紫電改の六機―若き撃墜王と列機の生涯 (光人社NF文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784769822837

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  • 菅野大尉に関する記述があるとのことで手に取った。
    6人それぞれの戦果のみならず幼少期から一人の人間としての記録はどれも興味深く、特に武藤少尉に関するエピソードは心に残るものが多かった。
    序盤で奥様との結婚に至るまでの記述があり、それだけを見て希薄な夫婦生活だったのだろうと邪推してしまった。しかし、御二方がやりとりした手紙を追っていくと、恋愛結婚ではなく夫婦生活も極端に短かったにも関わらず互いに対する深い愛情が垣間見え涙が出た。

  • 昭和20年7月24日の出撃で未帰還となった6名のパイロットについての一冊。
    幼少期の様子や人柄、家族との関わりを知ることができました。
    関係者の方々のお話や手紙を読んでいると、彼らは私達と変わらない普通の若者であったことが分かり、そんな彼らが戦うために空を飛んで亡くなっていったことのつらさをひしひしと感じました。
    紫電改を見に、愛媛に行きたいです。

  • 第三四三海軍航空隊、戦争末期に登場した「紫電改」の話。
    搭乗していた若者(みんな本当に若い。最年長で29歳とか…)が
    どんな背景でどんな人でどんな風に生きていたかというのを
    リアルに描いてある作品。
    私的にまず紫電改って名前が良い。
    当時の戦艦もそうだけど戦闘機の名前も非常にしゃれてる
    いやー和名っていいなぁとつくづく思いながら…
    そんな紫電改、あと2週間で戦争が終わるというときに出陣。
    帰還しない6人。
    個人的にはその中の1人武藤金義さんがすげぇなぁ~と思った
    まぁみんなそれぞれすごいんだけど。
    「空の宮本武蔵」っていう異名だけは聞いたことがあるけど
    ちゃんと調べたことはなくて、これを機に初めてちゃんとわかったような感じがした。
    ああ撃墜王って本当にいたのな…と感心
    そして全部が全部悲しい。
    正直、悲しい本が苦手な人はつらいかもしれん。
    未帰還の6人は今現在も分からないまま時が過ぎ、昭和53年11月
    愛媛県の海底から1機、引き揚げられたそうな。
    ただ誰が乗っていたのかとか詳細は不明…
    今年か来年、どこかで実際引き揚げられた紫電改をこの目で見たい!!
    それしか今は思わない。

  • 戦後海中から引き上げられた紫電改の搭乗員は誰だったのか調べてゆくと、その日周辺で空戦を行い還らなかった六人のうちの誰かだろうという所から始まる。
    悲しい話だ。

  • NHKのドラマをみました。紫電改とは戦闘用飛行機の名前。戦死した飛行機乗りの英雄、まだほんの若者じゃないの。勝地涼くんの生きる力、生真面目さがこの役にぴったりでとてもかっこいい。

  • 太平洋戦争で活躍した戦闘機と言えば「ゼロ戦」が有名ですが、戦争末期に切り札として投入されたという「紫電改」については私はよく知りませんでした。

    この本では、戦争末期に編成された紫電改部隊ともいうべき「松山343空」のパイロットである6名の手紙や関係者へのインタビューを基にしてつくられた本です。

    日本の戦闘機の凄さを最後まで米国に見せつけた一つに「紫電改」があると思いますが、日本の底力を見た気分になりました。

    以下は気になったポイントです。

    ・昭和20年7月24日、343航空隊は21機で、16機以上の相手を撃墜した(p20)

    ・戦争末期に「誉」のエンジンを搭載していた海軍機は、16試艦上爆撃機「流星」、17試艦上偵察機「彩雲」、同艦上戦闘機「烈風」(試作機)、18試局地戦闘機「天雷」(試作機)、18試陸上攻撃機「連山」(試作機)、局地戦闘機「紫電」「紫電改」である(p27)

    ・明治末頃の市役所(中学出のエリート)の月給は5円(p71)

    ・後年のパイロットの大量養成時代とはことなり、艦上機だけで30名前後、そのうち戦闘機専修は10-15名程度の少数精鋭(p118)

    ・予科練の生活は手紙を見る範囲では楽しそうに書かれているが、厳しい検閲があることは割り引いておくべき(p130)

    ・ゼロ戦はF6Fとの戦いで苦戦を強いられた、この経験が紫電改での対戦に役立ったのは事実(p181)

    ・日本で最初の2000馬力エンジンである「誉」を搭載した「紫電」は、アメリカの新鋭グラマンF6F「ヘルキャット」に対抗し得る新型戦闘機であった(p216)

    ・松山343空の陣容は、搭乗員だけでも120名、整備員や地上員を含めると3000人を超える大部隊であった(p285)

    ・司令の源田大佐は、米軍の戦闘方式に対抗するため、それまでの単独戦闘をやめて、編隊戦闘に切り替えた、最小単位は4機でこれを一区隊として四機一体の行動をとった、最低でも2機は一緒に行動して援護する(p286)

    2012年5月4日作成

  • 昭和20年7月24日、豊後水道上空での激戦の末に未帰還となった第三四三海軍航空隊の6機の紫電改のうち1機が昭和52年に海中で発見され、54年に引き揚げられたことから本は始まり、未帰還者6人の生い立ちや入隊後の軌跡が最期の日に向かうように書かれている。
    『剣部隊』と呼ばれた精鋭たちの地上でのごく普通の青年としての姿がその壮絶な最期とあまりにもかけ離れていて読んでいて胸が詰まる思いだった。
    唯一の妻帯者であった武藤金義少尉が妻へ宛てた愛情のこもった手紙の数々は美しくて、結末を知っているだけに本当に悲しい思いで読んだ。

    笑って談論をして飲んで恋をして…青年時代に当たり前にする様々な事を戦争と言う理不尽な事態に巻き込まれて中断せざるを得なかった当時の彼らの生き様を思うと涙が出る。

    海に眠る彼らの上に平穏あれ、と祈ります。

  •  三四三空の紫電改が海から見つかった―――果たしてそれは、誰の機体だったのか。候補の六人を、様々な視点で描いた作品。各々の生い立ちや信念が物悲しくも、凛々しい。
     耐える事を知る人は、こんなにも強いのだろうか。

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