106歳を越えて、私がいま伝えたいこと

著者 :
  • こう書房
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本棚登録 : 32
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784769610779

感想・レビュー・書評

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  • チェック項目14箇所。私は、長生きするために生きてきたわけではありません、自分の城を築くために忍従してきたわけでもありません、常にいまできるベストを尽くし、人々と楽しく過ごしたいと思って生きてきたにすぎません。私の人生を支えているのは、紛れも無く「明るく、前向きな考え方」と「健康な体」です。人生とは何か、そんな哲学的な問いに答えるなら、「人生は自分自身との闘いである」と私は常々思っています。歳を重ねたから老人になるのではなく、「老感」を持つから「老人」になるのです。人生の終わりのことを考え、過去を振り返っている暇があるなら、前を向いて「明日をどう生きるか」を考えてください、そのほうが100倍人生は楽しくなりますし、事実あなたにもまだまだたくさんの時間と可能性が残されているのですから。人生には、「なんで私だけ?」「どうして、自分の家族がこんな苦しみを味わわなければならないのか?」と運命を呪いたくなることがあります、ですが、あえて言います、そのつらい出来事を通してしか知り得ないこと、感じ得ない幸福が必ずあります、そして、暗闇のなかでそっと輝く、その「小さな光」に目を向けられる心の強さをぜひとも持って欲しいのです。定年とは「単なる終わり」ではありません、むしろ私は「自由になるとき」「自分のやりたいことを始めるチャンス」だと思いました。地域の活動に参加するのも良し、子どもたちに自身の経験を伝えるも良し、身近なところを掃除するのも大いにけっこう、そこに「学ぶ前向きさ」と「人のためになる」という情熱があれば、それは立派な現役です。脳とは「使えば使うほど進化していく」というすばらしい機能を備えているのです、ですから、脳を酷使することこそ、もっとも脳を長生きさせる方法なのです。余談ながら、私は外国語を学ぶときは、必ずその新しい言葉で日記を書くようにしています、「外国語で書く」という行為自体が「新しいこと」ですから、もの凄く脳を活性化してくれます。歳をとって「面倒くさがり」になってはいけません、新聞を読むのも、人と出会い話すのも、自分の足で出かけるのも、ややもすると「面倒なこと」になりがちです、しかし、それを「面倒」でかたづけるのか「楽しみ」と捉えるのかで、人生は180度変わっていきます。オシャレをしなくなった日から人との交流がなくなり、老いが始まるのです。介護する側が「自分なりの人生の楽しみ」をまるっきり放棄してしまうのは絶対に良くありません、自分の精神が疲弊してしまうのはもちろんのこと、介護される側の気持ちも考えてみてください。よく「褒めるところが見つからない」という親や学校の先生、職場の上司がいますが、それは「褒めるところがない」のではなく、「それを見つけるセンスがない」だけ、褒めるところが見つからないなら、目をつぶって、どこでもいいから褒めてみたらいいと思います。

  • 失敗は敗北ではない。

    おしゃれをやめたときから
    老いは始まる。

    子どものやりたいことは
    最大限やらせてやることが
    親の義務である。

  • 人生に余りは無い。

  • 106歳のおじいさんに「一緒に歩み始めましょう」と一歩踏み出す元気と勇気をいただけました。

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著者プロフィール

1906年(明治39年)、北海道に生まれる。教員となり、広島の山奥の小さな子どもたちを教えたのが最初。
結婚し、子供が生まれたが、二人の男の子に重い障害があり、彼らを救うために、何をすべきかと悩み、大学に入り直して医学を学ぶ。
1954年、養護学校「しいのみ学園」を設立。
子どものためにカイロプラクティクスを学ぶ、わらにもすがる思いで催眠術をおぼえたりも。
 九州大学医学部専修科を終了し、精神医学を学ぶ。
医学博士の学位を取得。森鴎外に続き二人目の医学博士と文学博士の両学位を有する。

「2012年 『106歳のスキップ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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