澄みわたる大地

制作 : Carlos Fuentes  寺尾 隆吉 
  • 現代企画室
3.88
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本棚登録 : 48
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (504ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784773812077

作品紹介・あらすじ

メキシコ都市小説の原点、遂に刊行!



外交官の子息として少年時代からアメリカ大陸の名だたる諸都市を渡り歩いた著者は、20代半ばでようやく母国に落ち着いた。彼は「余所者のメキシコ人」として、多様な人種と社会階級が混在する猥雑な大都市=メキシコ・シティに魅せられた。



無名に等しい作家の初長編は、斬新な文学的実験、方言も俗語も歌も叫びも、そして沈黙をすら取り込んだ文体、街中から/豪邸から/スラムから聞こえてくる複数の声の交響によって、「時代の感性」を表現し、人びとの心を鷲づかみした。

感想・レビュー・書評

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  • ★★★
    メキシコシティに集うあらゆる階層の人々を通してメキシコ近代史がなぞられる。
    貧農の生まれだがメキシコ革命に乗り銀行家となったフェデリコ・ロブレス、処刑された革命軍将校の忘れ形見で両親の影から逃れられないロドリゴ・ボラ、この二人の間を渡りフェデリコとの結婚により上流社会入りしたノルマ・ララゴイティ、本物の旧上流階級デ・オバンド一家の遍歴と矜持、娼婦や出稼ぎ労働者たちの喜び悲しみ、失った家族の想いと偏狭に生きる母のテオデゥラ・モクテマスの嘆き。
    そして彼らの人生や想いを聞き出すのはイスカ・シエンフエゴネス。「私は傍観者だよ」と上流階級のパーティーから下層階級のキャバレーのどこにでも顔を出す痩せて鋭い目つきの混血の男。
    「私の名前はイスカ・シエンフエゴネス。生まれも育ちのメキシコ・シティ。大したことじゃない。メキシコに悲劇などない。すべてが屈辱になる。(…)ここがわれらの都。なすすべはない。この空気澄みわたる大地」
    ★★★

    フエンテスの長編はかなり以前読んであまりにも難解だったので、久しぶりでした。この作品は初期の長編のためかそこまで難解ではなくまっすぐな情熱を感じます。
    幾多の登場人物の人生をさらっとなぞっていくかと思えば、濃厚な文章で一人ひとりを掘り下げ、その描写には引き込まれるばかりでした。
    登場人物の一人、フェデリコの父ヘルバシオのことはフエンテスの短編「生命線」でも書かれていますが、幻想的描写の多いフエンテス短編でこれだけあまりにも現実的だったのですが、彼らとは別の道を歩んだものや、次の世代の者たちのその後のメキシコの方向性まで掘り下げた話となっています。
    現実的でありながら魔術的、人々の膨大な声の中に掘り込まれたようなずっしりした読後でした。




    <<以下ネタバレ>>


    …ところで。
    どなたかイスカの正体を解説していただけませんか?
    テオドゥラの死んだ息子の具現化ってことでよいんでしょうか。

  • フエンテスのメキシコにどっぷりはまれる一冊。お金持ちのつけ過ぎた香水と貧乏人の家の饐えた食べ物の臭いが同時に立ち上ってくるような、映画を見ているような臨場感のある小説だった。寺尾隆吉さんが今の言葉で訳しているおかげでいっそう生々しい。

    1940年代を基点に過去を振り返りつつ、革命をきっかけに身を落とした者、成り上がった者、何も変わらずぎりぎりの暮らしをする者たちが描かれる。主旋律はリアリズムながら、意味不明の呪文みたいな文章がはさまってくるところに「おれの祖国メキシコて何なの」というフエンテスの熱いこだわりが感じられた。

