夏幾度も巡り来て後に AFTER MANY A SUMMER

  • 近代文藝社
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784773378375

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  • 『幸福を約するは、理性なり。感情は、それに抗議して、我こそが幸福なり、と主張す。独り分別のみ、幸福をもたらすなり。亦、幸福そのものは、何ぞもやもやしたものを口にせし如くに、歯応えのなきものなり』-『第2部 第4章』

    『ですから、人は大抵、悪さは、しないようにする位で足れりとしなければならないのです。その方が易しいし、間違ったやり方で善を為そうとしたことで生じるような恐ろしい結果を産むこともありませんからね』-『第1部 第11章』

    人に貴賤の違いはないという教えは、しばしば人生の複雑さに対して理解の及ばない年齢のものに残酷な誤認をもたらす。誰でも同じようになれる、と。しかし人が集まればその中で、優劣とは呼ばないまでも、結果として発揮される能力の違いは顕在化し、否応なしのその差というものを意識させられる。Aくんの方が背が高い、Bさんの方が足が早い、と。その視線の先の差異は、徐々に目で見て理解のし易い身体的、物理的な能力の差から、字がきれい、歌が上手い、というようなやや抽象的な審美眼を必要とする差に移り、やがて、算数が得意、歴史を能くする、といった努力の成果とも元来持っていた適応性の差とも判断がつき難い差を意識するようになり、最後は、頭が良い、という身も蓋もない差の断定へと行き着く。努力をすればなんでも克服できる、と人はいうけれど、やはり天才は天才に生まれつくのであって、天才になるのではない、と誰もが思う。

    ハックスレーの文章を読んで湧いてくる羨望と綯い交ぜになった黒い感情の正体は、結局のところ、そんな風に整理してみていながら、天才に生まれつきもしなかったのに天才に憧れる精神的な弱さのようなものに根っこがある。突き詰めて言えば、ハックスレーの文章を読みながら、文字の構築する世界に入り込む前にどうしても、余計な思いが立ち上がる。この文章を綴った人はとても「頭が良い」のだろうな、と。意識が文字の表層で停滞しがちで、面白いか面白くないかというような楽しみ方ができないのである。

    そんな風な偏った心で読んでいるからかも知れないが、この小説の登場人物たちの心理描写もまたひどく表層的であるように思えてならない。それともそれは英国風のニュアンスというものであって、自分には理解できないだけのことなのかも知れないが。言葉の壁を飛び越えてこちら側に伝わってくるようなものを中々感じることができない。ひたすらに左脳は文字が構築したものを字義を再構築し、断片化された情報(夥しい注釈によってその情報の元々の居場所をしることも可能)から、何をそこから引き出そうとしているのかを考え続ける。言いたいことが透けてみたような気になるところもあるが、ほとんどのそういった断片は、博物館の陳列棚に並ぶ土器の断片と同じく、奥に控えた世界を構築する更なる情報に疎い者には何もかたることない。

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