A4または麻原・オウムへの新たな視点

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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784768458211

作品紹介・あらすじ

「オウムは日本社会に誕生した絶対的悪である」が社会の空気。そのため麻原の死刑宣告も当然のこととして、日本社会に受け入れられている。本書の筆者もオウム真理教の犯罪は当然許されるべきものではなく、裁きを受けるのは当然と考える。しかし麻原は明らかに精神を冒されているし、裁判も刑事訴訟法に則った裁判を受けたとは思えない。地下鉄サリン事件の動機も明らかになっていない。これで、噂されている死刑の執行などがあれば、法治国家とは言えないだろう。そもそもあの事件は何故起きたのか、オウム真理教とはどんな宗教で、麻原とはどんな人間だったのか。そこに一歩でも近づきたくて、本書は編まれた。巻末にマンチェスター大学日本学シニア教授で、「メディアと新宗教の相互作用の研究」をしているエリカ・バッフェリ教授の解説を付けた。死刑執行が囁かれているいまこそ、もう一度事件を検証し直したい。

感想・レビュー・書評

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  • オウムは森達也の原点でもある。オウム信者を中から撮ったドキュメンタリー映画『A』から『A2』、そして麻原彰晃の裁判を傍聴し論じた『A3』。それらに続くこの『A4』は、かつてオウム真理教へ出家し、サティアンでも修行を行った深山織枝氏、早坂武禮氏へのインタビュー本である。彼らはNHKスペシャルでオウム事件を振り返るための再現ドラマのモデルとなった人物で、同番組にも登場している。二人は比較的早い時期に出家をしており、教団内でも高い地位にいたが、地下鉄サリン事件の後に教団を去った。

    オウムを去ったものの、実のところ彼らには教団への失望はあれども、麻原彰晃自身へのある種の帰依を否定しない。教団が引き起こすこととなった結果に関しては責任を感じるところはあるにせよ、その教祖に対しては擁護に回る。それは麻原を信じた自分たちの判断を信じるために信じているようにも映る。文字に書き起こされた彼らの言葉には狂気を示すものはほとんどなく、世間一般の人の言葉と比べても冷静ですらある。彼らが話をする相手が、地下鉄サリン事件は弟子たちの忖度と暴走にあったとする森達也であることも彼らの口を滑らかにしたのかもしれない。
    一方、彼らは弟子が事件を起こしたとすることすら否定的に捉える。たとえそうであっても麻原が試練として信者に与えたものであり、教団の壊滅につながるとしてもそれこそが麻原がその人のためにそのように仕向けたものだと捉える。

    元信者である彼らとのインタビューを読むと改めて、麻原が法に照らし合わせて、裁判手続きや共同正犯として法に問われるのかについて疑問になる。早坂氏、深山氏それぞれの言動、かつての信者たちの言動について、集団と宗教が個人と社会に与える影響についてわれわれはもう一度問わなくてはならない。
    早坂氏、深山氏の言葉にはある種の宗教的な世俗を超えた倫理観を感じる。輪廻転生と前世からのカルマという考えを持ち込んだ場合には、現在の倫理や法律概念が崩れることが直截的によくわかる。彼らにはオウムが悪いことをしているという意識はない。それどころか、善き行いをしていると信じてやまない。どんな行為であろうとも、カルマを積むという観点において善行にたやすく転換される。そして彼らはいたって「まとも」なのである。

    解説の中でも少し触れられているが、ある意味、信者たちは「選ばれた」という感覚を強く持っているように思う。たとえ自ら進んで入信したとしても、そのことが前世・現世のカルマなどから来た運命とするのであれば、それは選民されたこととほとんど変わりない。だからこそ信者は苦労にも耐えることができた。その「選ばれた」との感覚をこの早坂・深山も麻原の絶対性を信じる心とともに捨てきれないでいる。

    そのことを伝えるため、「オウムを信者の視点から描くことの難しさ」に耐えるために森達也が選んだ手法が、対談形式だったと言ってよいだろう。

    オウム真理教裁判において、いくつもの疑問が黙殺されきた。その代わりに多くの揶揄と中傷が消費された。本来はもっと深く宗教とその集団としての暴走について考察ができるはずであったであろうに。彼ら二人の発言について、森氏と同じく客観的な視点における論理的違和感・飛躍を感じたと同時に、反面彼ら自身の内面における首尾一貫とした論理の存在にも驚いた。そしてその論理が閉じた集団の中で醸成されるその過程をもっと知りたいとすら思った。

