人類共通の信仰

制作 : John Dewey  栗田 修 
  • 晃洋書房
2.00
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レビュー : 1
  • Amazon.co.jp ・本 (139ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784771023055

感想・レビュー・書評

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  • デューイが正面から宗教の問題を扱った晩年の小著がA Common Faith(1934)。

    日本では、宗教「制」よりも宗教「性」を重視した宗教学者・岸本英夫により1951年、『誰でもの信仰』(春秋社)として訳出されていたものの永らく絶版となったいた。
     デューイの宗教思想は人口に膾炙される感はあるものの、原典にアクセスするうえで、本書の絶版は初学者へのひとつの障がいとなっていたが、昨年、デューイ研究者の著者が注釈を踏んだに加え新訳したことは喜ばしい出来事である。

    宗教の源泉はどこに存在するのか。デューイによれば、経験の「宗教的性質」に存在するという。個々の制度宗教の伝承にのみ準拠するというのが伝統的な解釈であったが、宗教(制)は、時として、人間の宗教(性)を歪めてしまうこともある。だとすれば、歴史性をふまえたうえで、人類に共通する宗教「性」を重視するデューイの眼差しは、宗教間抗争におけるドグマティズムを撃つ示唆となろう。

    言うまでもないが、デューイが人間経験に注目するのは、理性の宗教のような「人類教」を構想するものではない。ここの歴史性の違いは歴然として存在することは否めない。しかしそうした制約をこえて共通するものもあるはずだという指摘は再考されてしかるべきであろう。



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     私が言いたいことの核心は--この最初の章でそれを述べる範囲内で言えば--「宗教」(religion)と、つまり或る〈一つの〉宗教(a religion)[例えば、キリスト教]と、人間経験の「宗教的な性質」(the religious)[=宗教性=宗教的なもの]とのあいだには違いがあるということである。つまり、実体名詞によって示されるいかなるものも、形容詞によって示される経験の性質は相違する、ということである[ここで言う、「実体名詞」(a noun substative)とは事物の名称であり、こんにちわれわれがふつうにつかう意味での「名詞(物の名前)」である。しかし、それは古くは事物の感覚的性質(色・音・香・味、さらには美しいとか神聖なといった美的・宗教的経験に浸透する性質)を指示する「形容名詞」](a noun adjective)から区別してつかわれた名詞であった。デューイは人類共通の信仰を、この人間経験に浸透する宗教性にもとめようとする。いわば、宗教の原点に立ち返ろうとする。そうすることによって、成立宗教を批判し、人類に共通する信仰の必要性を説こうとする。ちなみに、デューイは本書と同じ1934年に著した『経験としての芸術』(栗田修訳、晃洋書房、2010年)においても、実体名詞「美」(beauty)から区別される人間経験に浸透する形容名詞「美的性質」(the esthetic)を中心概念として、芸術論を展開する]。
        --、デューイ、同書、4頁。

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    以下に目次も紹介しておく。

    第1章 宗教と宗教的性質との対立
    第2章 信仰とその対象
    第3章 宗教的機能が宿る家としての人間
    付論  エマソンの自然論からデューイの宗教論へ--大霊から大自然へ

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