少女は本を読んで大人になる

制作 : クラブヒルサイド  スティルウォーター 
  • 現代企画室
3.75
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本棚登録 : 99
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784773815023

作品紹介・あらすじ

作家、女優、研究者、ディレクター……。さまざまに人生を切りひらいてきた10人の女性と共に読んだ、少女が大人になる過程で読んでほしい10冊の古典的名作。

人は本を読んで未知の世界を知る。
自我の芽生え、愛するということ、女と男の関係、女が仕事をもつということ、社会の不条理……。新しい経験への扉を開く、かつて読んだ本、読みそこなってしまった本、いつかは読みたい本。
多彩な10 人の女性たちをゲストに迎え、好評を博したクラブヒルサイドの読書会シリーズが1 冊の本になりました。装画は、ゲストの一人である、コミュニケーションディレクターの森本千絵さんによるもの。「赤毛のアン」をイメージして描かれた一人の少女の姿が、本書のテーマに重なります。毎回の読書会で供された、作品にちなんだオリジナルサンドウィッチのレシピも掲載。豪華な一冊となっています。

--本書で取り上げた本10 冊--
アンネ・フランク『アンネの日記』 小林エリカ(マンガ家、作家)
L.M. モンゴメリ『赤毛のアン』 森本千絵(コミュニケーションディレクター)
フランソワーズ・サガン『悲しみよ こんにちは』 阿川佐和子(作家、エッセイスト)
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』 鴻巣友季子(翻訳家)
尾崎翠『第七官界彷徨』 角田光代(小説家)
林芙美子『放浪記』 湯山玲子(著述家、ディレクター)
高村光太郎『智恵子抄』 末盛千枝子(編集者)
エーヴ・キュリー『キュリー夫人』 中村桂子(生命誌研究者)
石牟礼道子『苦海浄土』 竹下景子(俳優)
伊丹十三『女たちよ』 平松洋子(エッセイスト)

感想・レビュー・書評

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  • 初めて書店の棚で見かけたとき、「何だろうこの本、猛烈に読みたい!」と思った。代官山のクラブヒルサイドで行われた、「少女は本を読んで大人になる」というサンドウィッチ付読書会。各界で活躍する10人の女性が古典的名作を持ち寄り、1年に渡って開催されたセミナーらしい。何て素敵な催し!
    漫画家の小林エリカ(アンネの日記)、翻訳家の鴻巣友季子(嵐が丘)、作家の角田光代(第七官界彷徨)、生命誌研究者の中村桂子(キュリー夫人)etc…。本の内容に自らの経験を重ねつつの語りは、まるで自分が読書会の場にいるようで、一気に引き込まれた。そして、本の内容に合わせて作られたサンドウィッチもレシピが載せられており、それがまたどれもすごくおいしそうで!本当に、読書会の参加者が羨ましい!!たとえば、「智恵子抄」のレモン哀歌からインスピレーションを得たというたまごのサンドィッチ。レモンの黄=たまごの黄身。そこに削ったレモンの皮でとびちるような香りを添えて。どうです、想像するだけでたまんないですよ。
    どの章も、「読んでよかった」と思えるほど印象深く、更に深く作品世界を味わってみたいと思えるものばかりだったが、一番ずしっときたのは、女優の竹下景子さんが紹介した「苦海浄土」だ。水俣病について、自分なりに改めて考えてみたいと強く思わされた。
    甘目のタイトルは「少女が大人になる過程で読んでほしい」ということだけど、思っている以上に深く重く、生き方について見つめ直したくなる一冊。少女のみならず、大人にも是非読んで頂きたい。大人だからこそ響くツボがあります。

  • ありきたりな書評じゃなく、読書会の雰囲気が漂うとても素敵な一冊です。まずもう題名が素敵です。詩だ…

    そして、それぞれの方が題材にしている本に対する切り込み方が違うのが飽きなくて良いのです。
    だらだらと書評を…,というのではなく、自分と対比させて語っていく人、自分の過去とリンクさせる人、これを機会にその本と向き合おうとする人、など。

    こういう読書会に参加したいなぁ、と夢を見させてくれる。
    いい読書時間を過ごせたことが嬉しい。

  • めっちゃ面白かった!めっちゃよかった!!
    多彩な10 人の女性たちをゲストに迎えた読書会の記録。
    10冊の本全部読みたくなる!サンドウィッチも食べたくなる!!www

  • 少女であったあの頃にどんな本を読んでいればわたしはまた違う感性を持った大人になっていたのだろう。本は大人になってから読み始めた。子どもの頃は本嫌いであまり読まなかった記憶しかない。宮沢賢治や夏目漱石の小さな古くささが読みづらく、読み進めることができなかった。
    この本はあらゆる方面で活躍する著名人が少女から大人になる頃に読んだ本について物語っている。人の過去の記憶の中の読書録もなかなか面白い。

  • オリガ・モリソヴナの反語法、苦海浄土などを知ることができた。

  • 10人の女性たちによる本のセレクション。日本の作品もあれば、外国の作品もある。10作品中、女性によって書かれたものが8作品。いわゆる「定番」と言われるような作品もあれば、個性的なセレクトもあるが、どちらにしても選者の思い入れが込められたセレクションになっている。作品紹介は、選者たちの個人的な思い出に彩られていて、読者は作品の世界へと誘われつつ、執筆者たちの心の内がわにも入り込んでゆくような感じ。