    それにしても、早坂氏は記憶を消去するためのニューナルコを受けたのだが、その実行さえも是とする思考様式が不思議である。不思議であるからこそ覗き込んでみたいという誘惑にも駆られるのだ。幸か不幸か生来の尻の重さを好奇心が上回ることはめったにないのだけれど。


    麻原の裁判の法的な無効性と死刑執行に反対した森達也。そして本書内でも死刑執行がいつあってもおかしくないと指摘してきた。森達也は、この本を2017年11月に出版した約半年後の2018年6月初めに発起人の一人として「オウム事件真相究明の会」を立ち上げた。そしてそこから約1か月後の2018年7月に、麻原彰晃を含むオウム事件の死刑囚13人の死刑が執行された。

    「多くの人がこの問題に今と同様に関心を持たないのなら、いずれ麻原は処刑される。そしてそのとき、自分はどこにいて何をしているのか。時おり想像する。そして絶望する」


    そういえば自分のブクログに書いた『A』、『A3(上・下)』の書評について、「いいね」がひとつも付いていないことに気が付いた。しっかりとしたレビューと自負するが、いいね!を押しづらい題材なのだろうか。たまたまなのかもしれないのだけれども。

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    『A』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/B00GUBVS54
    『A3(上)』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4087450155
    『A3(下)』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4087450163

  • 森達也と、オウムを1995年に脱会した深山織枝、早坂武禮の3人が語りあった本。

    ▼…マンチェスター大学で学生や研究者たちが参加したシンポジウムが行われたとき、一人の学生が手を挙げて発言を求めた。彼が「オウムのようなカルト」と僕に質問しかけたとき、壇上で隣に座っていた宗教学者のイアン・リーダーがマイクを掴み、「カルトというコトバを安易に使うべきではない」と激しく怒ったことだ。
     本来のカルトの意味は「集団の熱狂」だ。しかし特定の信仰集団にカルトという負の名称を安易に嵌めることは、絶対的な悪であると指定することになる。それは思考の停止を意味する。イアンはおおむねそのようなことを言った。この時期のイギリスは、まさしく宗教カルトであるISの脅威と、そのISの外国人兵士の多くがイギリス出身であることで、激しく揺れていた時期だった。だからこそオウムについて学ぼうと多くの人は考えた。(p.10、森達也「はじめに」)
    ※地下鉄サリン事件から20年が過ぎた2015年3月のシンポ

    ▼森 …多くの人は、信者たちは麻原から洗脳されたとの解釈をしているけれど、僕は違和感があります。帰属する組織への同調は、洗脳とは微妙に違う。そもそも洗脳とマインドコントロールは違います。言葉の使い方が乱暴すぎる。
    深山 NHKの取材のとき、千葉大学の会話分析を専門に行う研究機関に、麻原さんの説法や弟子たちとのやりとりのテープ音声の解析を依頼して、結果としてオウムの信徒たちは洗脳されていたわけではなく自分の意志で行動していたという結論になったということも、番組を作っている最中にスタッフの方から聞きました。でもNHKは会社としてそれを受け入れられなかったみたいで、番組の中では最終的に洗脳だったという結論になってしまった。そこはスタッフの中でも、いろいろとせめぎ合いがあったみたいですけど。
    早坂 自分が持つイメージに合わせて単純化する。だから矛盾が生じる。でもその矛盾を見て見ないふりをするという、どこにでもよくあるパターンなんだと思います。
    森 検察が冤罪事件をつくる構造と同じです。矛盾はどんどん排除して、自分たちの筋書きに整合する事実だけを採用する。結果として事実は大きく歪曲されます。(p.17、3「麻原彰晃の実像とは」)

    ▼…オウム信者に対して"洗脳された"、"マインドコントロールされた"というレッテルを張っても、一九九〇年代の日本の若者たち(それほど若くない人たちも含めて)が、なぜ麻原の教えに魅了されたかを理解する助けにはならないのである。
     我々は、オウム信者の声をもっと注意深く聴き、オウムでの暮らしを綴った彼らの記述の背後にある意味を理解すべきだと、私は強く思う。(p.232、エリカ・バッフェリ[佐藤貞子訳]「解説」)

    ▼森 …オウムへの社会の眼差しについては、宗教的な視点がほぼ欠落している。人を殺すような組織は宗教ではないとの前提ですね。それは明らかな間違いです。歴史の縦軸を見てもいまの世界の横軸を見ても、宗教と殺戮はとても相性がいい。なぜなら宗教は、死と生のハードルを下げてしまう働きがあるからです。
     人はなぜ信仰を持つのか。自分が死ぬことを知ってしまったからです。…(中略)…だからこそ世界の信仰はすべて、自分が死んだ後の世界について説明しようとする。…(中略)…語彙は宗教によって違うけれど、死んだ後も魂が存続するという教えの根本は共通しています。…(中略)…死後の世界を担保するということは、死と生とを転換することが可能になったということでもある。(pp.80-81、3「麻原彰晃の実像とは」)

