プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

  • インターシフト
3.60
  • (44)
  • (82)
  • (76)
  • (19)
  • (7)
本棚登録 : 1389
感想 : 116
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784772695138

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 「読むことを覚えた時、あなたは生まれ変わる
     ・・そしてもう二度と、それほど孤独には感じない。」
            
    一見シュールなタイトルと表紙だが、中身は非常に刺激的だ。
    本好きにとって、これほど興味深い本もそう無いだろう。
    文字という発明の歴史から始まり、文字を読むということがどれほど高度な行為なのかを解説。
    更に子どもの文字の読み方・覚え方、ディスレクシア(読字障害)について。
    (障害という言葉を出来れば使用したくないが、理解の手助けになるので載せておく)
    読み方を学習出来ない要因と、ディスレクシアの早期発見と教育法まで考察している。
    多岐にわたる内容だが、メインは読書をするとき脳のどの部分を使いどう発達していくかという科学的な話。

    著者の専門は認知神経科学、発達心理学、ディスレクシア研究。
    遺伝子レベルのスキルである口頭言語に比べ、読字は脳の仕組みを使用した後天的なスキルだという。
    それも人類が訓練によって築いてきたものだ。
    脳は文字を読むためだけにあるわけではないが、読書によって様々な領域が活性化し接続し、習熟するにつれて接続も強化されていく。
    読書によって人格が変わることはあり得る。
    読むことは、私たちの人生を変えるのだ。
    本書の中には多くの引用文が登場するが、最初に載せたのはそのひとつ。
    私の好きなストーリーテラー、ルーマー・ゴッデンのものだ。

    プルーストの「読書について」の一節は最初に登場する。
    読む際にいかに多くの脳のシステムを使用したか解説がなされ、自身の脳の驚くべき能力を再確認する。イカの出番はごくわずか。この本はタイトルで損をしているかも。

    興味深いのは前半部分だが、読字障害の症状を探る後半部分にも惹きつけられる。
    今でこそ市民権を得た学習障害という言葉も、子どもの頃は知りもしなかった。
    120年以上整理されずにいたというディスレクシアの問題を、果敢にも検証しようという著者には尊敬すら覚える。
    ダ・ヴィンチもアインシュタインもピカソも、他にも歴史に名を刻む多くのひとがその障害を抱えていたのだ。落ちこぼれと言われ、社会から脱落したひとも多く存在したことと思う。
    米国では人口の15%が何らかのディスレクシアを抱えているらしい。

    特徴は、何をするにも処理能力が遅く、モノの名前の脳内検索が苦手なことだという。
    文字を読むように脳が配線されていないというだけで、他の優れた能力を持っている場合が少なからずあるらしい。
    同じ障害を抱えた著者の息子さんの描いたピサの斜塔の精密な絵がある。その空間把握能力の素晴らしいこと。なんと逆さまに描いてあるのだ。
    もし身近な誰かがこれという理由もなく読み方をうまく学べないようなら、読字のスペシャリストと臨床医に相談してほしいと、著者は述べている。
    ディスレクシアの症例も様々でオールマイティな指導法はないらしいが、私もまた彼らが困難を乗り越える手助けをしたいし、その方法を模索していきたい。

    ソクラテスは書き言葉の普及を非難したらしい。
    書き言葉では伝えるべき大切な何かが零れ落ちるという懸念があった。
    しかし読字によって脳がこれまでよりも深く思考するようになるという、まるで神様からの贈り物のような功績もある。プルーストはそれを知っていた。
    そして私たちはより一層本を読んで思考し、脳を鍛えていくのだ。
    事例も豊富で、最初から最後まで非常に興味深く読める良書。お薦めです。

    • nejidonさん
      夜型さん、こんにちは(^^♪
      コメントを削除したことをまずお詫びします。
      身内のことは書くべきではありませんでした。
      一番上の兄は私よ...
      夜型さん、こんにちは(^^♪
      コメントを削除したことをまずお詫びします。
      身内のことは書くべきではありませんでした。
      一番上の兄は私より一回り以上年長ですが、それなりに知名度もあります。
      そして対人スキルでどれほど苦労してきたかも、見て知っています。
      ここは矢張り言わない方が良いだろうと判断しました。
      すみませんでした。

