隣りの庭 (ラテンアメリカ文学選集 15)

  • 現代企画室
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784773896077

作品紹介・あらすじ

軍事政権を嫌いスペインに暮らすラテンアメリカの作家たち。政治的トラウマもやがて色褪せ、歴史の風化という問題に直面する人間の実在的不安を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 「隣の庭」をきっかけに露わになる、アラフィフ夫婦の危機小説。中年既婚者としては目が離せない面白さだった。ふたりだからよけい寂しくて難しくなることってある。

    ドノソの作品の登場人物は、人間というより役割を負ったモノみたいなところがあってついていけないときがあるけれど、本書のキャラはわりと人間くさい。それと同時にフリオの八つ当たり思考が『夜のみだらな鳥』のムディート並みに酷くて、夜みだ的に振り回される読書体験ができてぞわぞわ。ドノソの作品の中では『夜のみだらな鳥』の次に好きかも。

    結末についてはきれいに終わっていないし好みが分かれそう。個人的にはああいうふうに終わってくれてよかった。当事者意識丸出しの感想だけれども。

  •  それなりに面白く読んだ。少なくともパッと見には、明かされる秘密も伏線もなく、作家のなりそこないが満たされない承認欲求、自己憐憫、身に余るプライド、その他色んな感情に雁字搦めになっていく様が描かれていたように思う。平板な訳ではないが、凄く仕掛けや語り方に凝っているとも思えない割には面白く読めたのが、個人的には珍しい。

     「凄く凝っている訳ではない」というのが、ミソで、文章的なギミックがあるにはある。が、個人的にはそれが取ってつけたような感じもするし、殊更に取り上げるほど素晴らしく、ユニークなやり方であるとは思わなかった。一方で、特に中盤までは、あまり時系列にとらわれることなく話が進行する(にも関わらず読みにくくはない)点は興味深い。地の文である話題が提示されたと思ったら、シームレスにそれに関連するエピソードの描写が始まり、ときにはそこから更に別のエピソードに接続されて、元の時間に戻って来たりするのは、少しアクロバティックな話の展開の仕方かも知れない。ひょっとすると、実際とりとめのない人間の思考(特に回想)を再現したのだろうか、とも思えた。

     文字はみっちり詰まっていて、冠飾句のような言い回しも多く、最初は読みづらかったものの、ほどなくして慣れてくる。ときに、美しい風景を克明に想起させるような文章もあって、読み心地は中々だった。
     ただし、主人公というレンズを通して描写することを徹底しているため、同一のものについて語っていても、気分によってその評価や美醜すら変わるように思われる。登場人物について「これ」といった画一的な特徴を与えられない点で、主人公にとってそれがどういう人物なのかは定まりにくいが、ある意味現実的だとも思うし、瑕疵とは言えないだろう。

     作品とは少し離れて、個人的に読んでいて感じたのは、外国の現代小説(執筆時点での「現在」を舞台にした小説とする)は、ある程度文脈の把握が必要になってくるのではないか、ということ。読み手に何か特別な断りを入れる必要のない、常識を共有した世界を扱っているために、場所と時代が離れた(=常識を共有しない)読者は、ひょっとすると読む上での前提を欠いた状態で挑むことになってしまうかも知れない。そういう意味では、異なる世界を描いたSFやファンタジーの方が、却って普遍的に読まれうるということもありえるのかも...?
     本書の場合も、やはり執筆当時の政治状況などを頭に入れておいた方が楽しめるとは思う。ただ、どうしても解像度は低くなってしまうだろうが、たとえ徒手空拳で挑んだとしても、物語を展開する上で把握が必要な情報は、その都度提示されていたように感じた。

     こうして振り返ってみると、凄く気に入った作品ではないにしても、完成度の高い作品ではあったように思う。
     個人的な疑問としては、「エピグラフや引用に字面以上の意味があるのか」そして「台詞が鉤括弧でくくられているところと、地の文で一気に書かれているところとは、どう違いを設けているのか」の二点が、解釈しきれていない。
     内容に踏み込んだ感想は、コメントにて補足する予定。