    ▼森 歎異抄に書かれた親鸞の「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」を思い出します。親鸞が弟子の唯円に、「わしの言うことに背かないか」と問うと、唯円は「当然です」と答えた。次に親鸞は、「では浄土に往生するために、人を千人ほど殺してこい」と言う。もちろん唯円は「自分には一人も殺せません」と答える。これに対して親鸞は、「人は、善い心を持っているから、人を殺さないわけではない。人はまた、殺す理由など一つもなくとも、百人はおろか、千人もを殺すことがある」と唯円に諭す。有名な親鸞のレトリックですね。例えばハンナ・アーレントがアイヒマンに対して形容した「凡庸な悪」の意味を考えるとき、親鸞のこの思想は本当に重要です。(pp.119-120、4「オウム真理教事件」)

    ▼森 指示と解釈。あるいは黙認。そして忖度と暴走。これらの言葉はオウムがなぜあれほどの犯罪を起こすに至ったのかを考えるうえで、とても重要です。さらに付け加えれば、ほとんどの組織共同体が過ちを犯すときの主要な因子です。(p.149、5「いま、振り返るオウム真理教」)

    ▼早坂 『A3』の文庫本の最後のところでも言いましたが、オウムに対して日本の社会はもっと冷静に対応してくれたらよかったと思っています。日本の社会にとってオウムは受け入れがたいものだったでしょうけど、だから何でもかんでもやっていいということではないと思います。すべてが特殊というか特別で、オウムへの対応は異例づくしになってしまいました。特に驚いたのは、麻原さんの子どもたちに義務教育を受けることさえ許さなかったことです。麻原さんやオウムを前にしたとき、日本の社会は非常に心をかき乱されて、自分たちがつくったはずのルールさえ守れなくなっていたように見えました。
     もしも日本の社会が、メディアや法廷も含めて、オウムに対してもっと冷静に粛々と対応していたら、麻原彰晃やオウムの完全な負けで、あの事件以降に教団が存続する余地はまったくなかったと思います。でも結果として社会の側が冷静さを失ったことで、麻原さんの思うつぼになっている感じがしています。結局、この社会は自分たちのつくったルールさえ守れない未熟な社会で、それは救済すべき対象なんだという見方を許しているからです。そのことで麻原さんが始めたオウムの救済物語を終わらせることができなくなっているように見えます。(pp.219-220、「結びとして 宗教リテラシーからオウムを考える」)

  • 森達也の頑迷さが印象に残るがこういう人でないと深い取材は難しいだろうと思う。元信者を前にすると森が普段抵抗している一般社会側に立たざるを得ないのが皮肉で面白い。
    元信者の話は知的かつ明瞭で、森の方が混乱しているように見えた。

  • 信じるものを持つということがこんなにも強い気持ちであるとは。宗教というものの持つ力を見せつけられた。
    麻原からはじまった事件を、インチキ教祖がエリートたちを洗脳し、自分の欲のためにテロを起こさせたという風にまとめてしまうことができればすっきりするのだろうか。そして、その張本人を死刑にすれば一件落着となるのだろうか。

  • 東2法経図・開架 KW/2017//K

  •  地下鉄サリンほか一連の事件で、狂信的集団とされたオウム真理教。自分自身も報道を通じて、無条件にそう思い込んでいることに気づく。
     魂の救済から始まったはずの集団は、いつの間にか殺人教団へと暴走した。
     その首謀者とされる麻原は途中から法廷での受け答えもままならず、未だ事件の動機も明かされていないらしい。
     これまで、教団内部からのドキュメンタリーを映画化してきた著者。
     麻原直近の元幹部とのインタビューを通じて、初期時代から事件前後までそんな教祖への補助線を引き、その真意へ接近を試みてゆく。

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著者プロフィール

1956年、広島県生まれ。ディレクターとして、テレビ・ドキュメンタリー作品を多く製作。98年オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開し、2001年には映画「A2」を公開。11年『A3』(上下巻、集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞を受賞。現在は映像・活字双方から独自世界を構築している。16年、ドキュメンタリー映画「FAKE」で話題を博す。著書に『死刑』(角川文庫)、『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』(ダイヤモンド社)、『ニュースの深き欲望』(朝日新書)など多数。

「2018年 『虐殺のスイッチ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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