      テンプル博士のスピーチは魅力的ですね。
      夜型さんと相通じるものを感じます。
      言葉の背景を想像しては、胸にこたえるものがありました。
      過剰記憶と映像記憶が阻害するのですね。
      特性のひとつとして生かせる道があればよいのですが、今の私には
      アイディアがありません。無力です。
      ひとはみな、何かしらの障害を抱えているものです。
      意識するとしないとを別にして。
      夜型さんにならって、私もまた諦めずに学んでまいります。
      また色々とお話できますように。
      2020/09/02
    • 夜型さん
      nejidonさん、
      大丈夫ですよ。ここは公の場ですからね。プライベートなやり取りとの境目が難しいですね。
      僕もあまり書かなくていいこと...
      nejidonさん、
      大丈夫ですよ。ここは公の場ですからね。プライベートなやり取りとの境目が難しいですね。
      僕もあまり書かなくていいことを書いている気がするので、追々消してしまうかもしれません。

      こだわりが強く、拘泥しやすい性格と過去の記憶が絡み合って作用しているようですね。
      だから、仏の心を目指すのは必然だったかと思います。

      病跡学のおかげで先人の智慧を借りられます。
      テンプル博士と思考様式が似ていますし、多くの先達がいるようです。
      ことばとイメージとは、そんなに難しく考えることでしょうか。
      堅苦しく考えなくてもよいと思っていますよ。
      うまく使えば、おもしろいことを考えられるので。
      2020/09/02
    • nejidonさん
      夜型さん、良かった・・!ご理解いただけて感謝です。
      コメントを削除したい時が来たら、いつでもどうぞ。シード権の力は絶大です。
      ハンドクが...
      夜型さん、良かった・・!ご理解いただけて感謝です。
      コメントを削除したい時が来たら、いつでもどうぞ。シード権の力は絶大です。
      ハンドクが教わったたったひとつの教えを載せてみます。
      「口を守り意をおさめ、身に非を犯さず、かくのごとく行ずるもの、必ず悟りを得ん」というものです。
      覚えの悪いハンドクを哀れに思ったお釈迦様が、何度も噛んで含めるように教えられたそうで。
      その慈悲に感動して一生懸命になり、暗誦できるまでになる。国中の笑い者だったハンドクは、それから阿羅漢の悟りを開いていきます。
      学は必ずしも多きを要しない。これを行うことこそ最上なのだと、この話は私に教えてくれます。
      夜型さん、面白いことを考え付いたらまたお話してくださいね。
      今日のレビューは本のリストの本です。とても楽しく読めました。
      2020/09/02
  • 本を読むときのような、文章を読むという行為を通じて、脳の中で何が起きているのかから始まり、識字能力は、元々人間に備わっていた能力ではなかったことを、この本で明らかにしていきます。


    哲学者として有名なソクラテスは、文字という形で自分の考えを残すことを嫌っていた、といいます。


    文字として残すと、それ以上に人は考えなくなるという、ソクラテスの考察。それが、現代の「オンラインリテラシー」と繋がっている、とする内容は、深淵な物語のような興味と好奇心を掻き立てられました。


    インターネットでなんでも調べられる時代に、失われていることとは、深く考えることだと、著者はこの本で述べています。
    「一次情報かどうか」など、情報の正しさを見極める方法はありますが、増え続ける情報の中で、正しさを判断したり、深く考えるための時間は果たしてあるのでしょうか。

    識字能力それ自体は、素晴らしいことです。
    情報の伝達だけでなく、口伝えを記録することで、さまざまな技術が失われることなく残っているのも事実。

    触れる情報が増え続ける状態の中、人の脳はこれからどうなっていくのか。AI技術のサポートによって、正しい情報を選別できるようになるのか。

    また、昨今問題となっている、「ディープフェイク」についても、無視することはできません。

    人は、信じたいものを信じるという、偏見が常にあります。その偏見を取り払うことは難しくとも、それがあることを忘れないようにしたいものです。

  • 人類がいかにして文字というツールを獲得し、どのように脳を機能させて文字を活用し、理解に役立ててきているのか、読字障害、ディスクレシア患者の症例などを通し、生誕後に読むという能力をいかに獲得していくのかがまとめられています。