    • ヤヌスさん
      ネタバレをします。





       「あるにはある」文章的なギミック、というのは、最終章で語り手が変わり、これまでの話が実は全て、妻グロリアの手...
      ネタバレをします。





       「あるにはある」文章的なギミック、というのは、最終章で語り手が変わり、これまでの話が実は全て、妻グロリアの手による小説だったのではないか、と思わせられる部分。個人的には、そうであることを確定する要素はないように感じるし(読み返すと違うのかも知れないが)、とってつけた感じがあって、あまり良いとは思えなかった。語り手が変化することの意味づけは薄くなるものの、単に最後だけグロリアでそれ以前はフリオの物語と読んでも、物語としての収まりは悪くないと思う。
       ギミック云々は抜きにして、後半の展開、そこで描写される感情は好みだった。ビジューが絵を盗んだ辺りから、物事はひたすら悪い方向へ転がっていき、ついにはフリオ自身も盗みに手を出してしまう。裏切りを打ち明けるべきかと葛藤しながら取り繕っている箇所は、混乱や余裕のなさが伝わってくる筆致だったと感じる。そこから一転、エピローグは凪いだ海のように、穏やかな気持ちで読み進めることができた。
       フリオの破滅・挫折が、グロリアが立ち直る決定打になるというのも良かったし、エピローグの雰囲気も好きだった。それから、グロリアの美しい輪郭を呼び起こそうとするエピソードも良かったし、夫婦仲を繋ぎ止めた最後の理由になったのも好きかも。
       あんまり感情移入して小説を読むことはないんだけれど、今回は、妻の構造化しない才能への嫉妬だの、自分の体験が色あせてしまうことへの恐怖だの、身の丈に合わないプライドだの、コンプレックスでぐじゃぐじゃなワナビ中年が主人公で、自分もいつかこうなるような気がして、読んでいて気分が沈むことも時折あった。まあ、彼の場合、作品は出してるし結婚もしてるので、贅沢言ってんじゃねぇと思うこともあったけど。

       主人公がかきあげた小説への彼自身、ないしグロリアの懸念、つまり「大きい声にはなっていても、それが万人に通ずるかはわからない」というのは、正しく本作を読んでいるときに感じたことだった。
       また、歴史が風化して鮮烈さを失い、それを語ることが(商品としての)価値を失う、というような話は、終盤に少し示唆される程度だったが、興味深かった。歴史的には、ある種トランスナショナルな話でもあって、ことによると、そういう見方を強めて読んでも面白かったり、史料になることもあるのかも。

       最後に。結局、隣りの庭がそこまで物語上で重要なモチーフだとはあまり思えなかった。主人公を惑わせたり、グロリアの興味を引いたり、また彼女が小説を完成させる力になったとは言われていたけれど、それが登場した本当の意味を、上手く飲み込むことができなかった。
      2022/05/21
  • 「隣りの庭」というキーワードは祖国、隣人、夫婦、世代、別なセクシャルの事を指す。作家として成功できず鬱屈した精神で「隣り」を眺めてぐだぐだ書かれている。特に夫婦についてはもう息苦しく感じるほど残酷に妻を批判している。「隣り」に対して人って本当に意地悪になるのだなあと辟易していると最後の一章でどんでん返しがあって驚く。そして『境界なき土地』同様、ドノソは女性やゲイ的な人物の視点を取り入れるのがうまいと思った。ラテンアメリカ文学全般を批判している部分がとても面白い。

  • スペイン亡命中の、チリ人小説家の中年男が主人公。

    彼がぶつかる問題-ラテンアメリカブームに乗っているほかの作家たち(カルロス・フエンテス、ガルシア・マルケス・・・)への僻みや、祖国の病気の母親への不安や、息子や妻、編集者への不満などを、たらたら並べているような小説でした。
    退屈で、何度も途中で読むのやめようかと思いました。

    最終章はどんでん返しだけど、あれ、必要かなぁ。あのどんでん返しがあってもなくても・・・って感じでした。

    タイトルの「隣の庭」ですが、隣の芝生は青い、とかいう慣用句からとられているのかな?
    情けない男の独り言のような小説は、嫌いではないですけどね。

    次は「夜のみだらな鳥」を読んでみます。

    El jardín de al lado

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著者プロフィール

1924 年、チリのサンティアゴのブルジョア家庭に生まれる。1945 年から46 年までパタゴニアを放浪した後、1949 年からプリンストン大学で英米文学を研究。帰国後、教鞭を取る傍ら創作に従事し、1958 年、長編小説『戴冠』で成功を収める。1964 年にチリを出国した後、約17 年にわたって、メキシコ、アメリカ合衆国、ポルトガル、スペインの各地を転々としながら小説を書き続けた。1981 年、ピノチェト軍事政権下のチリに帰国、1990 年に国民文学賞を受けた。1996 年、サンティアゴにて没。
代表作に本書『別荘』(1978 年)のほか、『夜のみだらな鳥』(1970 年、邦訳は水声社より近刊予定)、『絶望』(1986 年)などがある。邦訳書:『境界なき土地』(1966 年、邦訳2013 年、水声社)、『隣の庭』(1981 年、邦訳1996 年、現代企画室)

「2014年 『別荘』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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