いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論

著者 : 田中美津
  • パンドラ (2010年5月発売)
4.20
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  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784768478264

いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論の感想・レビュー・書評

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  • (メモ)
    Amazonレビュー投稿者:一フェミニスト
    「日本のフェミニズムの本を一冊だけ推薦しろ」と言われたら、躊躇せず、上野千鶴子さんの本ではなく、この本を挙げます。近代日本に書かれた数少ない「(輸入ものではない)自前の思想書」です。

  • 「もしあなたが、行く先も確かめずに汽車に乗ってしまって、しかも、その汽車が止まらない汽車だと知ったら、どんな気持ちがしますか?」という一文から始まって終始筆者が怒り続けて終わるという作品。

  • ・光の中にいる人間は、その己を問わずして闇の中にいる人間を裁けない。そして又持ち上げることも。
    ・人間の意識を管理して行く要領は、人々に己は光の中にいる人間だと思い込ませて、闇に目を向けさせないことだ。痛みを痛いと感じさせないことなのだ。…痛みを痛いと感じない人は痛くない人ではなく、己をあくまで光の中にいると思い込みたい人なのだ。痛みを痛いと感じないように呪文をかけ続けている人だ。

    ・己の中に可能性を見るでなしに、やりがいのある仕事、素敵なマンション、理解ある夫の中に可能性を見て行こうとするような、もしかしたら己れひとり位は蜜なめられるのでは、の意地汚い願望によって、女は、権力の網の目に引っかかっていくのだ。
    ・抱き起こしたい想いは、抱き起こして欲しい想いと裏腹。あたしたち女は保護という名の抑圧をその歴史過程にもつ故に、ともすればこの悪い状態から誰かが抱き起こしてくれはしまいかの願望が、何に対しても消し難くある。そんな願望をこびりつかせている限り、いつも逃げ腰及び腰、十の力の半分も出しきれずに、「ダメなあたし」の想いでしおたれる。救い出してくれる王子様を待ってる目には、視えるものも視えてきはしない。もとより自立など遠い話だ。

    この本を読んだ一番の収穫は、私たちは矛盾する面を持ったまま進んでいくことが可能で、むしろそれによって弁証的に答えを見つけることが可能だと知れたこと。社会が欲する自己否定の人間にならずにありのままの自分と対峙すると共に、詭弁だらけの社会を直視すること。《見たものは見たと言え》

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