    文字の歴史の話、脳の機能の話などは専門的にも思えますし、興味のない人には退屈かもしれません。しかし全体的には読むという極めて普遍的な行為をいかに発展させてきているのかを具体的な事例とともに説明がなされています。
    やはり多くの事例がとても興味深く、この本の内容を際立たせていると思います。
    言語によって使う脳の部分が異なる、ソクラテスが文字による教育を避けた理由と、現代にまで通ずるその懸念、ディスクレシアである著者の息子の独自の空間把握能力など、とても興味深い話ばかりです。

    自分自身がリテラシーの中に溺れていないか、ということを省みようと思います。
    幼児から初等教育に関わる人、そしてすべての親に、子どもが本を読むことの重要性を知る上でも、ディスクレシアに対して正しい理解を行うためにも、読む価値がある一冊だと思います。

  • 読書(文字を読む)という行為を、どのように脳は獲得しているのかを説明した脳科学の一冊。

    ちなみにイカの話は少ししか出てこない。

    人間が読字という能力を得てから、わずか数千年しか経っていないという当たり前の事実と、そのために(読字の能力は遺伝で獲得できないために)誰もが努力して獲得する必要がある、というのは当たり前すぎて見逃してた。

    アレクレシア(読字障害)に対する現在の教育の問題点、ソクラテスの文字に対する懸念、卓越した読み手はどのように文章を読んでいるのか、といった読字に関する話題から、インターネットの影響や脳科学をもとにした文字の誕生の仮説まで、かなり話題豊富でボリュームが多い。

    文字を目で追いつつ、思考する時間を持つなど、普段は意識していない読字についての幅広い知識を得ることができた。

  •  「書かれた言葉」と「語られた言葉」の脳に与える影響力とその重要性の違いについての解説があり、それが現代のネット社会においてはどのような意味合いを持つか、について論じられている。
     特に気になったのは「指導なくして与えられた情報は『知識』ではない」ということ。本来の知識は面倒な選択を経て最終的に得られるものであり、その過程における思考も理解のためには避けられない。秒単位で得られるネットからの情報はそういった過程をあっさりと省き、思考の浅薄化を促進しかねない、ということ。

  • 意外にも(と言うのもなんだが)面白かった。
    まず、このタイトル、なぜにプルーストとイカ?って思うよね。

    読字や脳の発達についてだけでなく、読書やデイスレクシアについて語られる。とりわけ読書時の脳の働きについて嬉々として語っているようで、楽しかった。
    私にとっては、脳の話という以上に、読書論でもあった。

  • イカ関係ないじゃん!というのはさておき。

    読字障害(ディスレクシア)の側から読字を照らし出すというテーマも良いし、研究家である以上に臨床家であるらしい、さらにディスレクシアの家族を持つ著者の真摯な態度も良かったです。

    しかし文盲の人は昔は多かったし、今でもいる国にはいるだろう。そういった人々は脳の働きを読字者と比べてみたら異なるものだろうか?反対の例として、以前に見せてもらって印象に残った聾唖者の文章なども思い出し、漠とした疑問が残った。この分野の今後の発展が楽しみではあるが、一冊の本としてはやや余韻を残しすぎかも。それが著者の誠実さかもしれないが。

    訳がカタいせいか、それとも原語の段階でも読みにくいのか苦労しました。

  •  読字によって、現実と本の世界というパラレル・ワールドを持つことができること。そのため、孤独を感じることがなかったという筆者の幼少期の思い出話に共感する所が多かった。
     本書の構成は、文字の起源から、シュメール人の読字指導法、ディスクレシアという普通とは異なる編成の脳についてなど、興味深い内容ばかり。ここで挙げられたディスクレシアは、1つの具体例であり、人間の多様性、潜在能力について今一度、問いかける本であったように思う。また、ディスクレシアの息子を持つ筆者の探求書であるため、疑問に思う部分が余すところなく拾われていた。
     単語の意味、形成されている文字が世界のどの部分を指しているのかを認識することは、自分自身の役割を社会の中で見つけていく作業に似ている。そう考えると、「読む」という行為が自分の考えの投影というのも頷ける。他人の思考を知るのに、こんなにも素晴らしい道具は他にない。
     そして、熟考するという、一見退屈な行為の積み重ねの先にあるものを求めて、”流暢な解読者から、戦略的な読み手”へ。