    各作品にはサンドウィッチのレシピがついている。なぜサンドウィッチ?と思ったら、本作は、 東京、代官山のクラブヒルサイドにて、一年間にわたって開催されたセミナーシリーズの記録をまとめたものとのことで、セミナーでは実際にサンドウィッチが振舞われたのだそう。「読書をしながら片手で召し上がってほしい」との考えから始まったのだそうで、たしかに、サンドウィッチは本を読みながら気軽に食べることができる便利な食べ物。「パンとパンの間に具材を挟む形状が、本の形と似ている」ことも、メニューがサンドウィッチに決定したポイントのひとつなのだとか。『赤毛のアン』にはプルーンとクリームチーズのサンドウィッチ、『悲しみよ こんにちは』には豚肉のリエットと人参ラペのサンドウィッチ、『放浪記』には手亡豆あんこのこっぺぱんサンドなど、本にインスピレーションをうけて練られたオリジナルレシピは、どれも想像しただけで美味しそう。次の休みにはサンドウィッチを作って、それを摘みながら読書しよう。そうして一日中とっぷり本の世界に浸ろう。

  • 019

  • 読書会@ヒルサイドテラス

    アンネの日記ー小林エリカ
    赤毛のアンー森本千絵
    悲しみよ、こんにちはー阿川佐和子
    嵐が丘ー鴻巣友季子
    第七官界彷ー角田光代
    放浪記ー湯山玲子
    知恵子抄ー末森千枝子
    キュリー夫人ー中村桂子
    苦海浄土ー竹下景子 四角い言葉とまあるい言葉
    女たちよ!ー平松洋子

    P021アンネは「なぜなら、書くことによって、新たにすべてを把握しなおすことができるからです。わたしの理念、わたしの理想、わたしの夢、ことごとくを」と書いていて、この言葉が子どもの頃の私にすごく響き、「私もこういう作家になりたい!」と思いました。
    もちろん、三十を過ぎて現実に書く仕事をしていると「ああ、難しいな」と思うこと、全然うまくできないこともたくさんあります。アンネ自身は亡くなってしまいましたが、この日記が読み続けられることで、生き続けるということを獲得できたのかと思うと、しみじみ感慨深いです。

  • あの、角田光代が訳した本(『Because I am a Girl―わたしは女の子だから』)みたいな感じがして、借りてみる。

    これは読書会をもとにした本だった。巻頭にはこう掲げてある。

    人は本を読んで未知の世界を知る。
    新しい経験への扉を開く、かつて読んだ本、
    読みそこなってしまった本、いつかは読みたい本。
    少女が大人になる過程で読んでほしい十冊の古典的名作を、
    さまざまに人生を切りひらいてきた
    十人の女性たちと共に読んだ読書会の記録。


    一冊目は、小林エリカと共に読む『アンネの日記』。その記録をまとめたなかの、小見出しのひとつが「ひとりの人間を通して歴史を知る」。『ヒューマンライツ』の8月号※に『生きて帰ってきた男』について書いたときに付けたタイトルが「ひとつの人生を窓に歴史を読む」で、ここにぐっと引きつけられた。

    アンネの日記と自分の父の日記とそして自分自身の日記をもとに書いた本のある小林エリカ。いつだったか読んだあの『親愛なるキティーたちへ』を、『アンネの日記』とともに、また読みたいと思う。

    阿川佐和子の読む『悲しみよ こんにちは』。このサガンの作品は未読だが、サガンの紹介を読んで、サガンは1935年生まれか!と思う。秋山祐徳太子と同年生まれ、そして私の父も同じだ。サガンが18歳でこの作品を書き、それがベストセラーになったからでもあるのだろうが、もっとずっと昔の人のような気がしていた。サガンが18歳だったとき、秋山祐徳太子も私の父も18歳だったのだ。

    新訳を出した鴻巣友季子が読む『嵐が丘』。これも、ヒースとキャサリンという登場人物の名前くらいは知ってるものの、未読。この物語は、二つの家に起こったドラマをネリー・ディーンという家政婦が語り直すところがミソなのだ、というのに興味をもった。

    ▼とにかくネリーという人はあらゆること、あらゆる人を見ています。…(略)…使用人には、ある意味「人権」が認められていないような面もあり、「屋敷付きの家具として家政婦がついてきた」とネリーは最初に紹介されています。「家具人間」ですから、居ても意識されない。…(略)…見えない人間だからこそ、窃視者という特権的な立場になれるのです。(p.91)

    『嵐が丘』は、4分の3くらいがネリーの語りなのだという。鴻巣の新訳で、読んでみようかと思う。

    (8/28了)

    ※『ヒューマンライツ』8月号(No.329)
    http://blhrri.org/info/book_guide/human/human_0329.html
    1冊500円+税

    ※誤字?等
    p.83 鴻巣友季子の紹介の最後、句点が2つ →1つトル
    p.89 『嵐が丘』のリントン家とアーンショウ家の系図に書いてある名前と、本文に出てくる名前の表記がビミョウに違う。キャサリンの兄の妻が、系図では「フランセス」、本文では「フランシス」。
    p.146 多分作家は怒り心頭に達し → 発し

  • 少年もです。

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