なぜ日本陸海軍は共同して戦えなかったのか

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  • 光人社
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  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784769814726

感想・レビュー・書評

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  • 太平洋戦争が負けた原因はいくつも挙げられると思いますが、その一つに、この本のタイトルにある陸軍と海軍が協力できなかった(しなかった)ことがあると思います。

    資源が少ないとわかっていながら、お金や材料を別々に使って似たような武器を作っていたようですね。その最たるものが航空機、いまの自衛隊は3つに分かれていますが、当時は海軍も陸軍も別々に戦闘機・爆撃機を作っていたようです。

    軍略を練るとことも、陸軍と海軍別々、それらを統括して指揮できるのは、天皇のみ、そのような内容を読んで、日本が勝てなかった原因が少しわかりました。

    最初に書いてあった、なぜ陸海軍で仲が悪いかにたいして、つきつめれば「関ヶ原の戦い後の処遇の差」に行きつく(p12)というのは驚くと同時に笑ってしまいました。帝国陸海軍は、陸の長州・海の薩摩から始まった(p12)というのも驚きでした。

    また、戦後すぐに陸軍と海軍の確執は無くなったと思っていましたが、それが完全になくなったのは、平成2(1990)に、陸海空の三幕僚長に防衛大学出身者がそろったとき(p3)、統合幕僚監部が創設されて自衛隊の統合運用が開始されたのが平成18(2006)というのも驚き(p228)でした。今は協力できる時代になったので、良かったと言うべきですかね。

    以下は気になったポイントです。

    ・薩長土肥の武力を背景に、1867.12に京都において、王政復古の宣言がなされた、軍事的な面から見れば、建久3(1192)に源頼朝を征夷大将軍に任じて兵馬の権(国軍の統帥権)を臣下に委譲したものを、朝廷が回復したということ(p13)

    ・1862(文久2)、幕府は軍制改革を実施して、軍事力の整備順位を海防重視のため、海軍を第一、陸軍を第二とした(p14)

    ・廃藩置県(明治4)に続いて翌5年に、銃砲取締規則を定め、各藩が保有する火器を政府に還納させて、国が唯一の重武装集団であるとした、明治9年には廃刀令により、一般国民も武装解除、明治5年の官制改定で、兵部省での優先順位が変わり、陸主海従となった(p15)

    ・陸軍は徴兵主体、海軍は技術の習熟が大変であり志願兵主体、だから海軍が優位に立つという観念が長年にわたって定着した。(p16)

    ・陸軍はフランス式、海軍はイギリス式とした、当時の欧州最大の陸軍国はフランスであった、イギリスの陸軍の兵制は摩訶不思議、歩兵と騎兵は王権のもとにあったが、砲兵と工兵は議会の権限下にあった、補給全体は蔵相の責任であった(p18)

    ・参謀本部長が直接、天皇に上奏した事柄も、軍部大臣は総理大臣に報告しなければならないが、さらなる説明を求めたり、上奏した内容を停止する機能は総理大臣にないとされた、明治憲法が公布される前に統帥権は独立していた(p27)

    ・日清戦争は宣戦布告がなされた8月1日に、大本営は宮中に移され、陸海軍ともに同じ場所で勤務、さらに明治天皇は大本営を率いて広島に進出した(p36)

    ・明治36年の戦時大本営条例により、幕僚は、それぞれ参謀総長、軍令部長の指揮を受けることになり、大本営は統合された最高統帥機関ではなくなった(p47)

    ・日露戦争時代は、満州総司令官、連合艦隊司令長官、海軍大臣は皆、薩摩の鹿児島城下の生まれで知り合いであった(p52)

    ・陸軍大学校は、明治24年から青山にあった、海軍大学校は昭和5年から上大崎(目黒と通称)あり近い距離であったが、交流は希薄であった(p56)

    ・アメリカが太平洋と大西洋の二正面に対応しなければならないので、トン数比が10対7なら、トン数比2乗の法則により、50対49となりほぼ互角の戦いができる(p84)

    ・インドネシアを抑えて石油関連施設は復旧されて現地での取得量は年間170万キロリットルとなったが、内地に還送する輸送能力が無いので、石油貯蔵タンクは満杯になり、石油を燃やすか川に流すことになった(p156)

    ・陸軍のテリトリーである戦車に対して海軍は独自の軽戦車を開発生産した、230両生産された軽戦車の半分程度は、海軍用(p164)

    ・太平洋戦争中の航空機生産量は、陸軍向け3.2万機、海軍向け3.03万機、大型機は海軍が多かったので使う材料はほぼ同じ(p165)

    2013年8月25日作成

  • 日本の陸軍や海軍は実はアメリカと戦っていたのではなかった。互いにいがみ合って、当然の結果として国を滅ぼしたという過程が明快。

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