    • hongming8888さん
      筆者はディスクレシアの息子さんがいるのでしたか。
      筆者はディスクレシアの息子さんがいるのでしたか。
      2013/11/07
  • 人類が文字を習得した歴史と、子供が文字を読めるようになるプロセスと、ディスレクシア(読字障害)の話。人類が2000年かけて身につけた文字を、子供は2000日で身につける。

    文字の発明
     シンボルによって何かを指し示す
     シンボルを体系化する
     音とシンボルを対応させる

    シュメール人
     6~7年の特訓で文字を学ぶ
     音や意味で文字を分類
     (エジプトの文字は各方向が決まっていなかったが、シュメール人は、左から右、次の段は右から左、次は左から右、とつづら折りのように書いていたらしい)

    インカ文明
     結縄による記法
     スペイン人が焼却(野蛮だなぁ)

    ソクラテス
     口語と文語は違う
     文語は死んだ言葉、柔軟性に欠ける。記憶を破壊する。知識を使いこなす能力を失わせる。


    子供
     5歳までに、よみきかせの経験によって3200万語の差が生まれている。
     読み聞かせと、文字の音読の経験が文字の習得に大事

    読み手の能力レベル
     文字が読めない
     読字初心者
     解読に取り組む読み手
     流暢に読解する読み手
     熟達した読み手
     (文字が読めても流暢に読めない人はいる)

    ディスレクシア
     読字に支障(米国の15%、日本でも3%前後いるらしい)
     そもそも脳は文字を読むためにできたわけではない
     複雑な要因、多様な症状
     脳そのものの障害、知覚以前での支障
     エジソン、ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、ピカソ、ジョニー・デップ、ガウディ。。。みんなディスレクシア
     空間把握能力に長けていたりする事が多い
     が、多くの場合幼少時にスポイルされてしまう
     才能の無駄

    泳ぐのが先天的に苦手なイカも存在し、生き延びてきている。ディスレクシアも、読字にはむかないが才能がある。長所を活かし合えるような社会を。

  • 本読みには、堪らなく面白い一冊。読字は、脳のどの領域を賦活させるか。それは、中国語や日本語、アルファベットでも異なる。読字能力というのは後天的に習得されるもので、文字の生誕以降、人類の歴史は飛躍する。

    後半、ディスレクシアに著述の大半を割いたのは、同障害を抱える息子への励ましか。少しくどい。サヴァン症候群が見せるように、一部脳の欠損があれば、脳の他の領域が、通常以上に働き、補う。ディスレクシアでは右脳域だが、優れた芸術家が多数存在する。脳の可塑性には、驚かされる。しかし、では、通常のバランスを保つ脳であっても、一部領域に過負荷をかける事で、天才を創る事が可能だろうか。加圧トレーニングのように。そんな所に興味の向きが逸れた。

    ソクラテスの読字への警鐘についても、触れる。ソクラテスの杞憂は、彼の時代よりも、不安視するなら、ネット社会である、今でしょ。と著者は、言っている。ソクラテスの懸念は、一部、ショーペンハウエルの発言とも重なる。自らの思考を奪い、盲目的に書物に従うならば、確かに危険だ。至近の、論文コピペ問題にも通ずる。論文や教科書を盲目的に信じ切るのは、確かに危険だ。表現の自由が担保されず、未熟な倫理観の時代ならば尚のこと。

    さて、読む事は、疑似体験を齎し、新たな回路を形成、あるいは、強化する。従い、真理に近づくためには、負荷を感じる位に、読みまくるべきなんだというのが、この本を読んだ結論だ。

全116件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 教育・情報学大学院の「ディスレクシア・多様な学習者・社会的公正センター」所長。
専門は認知神経科学、発達心理学、ディスレクシア(読字障害)研究。その優れた業績により、多数の賞を受賞。
著作は『プルーストとイカ: 読書は脳をどのように変えるのか?』など。

「2020年 『デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳』 で使われていた紹介文から引用しています。」

メアリアン・ウルフの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×