所(Arbeitslager)と、1941以降ポーランドにせっちされた被拘禁者の殺害が主目的である七カ所の絶滅収容所(Vernichtungslager)に大別される。
    500万人を超える人間がナチスの強制収容所で命を落としたと推定される。
    (これらの発音わからないんだけど、ロシアの収容所はラーゲリだ。同じような意味、発音なのかも。(米原万里さんのエッセイ、本に出てくる))

  • にぎにぎしくもあり、きびしくもあった
    来歴が たんたんと つづられてゆく。

    生まれながらのさすらい人
    という サブタイトルだけれど、

    もしかしたら さすらい人にさせられてきた
    感も。
    と、言っても 
    定住しているのが 優位というような
    上から目線で 考えるつもりはない。
    つもりですが。

    さすらい人たちの 音楽ムービー(多分)を 
    以前観て とてもよかった印象が。
    ミショさんたちの 音楽も 聞いてみたかったな。

  • ロマ家族の名前がたくさん出てきて、最後の方には誰が誰やら混乱してしまった。日本人には馴染みが薄いロマ人の雰囲気はわかったが、もう少し濃い内容が欲しかった。

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