    ほとんどの登場人物は典型的な貴族・成金・庶民なんだけど、例外的なのがイスカとテオドゥラ。テオドゥラは家族のお墓の上に住んでるし(メキシコシティ内ですよ)イスカは瞳の色が変わるし、どうにも妖怪じみている。そして最後の最後に突然のホラー展開! ずっとリアリズムで書いておきながら、話を動かす大本に真っ黒な太母的なものをもってくるところが、とても好みな話だった。やっぱりフエンテスはゴシックホラーっぽいものが得意な人だ。というわけで「アウラ」『遠い家族』が良かった人におすすめ。

  • メキシコという大地が、その歴史的必然(というべきか呪いとでもいうべきか)によって産んだ世界一巨大な都市メキシコシティ。その都市を舞台にして、百人はくだらない登場人物たちを展開させる、超長編小説。

    巻末にまとめてある現代メキシコ史を読むと、数十年に一度のサイクルで起きる革命によって、メキシコの階層ピラミッドの序列や、経済システムなどが、天を地に変える変転にみまわれていることが知れる。
    本作は表向きはその革命史に則った悲喜劇を描くようでありながら、読み進むうちに、その革命の現代史がさながら瘡蓋のような表層的現象であるように見せてゆく。支配者層の変転、西欧文明の流入などは一過性の感冒なのかと思わされる、いかんとも変わりようのない、大地を這う人々。

    メキシコという土地が原初より持つメキシコ性?
    メキシコ性に、生まれた瞬間から墓に埋まるその最後まで憑りつかれて逃れられない、革命家、銀行家、権力者、地主、売春婦、聖職者たち。列強諸国も表面上は統治するようでありながら、その実、出血するメキシコに延々と輸血する役割を担っているような。

    本作もまた、メキシコの大地がもつ過剰な繁茂する力が、若い作家にとりついて筆を執らせた、そんなイメージを持った。

  • 刺激的な読書体験。物語としての動きは少ないのに、熱だけが詰め込まれていくような圧倒的な声、声、声。序盤は登場人物の多さにてこずったけれど、後半は一気読み。メキシコの歴史について知識があればさらに楽しめたのだろうが。

  • 和図書 963/F53
    資料ID 2012101606
                                  

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著者プロフィール

外交官の息子としてパナマに生まれた後、キト、モンテビデオ、リオ・デ・ジャネイロ、ワシントンDC、サンティアゴ(チリ)、ブエノス・アイレスなど、アメリカ大陸の諸都市を転々としながら幼少時代を過ごし、文学的素養とコスモポリタン的視点を培う。1952年にメキシコに落ち着いて以来、『オイ』、『メディオ・シグロ』、『ウニベルシダッド・デ・メヒコ』といった文学雑誌に協力しながら創作を始め、1955年短編集『仮面の日々』で文壇にデビュー。『澄みわたる大地』(1958)と『アルテミオ・クルスの死』(1962)の世界的成功で「ラテンアメリカ文学のブーム」の先頭に立ち、1963年にフリオ・コルタサルとマリオ・バルガス・ジョサ、1964年にガブリエル・ガルシア・マルケスと相次いで知り合うと、彼らとともに精力的にメキシコ・ラテンアメリカ小説を世界に広めた。1975年発表の『テラ・ノストラ』でハビエル・ビジャウルティア文学賞とロムロ・ガジェゴス賞、1988年にはセルバンテス賞を受賞。創作のかたわら、英米の諸大学で教鞭を取るのみならず、様々な外交職からメキシコ外交を支えた。フィデル・カストロ、ジャック・シラク、ビル・クリントンなど、多くの政治家と個人的親交がある。旺盛な創作意欲は現在まで衰えを知らず、長編小説『クリストバル・ノナト』(1987)、『ラウラ・ディアスとの年月』(1999)、『意志と運』(2008)、短編集『オレンジの木』(1994)、『ガラスの国境』(1995)、評論集『新しいイスパノアメリカの小説』(1969)、『セルバンテス、または読みの批判』(1976)、『勇敢な新世界』(1990)、『これを信じる』(2002)など、膨大な数の作品を残している。

「2012年 『澄みわたる大地』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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